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普段は注目されないBtoB企業
一般生活者は自分たちが直接触れている製品やサービスにはなじみがあり、知っている企業も多い。しかしながら、知名度が高い製品やサービスを生み出す過程を支えている技術を提供するBtoB企業は意外と知られていない。BtoB企業は一般生活者から注目されにくいが、世界に誇れる技術が数多く存在する。そんな中、あらゆる産業を支える日本の先鋭技術を垣間見られる映像が2018年11月2日に公開された。
その映像を制作したのは、農業機械メーカーのクボタだ。農業や米への熱い想いから、米を題材に公開されたクボタ LOVE米プロジェクト 特別映像『米米米米(べいまいべいべー)』は、マンガのシーンを彫刻した全137粒もの米粒をコマ撮りすることでストーリーが展開する。
米粒には、人気ラブコメ5作品(「アフロ田中」「うる星やつら」「からかい上手の高木さん」「ツルモク独身寮」「ハヤテのごとく!」)の実在するシーンを彫刻した。137の名シーンをひとつずつつなぎ合わせ、今まで米に興味を持たなかった人の興味を惹きつける。ラブコメ作品に絞ったのは、「ラブコメ」を「LOVE米」とかけているからだ。
クボタ LOVE米プロジェクト 特別映像『米米米米』
たった一コマとはいえ、小さな米粒にマンガの繊細なイラストを彫刻するのは容易なことではない。これを実現したのが微細切削加工技術である。今回の映像で微細切削加工を担当したのは、微細切削加工技術で世界をリードする入曽精密だ。
世界トップレベルの微細切削加工技術
圧倒的な技術力で特別映像『米米米米』の制作を支えた入曽精密は、精密切削加工や三次元形状を含む部品製作、精密電子部品製造などのプロフェッショナルだ。大手企業とのコラボ企画も数多く担当し、超精密フィギュアや元・世界最小サイコロなどを世に送り出している。
今回の映像も、世界トップレベルの技術を使って制作した。米の切削を行った機械は、通常は医療の精密機器や車関係の精密機器、機密部品(重要部品)の加工に使われているもので、使用した刃の細さは20ミクロンで、髪の毛の約4分の1の細さである。
業界内でも異例の細さで、ドイツで発表した際は「200ミクロンの間違いではないか」と指摘されたほどだ。小さな米にマンガのイラストを彫刻するには、世界一の性能を有する刃物でなければ境界線がぼやけてしまう。これだけの技術をもってして、難易度の高い米の緻密な切削を実現した。
切削加工機械
今回の映像制作について、入曽精密の社長・斎藤清和氏に話を伺った。
ミクロの世界では米粒ひとつひとつが別物
斎藤氏「プラモデルやフィギュア、仏像に至るまで多くの超微細加工を担当してきましたが、米を切削するのは初めてで苦労しました。金属や樹脂と異なり有機物なので、米の品種によって形や硬さが変わるうえに、米粒単位の個体差もあります。さらに湿度によっても削り具合に差が出てくるため、その都度調整が必要でした」
刃物は1分間に4万回も回転しており、ほんの少し加減を間違えるだけで小さな米粒は簡単に割れてしまう。なるべく米に衝撃を与えない技術を用いながら、慎重に切削する必要があった。また、湿度が高い方が割れにくいため雨の日を狙って切削を進め、20ミクロンの線を描いていった。
齊藤氏「小さな世界では常識が変わります。私たちが生きている世界では水は指の間をこぼれ落ちてしまうサラサラした液体ですが、小さな世界では粘土のように抵抗力のある物体になり、表面張力と体積の問題で細い管の中を通らないこともあります。
このように材質特性が変わる世界でもあらゆることを実現させるのが技術力です。たとえば、体に刺しても痛くない医療用のネジを生み出すために髪の毛の細さのネジを作っています。こうやって人ができないと思っていることに挑戦するのが、入曽精密の強みです」
「初挑戦だが、できると思った」
