環境保全と経済成長を両立する「天津エコシティー」ーー中国とシンガポールが共同開発

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急速な経済発展を遂げる中国。そのGDPは2017年に名目で12兆ドル(約1,300兆円)に達している。一方、経済発展にともなう環境汚染が深刻化。世界銀行は中国の大気汚染と水質汚染が進めば、GDPの3.5~8%もの経済損失が生じると推測していた。もし8%であったとすると、現在その額は100兆円を超えることになる。

環境汚染による経済損失を回避するため、中国は環境改善を促進する取り組みを加速さている。最近よく取り沙汰される鉄道網の拡充や電気自動車の普及促進はそうした取り組みの一環といえるだろう。

また、都市レベルで環境改善を促すことにも力を入れている。そのなかでもシンガポールと共同で開発を進める「天津エコシティー」は、今後中国の都市計画の基準になるであろうとみられており、各方面から注目を集めるプロジェクトになっている。

2007年に開始されたプロジェクトで、2025年頃の完成を目指しているといわれている。現在すでに多くのテクノロジー企業や研究機関が拠点を構えており、8万人以上が居住している。完成時の人口は35万人に拡大する見込みだ。

現在も進化を続ける天津エコシティーとはいったいどのようなプロジェクトなのか。今回はその最新動向に迫ってみたい。

10大大気汚染都市からの脱却、環境配慮型都市にシフトする天津

天津エコシティーは、2007年4月シンガポールのゴー・チョクトン上級相(1990~2004年まで同国第2代首相)が中国の温家宝首相に、エコシティー開発の話を持ちかけたことがきっかけとなり始まったプロジェクトだ。

天津市のほか、北京に近い唐山市、内モンゴル自治区に位置する包頭市、新疆ウイグル自治区ウルムチ市の4都市がエコシティーの開発候補地として挙がり、最終的に急速な工業化によって環境汚染問題が深刻化していた天津市に決まった。

天津市は北京の南東に位置する都市で、その人口は1,500万人を超える。2017年の中国都市別1人当たりGDPは11万9,000元と、1位の北京(12万8,000元)と2位の上海(12万4,000元)に次ぐ3位だった。中国北方最大の対外開放港として、急速な経済成長を実現してきた。

天津の港

その一方で環境汚染問題はひどくなり、天津は中国の「10大大気汚染都市」と呼ばれるようになっていた。2013年頃、微小粒子状物質「PM2.5」というキーワードで中国の大気汚染問題が多くのメディアに取り上げられていたため、覚えている人も多いはずだ。

こうした状況を受けて、中国政府は2013年10月大気汚染問題対策に50億元(約800億円)投じることを決定。特に、汚染状況が深刻な北京、天津、河北省などに重点的に配分された。質の悪いガソリンを利用している自動車が減らなかったことに加え、鉄鋼業における石炭の大量使用も大きな要因として指摘されていた。資金は、古い車両の買い替えや重工業企業の管理・移転などに使われたという。この対策が奏功し、天津は2015年に「10大大気汚染都市」から脱却している。

このような状況のなか開発が進められたきたのが「天津エコシティー」だ。天津エコシティーは、天津市中心部から40キロ、北京から150キロメートル離れた場所で開発されており、その広さは30キロ平方メートル(東京ドーム約640個分)に及ぶ。街の至るところに緑地を設置。廃棄物の削減・再利用・リサイクルを推し進める次世代の廃棄マネジメントシステムの導入も計画されている。交通に関しては、自動車の利用を抑制するために、トラムやバスなどの公共交通を拡充している。

こうした環境配慮の取り組みをKPIで測定することも実施。現在26のKPIが設定されており、主なものには「空気の質」「飲料水の質」「環境配慮型ビルの比率」「環境配慮型移動の促進」「バリアフリー・アクセシビリティ」「適正価格の公共住宅」「代替可能エネルギーの利用」が含まれる。

チャンネル・ニュース・アジアによると、2018年7月時点で天津エコシティーの人口は8万人を超え、2014年の2万人から大きく増加。また6,500社以上が登記しており、その規模は資本ベースで330億ドル(約3兆6,000億円)に上るという。政府が進める北京・天津・河北省の首都圏一体構想にともない天津エコシティーに移転する大手企業が増えているためだ。

天津エコシティーの電気自動車充電ステーション(天津エコシティーウェブサイトより)

2018年のGDP成長率目標は12%、加速する天津エコシティーへの投資

天津エコシティーでは中国国内だけでなく、外資による投資も増加しており、経済は活況の様相を呈している。

2017年1月現地紙天津北方網は、天津エコシティーにビッグデータ産業が集積しつつあると伝えている。この時点でビッグデータ関連の企業約20社が進出。これらの企業の年間売上高は将来的に300億元(約4,900億円)に到達する可能性があるという。また今後も多くのビッグデータ関連企業の進出が見込まれる。

企業だけでなく、大学や研究機関の進出も増えている。中国のMITと呼ばれる清華大学は2017年6月、IT産業パーク「天津電子信息科技産業園」を建設する計画を発表。同大学で開発した技術の実用化を進めるという。また同時に、北京・天津・河北省の大学や研究機関、スタートアップの入居を促し、産業クラスターを構築していくという。

天津エコシティー・エコビジネスパーク(天津エコシティーウェブサイトより)

また2018年7月には、原子力発電事業を行う中国国有企業の中国核工業集団が天津エコシティーで原子力発電産業を担う人材を育成する「中国核工業大学」を建設することが明らかになった。大学建設用の土地はすでに取得されているという。

さらに行政サービス、都市管理、医療、交通などをネットワーク化し、デジタル管理する「スマートシティー」化の動きも加速している。この数年スマート国家構想を掲げ試行錯誤してきたシンガポールの知見が生かされているようだ。

天津エコシティーの風力発電風車(天津エコシティーウェブサイトより)

このほか2018年6月に「eスポーツ」競技場が登場したり、ロボットが案内するスマート図書館が登場したりと、先端かつユニークな取り組みが相次いで実施されている。

活発な投資活動や企業・大学の参入を受け、当局は天津エコシティーエリアの2018年のGDP成長率目標を前年比12%増と設定している。一方、汚水処理・再生施設を稼働させ、雨水の循環利用を促進する「スポンジ化」工事を進めるなど、エコシティーとしての機能強化も着実に前進している。都市における持続可能性の重要性が強まるなか、天津エコシティーはどのように発展しロールモデルとして評価されていくのか、今後もその動向から目が離せない。

文:細谷元(Livit

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