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今地球上の水不足が深刻だ。
2017年の「国連世界人口予測」では、現在76億人の世界人口が2030年までに86億人、2050年までに98億人に達すると予想。それにより、食糧不足の発生が予測されており、2050年までに食糧生産高を60〜100%増加させる必要がある。
つまり、水の利用もそれだけ増える可能性があるということだ。OECDによると2000〜2050年の間に水需要は55%拡大するという。
BBCも、東京を含むいくつかの先進都市がこの先水不足に陥る可能性があると報じた。一体日本でどれほどの人がこの事実を認識し、それに備えているだろうか。蛇口をひねれば水が出てくる生活に慣れ切っているわれわれにとって、なかなかそこまで想像力を働かせるのは難しいのが現実ではないだろうか。
そこで、今回は、ニューヨーク・ブルックリンにあるクリエイティブスタジオ「A/D/O」で今年(2018年)3月より開催されているイベント「Water Futures Design Challenge」の様子をレポートしたい。
このイベントは世界各国のデザイナー、建築家やクリエイターが、水不足・水質汚染の新しい解決法を考え持ち寄るコンペティションだ。ファイナリストの作品を含む、優れたアイデアを紹介する。
「未来のシステム&インフラ部門」
本コンペは3つの部門から構成される。まず紹介するのは「未来のシステム&インフラ部門」。
ニューヨークのデザイナー集団「Agency-Agency」とデザイナーのChris Woebken氏が提案する「New Public Hydrant」は明るいブルーの「パイプ」。ニューヨークの街中にある消火栓にそのパイプを取り付け、消火栓を給水所に変えてしまおうという試みだ。
実はニューヨーク市はアメリカ全体の中でも水質の基準が高く、浄水フィルターを通さずとも飲むことのできる、国内で数少ない都市の一つ。しかしミネラルウォーターを買う生活が一般的になった今、このことはあまり知られておらず、それを周知する目的も含まれている。
デザインされたパイプは三つ。一つ目は「Hydrants for All」で、大人から子供、動物まで水が必要な者は誰でもアクセスできるようデザインされている。一番下は犬、中段は人用で子どもでも届きやすい高さに設定されている。そして上段は鳥用だという。
「Hydrants for All」
次いで「Hydrant on Tap」は、水筒に補給するための装置。デザインしたAgency-Agencyの創始者であるTei Carpenter氏は、公共の場所で蛇口のように水にアクセスできるよう考えたとdezeenに対して語る。
この給水所は給水状況の履歴をレシートとしてプリントアウトすることができ、世界的に根付いたペットボトルの水を飲むという習慣から地元の水を飲むという消費行動へとシフトしていくことを促している。
「Hydrant on Tap」(dezeenより)
最後に「Hydration Space」は水を上向きに噴射し夏場に周囲を冷やしたり、子どもたちの遊び場として使えるようにデザインされている。またどのバルブもハンドルがついているので水の無駄遣いを防ぐことができるようになっている上、利用時に水の勢いを調節するのにも役立つ。
「Hydration Space」(dezeenより)
「未来のモノ&素材部門」
続いて「未来のモノ&素材部門」からファイナリストにも選ばれた2作品を紹介する。
プロダクトデザイナーUlysse Martel氏の作品は、強力な浄化作用をもつパクチーを乾燥させ、それをカートリッジとしてガラスのストローの真ん中に詰め込み、通過した水を浄化させるという装置だ。
ストローの素材をガラスにすることで、近年環境に与える影響が問題視され、スターバックスやマクドナルドなども使用廃止をアナウンスしたプラスチックストローのゴミも減らすことができる。
Ulysse Martel氏の作品
また、ドイツのデザイナーClara Schweers氏の作品は、世界中を旅して集めたあらゆる場所の水を、ドーム上のガラス容器の中に閉じ込め、完全に密封された空間で水がどのように変化するかを見るというもの。
彼女はこの作品に込めたメッセージとして「地球上のすべての生き物は同じ水を飲んでいることを再認識してほしい」とdezeenに語った。
中には茶色く澱んだ水もあり、きれいな水へのアクセスが当たり前の地域で暮らす人にとって、澱んだ水しか得られない地域があると知ることは、今後の水との関係を再構築する良いきっかけになるだろう。
Schweers氏の作品(Schweers氏の公式ウェブサイトより)
「未来の情報&コミュニケーション部門」
最後に、「未来の情報&コミュニケーション部門」から紹介するのは、建築家のHannes Hulstaert氏とDian-jen Lin氏の作品「Design Nudges Sustainable Consumption」。ペットボトルのパッケージデザインは人々の消費行動を変え倫理観を向上させることができるか、という試みだ。
150人の被験者を対象にパッケージのどの部分をどれほど注視するのかという調査を行ったところ、その値札や前面、背面が消費者に最も訴えかけられるメディアであることがわかった。
それらの部分のデザインを変更し、消費者から「ポジティブ」「ネガティブ」もしくは「どちらでもない」のいずれの反応があるか、さまざまなパッケージの案を実験。中には、たばこのパッケージに汚れた肺の写真や警告文が掲載されているように、ペットボトルのデザインにも人々に水質汚染がもたらす影響を警告するデザインも施された。
一般的に流通しているペットボトルにデザインを加えたプロトタイプ
実験の結果、「消費者に良いイメージを与えた」のは、
- 値札に「ペットボトルを持ってるなんてイケてる!」というメッセージを付けたもの
- 原材料欄の表記を大きくしたもの
- 前面に水道水という表記をしたもの
- 前面に「怠け者のあなたへ贈る毎日を良くするちょっとしたガイド」と表記したもの
「何も変わらなかった、もしくは気を散らした」のは、
- 意味のないラベルを張り付けたもの
- 前面か背面もしくは全部を熱変色性コーティングしたもの
「消費者を居心地の悪い気持ちや不快な気持ちにさせた」のは、
- 値札に死んだ海洋動物のラベルをつけたもの
- 背面に悲しい顔をしたホッキョクグマの絵を載せたもの
- 前面にプラスチックごみが原因で死んだ動物の写真を載せたものだった。
WHOのレポートでも、警告文や警告する画像入りのたばこのパッケージは消費者に健康被害を周知する上で効果があると言われているが、今回のペットボトルの作品も同じように水質汚染の現実を消費者に教育することを目的としている。
近い将来、デザインの力でペットボトルを手に取ることがネガティブな行動となり、再利用可能なボトルを使うことがメインストリームとなる時代も訪れるかもしれない。
われわれに今必要なアクションは、地球が直面している現状を把握し、たとえ小さなことからでも始めることだ。今回のコンペで出そろったアイデアはいずれもそのきっかけを与え、水不足問題に対する意識を改めさせてくれるものばかりである。
なお、本コンペはA/D/Oで引き続き、来年2019年の3月まで開催され、今年12月には各部門の最優秀作品が決定する予定だ。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)