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先日、ロサンゼルスに3ヶ月間の期間限定ホテル「Room301」が誕生した。ただ宿泊するだけではなく、人とのつながりを作り出そうとするのが最大の特徴。Room301はこれを「世界初の社会的実験」と呼んでいる。人とのつながりを重視するミレニアル世代のニーズを反映したホテルと言えるだろう。
同ホテルに限らず、いま世界各地で新たなホテル体験が注目を集めている。シンガポールでは、起業家同士をつなぐゲストハウスも人気だ。単なる ”娯楽” や ”余暇” を越え、ミレニアル世代の若者たちは”旅”に何を求めているのだろう。世界各地で誕生するホテルやコリビングサービスを元に考察する。
ロサンゼルスでトップ5に入るホテルの ”実験”
Kimpton Everly Hotel(キンプトン エヴァリー ホテル)は、ロサンゼルスの有名ホテルだ。ハリウッド観光をしたい人にとっては抜群のロケーションにあり、旅行予約・口コミサイトのTripAdviser(トリップ・アドバイザー)が実施した「ロサンゼルスのトップホテル5」にも選出されている。ハリウッド・ヒルズ、象徴的なハリウッドサイン、ロサンゼルス・ダウンタウンの景色を望め、主要な観光地へのアクセスも良い。
写真中心にあるのがキンプトン エヴァリー ホテル。主要観光地への抜群のアクセスを誇る(キンプトン エヴァリー ホテル公式サイトより)
これまではハリウッド観光客を対象としたサービスを実施してきた同ホテルが、新たな取り組み「Room301」を始め、話題を呼んでいる。
キンプトン エヴァリー ホテル(キンプトン エヴァリー ホテル公式サイトより)
「ホテル」というとどんな施設を思い浮かべるだろうか?綺麗に清掃された部屋・ベッド・バスルーム……前の宿泊客が残したゴミが残っていたとしたらクレームの対象になるはずだ。しかし、キンプトン エヴァリー ホテルが提供するRoom301は、あえて前の宿泊客が宿泊した形跡を残している。
「This hotel room is more than just a space(このホテルは、ただの”スペース”ではない)」。ゲストは部屋に入ると、まずハリウッドの壮観な景色を目にする。旅行好きであればこれだけでも泊まる価値があるが、さらにこの部屋では、これまでに宿泊した旅行客とつながることができるのだ。
ゲストブック2.0と書かれたノートには、これまでの宿泊客のコメントが書かれている。日本の旅館や海外のAirbnbでもこういったゲストブックは見かけるが、多くは旅行先の感想やホテル・旅館への感謝の気持ちが綴られているのではないだろうか? Room301では、「あなたが一番恐れていることは?」「今までの人生で一番の成功は?」といった内面への問いかけがゲストブック上で投げかけられている。
Room301に置かれるカメラ。宿泊客は自分が泊まった証として写真を残せる(キンプトン エヴァリー ホテル公式サイトより)
サイドテーブルにはiPadが置かれ、宿泊客によってキュレーションされたスポティファイのプレイリストが再生される。部屋のホワイトボードには「たまに、子供のことが嫌になってしまうことがある。本当に、たまにだけど…」などゲストのちょっと変わった ”告白” や ”懺悔” も書かれている。
”宿泊客が泊まった形跡” をこんなにもあからさまに残すことは、これまでのホテルの方針と一見すると対極に位置するように感じる。
キンプトンホテルによると、Room301の取り組みはキンプトンの理念に合致するものだという。Room301についてアナウンスした同ホテルのブログでは、このように書かれている。
「バックグラウンドや歩んで来た人生に関わらず、全ての人には共通点がある。人と人の温かいつながりを生み出すことは、人生を豊かにしてくれるはずだし、そんな心温まる空間を提供するのがキンプトンホテルだ」。
旅先で旅行体験だけではなく、人とのつながりを感じる。これは、ミレニアル世代であれば多くの方が「面白い」と感じるのではないだろうか。そもそも、普段から自分のこれまでの成功や、一番恐れていることについて考える機会はほとんどない。非日常の空間でこういったことをじっくり考え、さらに他の宿泊客がどんなことを考えているのかを知る機会は非常に興味深い。
大きな翼のペイントが印象的なRoom301のベッド。壁面には「Stay human」のピンクネオンが(Instagramより)
同ホテルはこの新しい取り組みを、世界で最初の「SOCIAL EXPERIMENT(社会的実験)」と呼んでいる。2018年の11月末までと期間限定の取り組みだが、来年の春にこれまで宿泊した旅行客を一堂に集め、自分たちが宿泊した夜のことを振り返る。
