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最寄りの公共交通機関から自宅までの移動をどうするかーー。自動車より小回りが利いて、自転車よりも楽に移動ができるというのが「パーソナルモビリティ」の問題である。文字通り、個人がどうやって動くのか、に焦点が当てられている。
パーソナルモビリティと聞いて、最初に頭に浮かぶものは何だろうか。おそらくセグウェイのような、立ったまま乗ることができる倒立振子ロボット(Self Balancing Robot)などの先進的な技術を用いた電動車両だろう。
パーソナルモビリティ大手の最新動向
セグウェイはアメリカの発明家ディーン・ケーメン氏らによって開発され、2001年12月に発表された。1台約5,000ドル(約60万円)という高い価格が原因で売り上げは伸び悩んだ。欧州ではその後、警察や民間の警備会社などに購入されその利用が広がったが、日本では道路交通法違反となるため公道では使えず、実際には300台ほどしか売れていないらしい。
もともとは医療分野で受託開発をベースにしていたが、セグウェイに関しては自社開発で生まれたため、元がとれず失敗したとも言われている。
しかし、同社は現在、新たにキックボード型や一輪車型のNinebotシリーズ、今年9月にはローラースケート型の「Segway drift(セグウェイドリフト)W1」を発売し、起死回生を図っている。
Segway drift W1は、時速12キロで1回の充電で45分間走ることができる。先進技術を駆使し800以上の特許が使われ、使いこなすにはある程度の練習が必要なようだが、軽量で小型のこの新しいモビリティ製品は新しいトレンドとなりそうだ。
通勤通学のツールとして、現在アメリカやヨーロッパで流行しているのは電動スクーター(電動キックボード)である。アメリカでは、ワシントンDCで電動スクーターのシェアサービス「Skip scooters」も流行していて、すでに車の渋滞を避けるために手放せない存在となっている。
日本の自動車業界でもパーソナルモビリティの分野にも力を入れている企業が多い。そんな中、1人乗りの超小型電気自動車「コムス」を展開するトヨタは今年8月、東京の日本橋浜町に「トヨタ・モビリティ・ショールーム」をオープンした。
トヨタモビリティサービス本社の1階部分に置かれた本ショールームでは、中央には超小型モビリティの「i-ROAD」や、立ち乗り型ロボットの「ウイングレット」を展示している。残念ながら試乗はできないようだが、「これからの移動」に必要なツールについて発信する拠点を目指している。
また、米国アリゾナ州では、今年年内にもWaymo(ウェイモ)による「無人運転」の配車サービスが開始されるというから、驚きだ。もともとウェイモは、2009年からGoogleの自動運転車の開発部門としてプロジェクトを始め、2015年に世界に先駆けて公道での運転テストを行い、2016年に分社化してできた新しい会社である。
Waymoの世界初の公道テストの様子(WaymoのWebサイトより)
ウェイモは米国25都市で完全自動運転の公道テストを行っており、多様な走行条件を含むシミュレーションのデータを集めていて、そのデータの総量は現在800万マイル(約1300万キロメートル)分にもおよび、これは世界最長の公道テストの距離となっている。
そして2018年の年内には、アリゾナ州フェニックスでウォルマートやショッピングモールを運営するDDRやAvisや周辺ホテルなどと提携し、両社の店舗に顧客を送迎する自動運転車での有料配車サービスを開始すると言われている。フェニックス周辺の18歳以上の成人であれば、ウェイモの公式サイトを通してこの「Early rider program」に応募することができる。
パーソナルモビリティ界で注目の「Space10」とは
既存企業がイノベーションを管理方法として近年注目を集めているのが「イノベーションラボ」であり、ユニリーバやシスコなど大企業が新技術やスタートアップのアイデアを模索するために、近年イノベーションラボをオープンしている。
