WHOも警鐘を鳴らす。ベトナムのアルコール消費増が、急速な経済成長に待ったをかける

このところ世界のアルコール飲料消費は頭打ちになっているようだ。アルコール飲料市場調査会社IWSRのデータによると、2017年世界のアルコール飲料消費は、前年比で0.01%しか伸びていなかったのだ。2016年は前年比で1.25%減少している。

さまざまな要因が考えられるが、各国ミレニアル世代における健康意識の高まりと、それによる消費パターンの変化が大きな影響を及ぼしていると考えられる。

飲酒を起因とする経済損失がかなりの規模になっているという事実も広く知られるようになってきており、これも消費者意識の変化を促している可能性がある。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、2010年米国では過剰飲酒によって2,490億ドル(約27兆4,000億円)もの経済損失が生まれたという。損失の内訳は、72%が過剰飲酒による労働生産の低下、11%が医療費の増加、10%が犯罪対応費用の増加、5%が飲酒運転による自動車事故となっている。この損失額のうち40%を連邦政府、州政府、市が補填している。

世界的にアルコール飲料消費が頭打ちになるなかで、消費量が10年前に比べ200%増と驚異的な伸びを見せる国が存在する。人口9,300万人、平均年齢30歳と若年層が大半を占めるベトナムだ。

成長著しい新興国として注目を集めており、2010年には世界銀行の評価基準で「中所得国」入り。現在は高所得国入りを目指し、デジタルテクノロジーによる産業変革を推し進めている。

今後の経済成長に期待が寄せられるベトナムだが、アルコール消費の増加は、健康問題の悪化、医療費の増大、交通事故や暴力事件の増加など社会問題の深刻化を招いており、世界保健機関(WHO)から早急に対策を講じるよう勧告がなされている。

今回は、急速な経済成長の裏で深刻化するベトナムの大量飲酒問題の実態についてお伝えしたい。

アルコール消費はシンガポールの4倍、東南アジア最大のビール市場ベトナム

ベトナムの飲酒問題が強く指摘されるようになったのは2015年頃だ。

ベトナム現地メディアVNエクスプレスの2015年4月の記事によると、同国保健省医療戦略・政策研究所の副所長はベトナムのアルコール消費が東南アジアで最大となったことに言及し、消費量は危険レベルに到達したと勧告していた。同副所長は、ベトナム成人1人当たりの年間アルコール消費量は2005年に3.8リットルだったが、2010年には6.6リットルに達し、2025年には7リットル以上になる可能性を指摘していた。

ベトナムではビールが好まれるが、その総消費量は2012年に28億リットルだった。2013年には30億リットルとなり、東南アジア最大となった。アジアでは中国、日本に次ぐ3番目のビール消費大国となる。サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)紙は2015年2月にベトナム国営メディアの話として、この10年で国内のビール消費量が200%以上増加したとも伝えている。


街角でビールを飲む人々(ベトナム・ハノイ)

アルコール消費量が爆発的に増加している要因として、もともと飲酒文化が根付いたところに、安いビールが登場、さらに経済成長の恩恵で可処分所得が増加したことなどが指摘されている。

2015年以降もアルコール消費量は伸び続けており、2018年7月にWHOが公表したデータは、問題の一層の深刻化を示すものとなった。

WHOの最新データによると、ベトナム人1人当たりの年間アルコール消費量は、2015年の6.6リットルから8.3リットルに増加していたのだ。2015年に同国保健省医療戦略・政策研究所の副所長が2025年頃に7リットルを超える可能性を指摘していたが、その予想を遥かに上回るスピードでアルコール消費が増えているのだ。域内でもっともアルコール消費が少ないのはシンガポールで、その量は年間2リットルのみ。ベトナム人はシンガポール人の4倍以上のアルコールを消費していることになる。また他の国と比べてもベトナム人のアルコール消費の多さは顕著だ。中国は7.2リットル、カンボジアは6.7リットル、フィリピンは6.6リットルとなっている。一方、タイはベトナムと同水準であるという。

ベトナム保健省によると、2016年飲酒を起因とする疾患で入院・治療を受けた人は数十万人に達し、また死亡者は8万人近くに上ったという。

WHOはこれらのデータに言及し、飲酒運転による交通事故や暴力事件も増えており、状況は深刻化の一途をたどっていると指摘。ベトナムではアルコール消費を起因として引き起こされる問題によって、GDPの1.3〜3.3%に相当する経済損失が生まれているという。

「酔うために飲む」、問題を悪化させるベトナム独特のお酒文化

ベトナムでは、適量のお酒を楽しむというのではなく「酔うために飲む」という考えが強い。SCMPの記事では、21歳のベトナム人男性がインタビューのなかで「お酒を飲む目的は酔うことだ。酔わないのなら、時間を無駄にしている」と豪語している。


ベトナムの宴会で欠かせないビール

ベトナムで著名な社会心理学者が2015年に実施した調査では、ベトナムの若者の40%以上にアルコール中毒の兆候が見られると指摘されていたが、それ以降もアルコール消費が増加していることを考慮すると、アルコール中毒問題も一層深刻化していると考えられる。

また、過剰飲酒問題の改善を目指す国際非営利団体IARDが2018年2月に公開した調査レポートは、ベトナムのアルコール問題を別の角度から分析し、問題の深さを浮き彫りにしている。

このレポートによると、ベトナム全体のアルコール消費のうち、ビールが占める割合はほんの23%しかなく、その大半75%近くが自家製酒であることが明らかになったのだ。省ごとに飲酒の特徴が表れており、ホーチミンの南西に位置するベンチェ省の年間アルコール消費量は11.6リットルと国内最大となり、WHOが示した8.3リットルを大きく上回っている。11.6リットルのうち93%が自家製酒であるという。

通常、政府が価格や酒税率、また入手の可否をコントロールし、国のアルコール消費を管理することができるが、自家製酒が大半を占めるベトナムにおいては、アルコール消費の管理が非常に難しいことを示している。

ベトナム政府は現在、酒類・ビールの広告禁止を提案するなどアルコール消費を抑制する取り組みを実施しているが、自家製酒に関する具体的な取り組みには手が回っていないようだ。

デジタル変革を進め高所得国入りを目指すベトナムだが、アルコールの過剰消費を起因とする社会問題がその目標実現を拒んでしまう可能性も否定できない。この問題をどのように克服していくのか、今後の動向に注視が必要だ。

文:細谷元(Livit

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