米の切削は非常に難易度が高かったと語る斎藤氏。最初に今回の企画を聞いたとき、斎藤氏はどう思ったのだろうか。
斎藤氏「最初に企画の相談を受けたときは、直感的にできると思いました。こんなイメージになるだろうなというイメージを作成して返答したところ、OKが出て依頼に至ったのです。ただ、実際にやってみると確かに難しかった。普段は金属を扱うことが多いので、米粒のやわらかさにびっくりしました」
そこから試行錯誤を積み重ねて削り方や刃物選びを調整していき、イメージに近い切削を実現できるレベルにまで持っていった。あまりにも繊細な切削のため、彫刻したときの削りカスは目に見えないほどの細かさだった。その分、無事に出来上がったときの達成感は並々ならないものだった。
入曽精密 斎藤清和社長
日本のモノづくりをもっと盛り上げたい
米にマンガを彫刻することで高い技術力を示した入曽精密だが、微細切削加工技術はどのように磨かれてきたのだろうか。
斎藤氏「モノづくりは楽しいものです。自分で想像できることはほぼ実現できると思っているので、イメージすること、そしてそれに挑戦することが大事です。挑戦する中で技術が磨かれていきます」
モノづくりにはボトムアップとトップダウンがあり、今回のように米の形を削って作る加工方式はトップダウンだと斎藤氏は述べる。自動でトップダウン加工を行う機械を初めて作ったのは入曽精密だ。それにより、人の手で作るのが難しい緻密な加工も実現可能になった。
斎藤氏「実用だけでなくデザインで表現し、技術を知ってもらうことも重要です。1999年から存在した技術を使って2004年に世界一小さいサイコロを作ったんですが、それまではその技術があることが知られていなかった。緻密な加工ができる機械は医療中心に活躍していますが、一般人はそんなにすごい技術を搭載した機械があることを知りません。
サイコロだったらみんな知っているものだから、“世界一小さいサイコロ”と言えば興味を持たれやすいでしょう。今回の米への切削も、そんなことができるんだ!という驚きを提供することで、日本の高い技術が可視化されます」
齊藤氏は、モノづくりの世界からスターが生まれる仕組みを作りたいと語る。製造業界がさらなる発展を遂げるには、優秀な製品の開発者に版権を与え、きちんと報酬のリターンが得られる仕組みが必要だ。
齊藤氏「デザインによる表現が大事だと考えるのも、そこが大きいです。どんなに素晴らしい技術も、表現しなければ伝わらない。子どもたちや若い人がモノづくりに魅力を感じなければ、いつまで経ってもスターが生まれません。表現さえできれば、もっと若者もモノづくりの世界に来てくれると考えています。私は製造業界から野球のイチロー選手のようなスターを生み出すことが夢なんです」
こうした思いを持つ斎藤氏が入曽精密を率いてモノづくり業界に数々のイノベーションをもたらし、日本の製造業を強くしている。
日本の誇りが融合した
日本が誇る米と、日本が誇るモノづくり技術が融合して生まれたのが今回の映像だ。世界最高レベルの切削機器を用い、高い技術を持つスタッフが手作業で一粒あたり5~6時間かけて彫刻したマンガの一コマが137も集まって構成された『米米米米』は、日本の技術の結晶だと言える。
齊藤氏「お米も技術も、日本の宝です。本当に大切な宝は、おいそれと他人に渡すものではありません。日本の宝をさらに磨いていき、日本発信のイノベーションをどんどん生み出していきたいです。
本当のイノベーションは、すごい人だけができることではなく、みんなができるようになること。世界トップのモノづくり技術を、一般の人でも体験できる世界を作っていきます」
社会の発展に貢献するモノづくり企業であるクボタは、今回の特別映像を通じて一般生活者に米への愛情と日本のモノづくり技術の高さと誇りを発信している。
クボタ LOVE米プロジェクト 特別映像『米米米米』メイキング
(取材)木村和貴
(文)萩原かおり