そんな中、自動運転車について、コペンハーゲンでリサーチを続けるイノベーションラボがある、それが「Space10」である。デンマークの首都コペンハーゲンの中央駅から歩いて10分のところにあり、周辺はもともとは食肉加工産業がさかんなエリアだったが、現在ではおしゃれなギャラリー、タイ料理レストラン、スタートアップ企業、ナイトクラブなど、流行に敏感な若者が集まるおしゃれなエリアとして栄えている。
Space10は、Spacon & Xという地元コペンハーゲンのデザイン&建築事務所が、もともとロブスター用水槽として使われていた1000平方メートルの建物をリフォーム、たくさんの小さな部屋に分けて2015年にイノベーションラボとしてオープンした。カンファレンスやワークショップなども随時開催されており、情報発信基地となっている。
Space10は、Inter IKEA Systems B.V.(インター・イケア・システムズB.V.)という企業が管理をしており、日本でもお馴染みのIKEA傘下にありながらも、独立した外部ユニットとして位置づけられよりよく環境にやさしい暮らしをデザインするというターゲットを持って外部からのデザイナーがさまざまなプロジェクトに取り組んでいる。
IKEAは周知のとおり、インテリアの「モノ」のデザインをしているわけであるが、このSpace10では「スペース」をデザインすることが提案され、スタートした。5年後10年後に都市生活はどう変わっていくか、これからの人々の都市での生活はどうあるべきか、人々のサスティナブルな(地球と環境にやさしい)暮らしをどう実現していくかということに視点をおいている。
SPACE10のWebサイトより
「車輪の上に新たなスペースが生まれる」という発想
SPACE10は今年9月、「Spaces on Wheels」という遊び心いっぱいの最新リサーチプロジェクトを発表した。「f°am Studio」というベルリンのビジュアル・トレンド・ラボとの協力により発足したこのプロジェクトは、現在の自動車産業の大々的な変化の流れの中で、自動電気運転車が可能にする未来について考えていこうというリサーチ・プロジェクトである。
専門家によっては2022年、もしくは2030年ごろまでには実現するのではないかと言われている自動運転車。ただA地点からB地点への移動する手段としてだけでなく、人々がどうやって互いに作用し、それぞれの街を楽しむか、ということについても変化を生むだろうと考え、「Spaces on Wheels」は文字通り、Wheels(車輪)の上のスペースを借りて、人々の暮らしを今よりもさらによいものにできるのではないか、と提案する。
車に対する今までの伝統的な考え方(人が乗って運転して移動する)ということを覆し、自動運転車の中で何ができるだろうかと考えた例が、いくつかレポート内で紹介されている。
たとえば、大都市では人々は通勤や通学に一日平均75分を費やし、そのうち30分は交通渋滞にはまっている時間だという調査データがある。「Office on Wheels」という考えでは、自動運転車をそのままオフィスにするということで、すぐに朝仕事に取り掛かることができ、同僚たちとの会合も移動中にできるなど、各ワーカーの時間を有効活用しようとするものである。
他にもこのプロジェクトでは移動時間を休憩時間にする「Cafe on Wheels」や、低所得層地域の人々でも簡単にアクセスできる移動可能な医療システム「Healthcare on Wheels」、僻地の生産者が農作物を販売しやすいようにし、ビジネスチャンスを拡げる「Farm on Wheels」など、さまざまな自動運転車を利用した新しい暮らしへの提案をしている。
また今回発表されたこのレポート内では専門家へのインタビューも巻末に含まれている。プリンストン大学の准教授であり建築家でありアーバンデザイナーであるマーシャル・ブラウン氏のインタビューでは、自動運転車についてこのような意見が述べられている。
「『都市生活』というものは解決されるべき悪い問題ということではない、ということに一般市民が気づくことが重要だ。最新テクノロジーや最新ソフトウェアなどにばかり目が行きがちになるが、自動運転車が助けるのは『人々』である、ということを忘れないようにしなければならない」
車が人々の暮らしの軸となり半世紀。世界の最新テクノロジーが人々の暮らしをどう快適にしていくのか、また、どうやって地球環境を守っていくのか、今後の展開に注目したい。
文:中森有紀
編集:岡徳之(Livit)