目的地化するホテル
これまで、ホテルの存在意義は「安全で快適な部屋とベッド」を提供することだった。人々は ”観光” や ”ビジネス” を目的とし、ホテルは身体を休めリラックスする場所だったのではないだろうか。しかし、最近はホテル自体が「目的地化」される傾向にある。
例えば、シンガポールに最近登場した「Tribe Theory」は、起業家精神を持つ人々が集い、お互い刺激し合える場を作りだすことを目的としている。宿泊客は、起業家、フリーランス、テックカンファレンスへの参加者など。
起業家精神を持つ人々が宿泊することを目的とした宿(Tribe Theory公式サイトより)
英ロンドンに本拠を置くホテル会社YotelPadも、ユニークなサービスを提供している。ホテルとAirBnbの「ハイブリッド」と謳われる同社は、ホテルルームよりは小さく、Airbnbよりはプライベート空間をもつ宿泊スペースを提供。暮らすように旅する「長期滞在者向け宿泊施設」として成長している。さらに、「旅先でのコミュニティー形成」も行っており、宿泊客同士がコミュニケーションを取れるよう、共有スペースを設けている。
働き方改革の影響でリモートワークや柔軟な働き方に注目が集まる日本でも、渋谷に新たなコンセプトのホテルが誕生した。
ミレニアル世代のためのライフスタイルホテル「The Millennials (ザ・ミレニアルズ)渋谷」の最大の特徴は、宿泊者以外にも開放されたスペースを併設し、コワーキングスペースなどとして活用できる点。
宿泊客以外にも共有スペースを解放。コワーキングスペースとして活用できる(The Millennials 渋谷公式サイトより)
ベンチャー企業だけではない。大手の星野リゾートも新しいコンセプトのホテルを発表した。同社は、20代から30代のミレニアル世代をターゲットにした「星野リゾート BEB(ベブ) 軽井沢」を2019年2月5日に開業予定。
「気の合うアイツん家のようにルーズなホテル」をテーマに、ホテルや旅館とは異なる自由な滞在スタイルを提案している。パブリックスペース「TAMARIBA(たまりば)」には、飲食物の持ち込みが可能。さらに、音楽を流して寝そべったりと “ルーズ” な過ごし方ができる場づくりを目指している。プライベート空間にこもるのではなく、友達の家でくつろぐような場所をホテルが提供するのは驚きだ。
友達の家にふらっと遊びに行くような場所。旅先で人とのつながりが生まれそうだ(星野リゾート BEB(ベブ) 軽井沢公式サイトより)
収入が上がってもシェアハウスを選ぶミレニアル世代
ホテルとは領域は異なるが、コリビングにおいても共通の価値観が感じられる。欧米において、これまで大学生や社会人になりたての人たちに利用されてきたシェアハウスにも変化が生じている。
イギリスでは、収入が上がっても持ち家ではなくシェアハウスを選ぶ人が増加している。入居者は20代後半から30代前半、年収400~600万円のミレニアル世代。大型のシェア専用物件が好まれ、”ハウスシェア” ではなく ”コリビング” といった名称で親しまれている。
ロンドンに登場した「The Collective(ザ・コレクティブ)」は、コンパクトでスタイリッシュな個室を提供し、物件の中にはジムやスパ、レストラン、シネマルームも完備されている。入居者であれば誰でも利用できるコミュニティスペースや様々なイベントも提供し、施設内での交流も可能だ。
入居者同士が交流できるスペースや、運動イベントも提供(「The Collective(ザ・コレクティブ)」公式サイトより)
ミレニアル世代がホテルに求めるものとは
冒頭で紹介したRoom301はあまりにプライベートなことを共有しすぎているため、少し ”やりすぎ” なところはあるが、「他の人とつながりたい」「共有したい」とうニーズは世界各地で同時多発的に起こっているのかもしれない。
宿泊予約サイトBooking.com (ブッキング・ドットコム)が実施した2019年の旅の8つのトレンド調査によると、一つのトレンドとして「現地での体験」が挙がっている。そう回答した人の割合は、特にミレニアル世代やZ世代で顕著に高かったそう。旅先でまだ知らぬ人々と出会い、学ぶことは確かに大きな魅力だ。
これまでは、余暇活動の一つとして親しまれてきた旅行。今後は、現地で見たもの・感じたものを、全く知らない人と共有し、もしかしたら新たなビジネスチャンスすら生まれるかもしれない。新しい世代の価値観から、旅の楽しみ方が一つ増えたと言ってもいいだろう。
文:佐藤まり子
編集:岡徳之(Livit)