中国で国民の社会的な信用度合いを数値化・ランキング化するシステムが導入されていることは、日本でも広く知られている。
中国政府が「正しい」と判断する行動を国民に促すためのシステム。その基準に背くような言動はスコアを下げてしまい、航空機チケットの購入ができないなどのペナルティが科せられる。
一方、高いスコアを保つことができれば、優遇金利での融資を受けたり、SNSで特別待遇を受けたりできるという。
中国政府が定める正しい行動を促すための施策は、一般市民だけでなく、映画俳優や歌手にも及んでいる。
このほど政府系シンクタンクの中国社会科学院と北京師範大学は、中国の映画俳優・歌手の社会的責任度合いを数値化・ランキング化したレポートを発表したのだ。社会的影響力の大きい有名人に誠実な行動を促し、国民のロールモデルとして振る舞うよう促す初の試みという。今回は、このランキングの詳細を見ていきたい。
10代で慈善基金設立する有名人も、中国国民のロールモデル・トップ9
2018年9月、中国社会科学院と北京師範大学が発表した「中国・映画スター社会的責任研究レポート」。中国の映画俳優・歌手100人の社会的責任度合いを数値化し、ランク付けしている。
数値化にあたり考慮された要素は「プロフェッショナルワーク」「慈善活動」「品位」の3つ。これらの総合指数を0〜100でスコア化し、60ポイント以上で「社会的責任を十分に果たしている」と評価した。この結果、60ポイント以上だったのは100人中9人のみ、平均は29.9ポイントにとどまった。
60ポイント以上を獲得したのはどのような人物たちなのか。
78.08ポイントで1位を獲得したのは、映画俳優のシュー・ジェン(徐崢)氏(46歳)。コミカルな演技で知られており、映画監督やプロデューサーとしても活躍する人物だ。
2018年7月公開の新作映画『Dying to Survive(我不是薬神)』では主演兼プロデューサーを務めている。
これは中国におけるインド抗がん剤の「代理購入の第一人者」といわれた陸勇氏の実話がモデルとなった映画。社会課題を浮き彫りにした作品として話題を呼んだ。興行収入は30億元(約500億円)に上り、中国映画の歴代興行収入ランキングでは現在5位に位置している。
陸勇氏は白血病を患っていたが、高価な抗がん剤を購入することができず、安価なインドのジェネリック医薬品を使用していた。後に他のがん患者のためにもジェネリック医薬品を代理購入するようになったという。
10年ほどその活動を続けていたが、偽医薬品販売の罪に問われ、訴えられてしまう。しかし、数百人の白血病患者が署名を通じて彼の無罪を主張、最終的に不起訴処分となった。
シュー・ジェン氏はこのような社会的課題を扱う映画で主演を演じたことなどが高く評価されたという。
社会的責任ランキング2位は、中国の人気歌手グループ「TFBOYS」のリーダーであり、俳優業もこなすワン・ジュンカイ氏(19歳)だ。若い世代に絶大な人気を誇り、中国のSNS「Weibo」では6,000万人近いフォロワーがいる。
歌手・俳優として活動するなかで慈善活動も積極的に行っており、高い評価を得たようだ。
ワン氏は18歳の誕生日に、慈善基金「Kindle Blue Fund」の立ち上げを発表。第1弾プロジェクトでは、山間部に住む子どもたちのために図書館を建設したという。このほか2017年3月には、国連環境計画、国際動物福祉基金、ネイチャー・コンサーバンシーの共同キャンペーンで特使に任命されるなど、社会課題から環境問題まで幅広い分野で慈善活動を行っている。
このTFBOYSは3人組のグループであるが、他の2人のメンバーも社会的責任ランキングで3位と5位にランクインしている。3位にランクインしたのはイー・ヤンチェンシー氏(17歳)、5位はワン・ユエン氏(17歳)だ。
イー氏もリーダー同様に、自身の慈善基金「イー・ヤンチェンシー基金」を設立することを発表。第1弾プロジェクトでは、150万元(約2,500万円)を集め、中国貧困救済基金のチャリティープログラムを支援した。これは、都市部に出稼ぎに出た親を田舎で待つ子どもたちを救済するプログラム。
このほか、中国緑化基金の貧困撲滅キャンペーンの特使に任命されたり、世界保健機関の喫煙コントロールキャンペーンに参加するなど積極的に慈善活動を行っている。2018年1月にSinaが発表した「影響力のある有名人慈善活動家トップ10」に選出された。
ワン・ユエン氏も、2017年10月に自身の慈善基金「ユエン基金」の設立を発表。第1弾プロジェクトでは、白内障を患う高齢者の治療支援を行った。第2段では、小児がんの一種である神経芽腫を患う子どもたちの治療支援を行う計画という。
ワン・ユエン氏は特に教育分野で活発な慈善活動を行っている。第6回国連経済社会理事会(ECOSOC)ユースフォーラに中国代表団の1人として参加。このとき教育機会の平等化に関してスピーチを行った。
また2017年6月にはユニセフの教育特使に任命されたほか、ジャック・マー基金主催のチャリティーイベントで地方の教育の改善に向けたスピーチを行った。2017年10月には国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を支援するために「Sing for 2030」という曲をリリース。イー氏とともに「影響力のある有名人慈善活動家トップ10」に選出されている。
このほか60ポイント以上のスコアを獲得したのは、韓国の歌手グループExoで活躍する中国人歌手のチャン・イーシン氏(4位)、国連開発計画で初の中国親善大使に選ばれたチョウ・シュン氏(6位)、国連環境計画の中国親善大使を務めたリ・チェン氏(7位)、日本のCMにも出演したことのあるリン・チーリン氏(8位)、人気俳優のヤン・ヤン氏(9位)だ。
今回のランキングでゼロポイントを獲得したのが2人いる。
その1人は、脱税容疑で中国世間を騒がせている有名女優ファン・ビンビン氏。『アイアンマン3』や『X−MEN』などハリウッド映画にも出演する世界的に知られた女優。今回このランキングでゼロポイントを獲得してしまったことは、英BBCや米ABC、さらには英インデペンデント紙など、各国主要メディアがこぞって伝えている。
ソーシャルメディアの普及で有名人の言動が社会全体に与える影響の規模とスピードが過去と比べ物にならないほど大きくなっている。中国政府は今回のランキングを通じて、そのことをへの憂慮を伝えているのかもしれない。
文:細谷元(Livit)