日本人の海外旅行先として人気の高いベトナム。暖かい気候、物価の安さ、フォーや春巻きなどの食べ物が人気の理由となっている。
ベトナム政府の統計では、2008年ベトナムを訪れた日本人観光客は39万人だったが2017年には約80万人となり、この10年で倍増していることが明らかになっている。
そのベトナムはいま20年後の未来に向け、デジタルエコノミー創出を目指し本腰を入れ取り組みを始めている。
ベトナムのデジタルエコノミー創出の取り組みで、重要な役割を担うのがオーストラリアの政府機関Data61だ。ベトナムに関する膨大なデータをまとめ、そこから未来のシナリオを構築し、ベトナム政府に政策提言するという役割を担っている。
Data61の取り組みからベトナムの未来が垣間見えるといっても過言ではないだろう。今回はData61の概要を紹介しつつ、ベトナムの未来がどう形作られようとしているのか、その最新動向をお伝えしたい。
ベトナムの未来を担うオーストラリアのData61
Data61は2016年に発足した比較的新しい政府機関だ。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の傘下でデジタルテクノロジーの研究開発を担っている。
CSIROは1916年に発足した100年以上続く政府機関。オーストラリアの科学技術の発展を支える屋台骨として活動している。オーストラリア・キャンベラを本拠としながらも、フランス、チリ、米国など世界50都市以上に拠点を構えている。従業員数は5,500人以上だ。
CISROの研究分野は、農業・食糧、エネルギー、土地・水、鉱物、製造、海洋・大気、健康・バイオセキュリティ、デジタルテクノロジーと多岐にわたる。
また、これらの分野で得た知見を生かしたさまざまなサービスを提供。サービスには中小企業へのコンサルティング、教育、出版、国家戦略・未来構想構築などが含まれる。Data61がベトナムで実施している取り組みは、このうちの国家戦略・未来構想構築の一環となる。
Data61はどのようなアプローチでベトナムの未来構想を構築していくのだろうか。
GovInsderの取材で、ベトナムでのプロジェクトを担当するData61のルーシー・キャメロン氏がその手法を明らかにしている。
Data61のアプローチは「foresight planning」と呼ばれるもので、もともとは軍事分野で発展した未来予測の手法だ。いまではシンガポール政府が都市計画を進めるために独自のforesight planning部隊を設置。また欧州やマレーシアでも同様の取り組みが行われているという。
Data61はまずデータを分析し、ベトナムの未来に大きな影響をもたらすメガトレンドを抽出、そこから実現可能なシナリオを構築し、政府に提言する。最終レポートは2019年3月に発表される予定だ。
現時点ではデータ分析がなされ、いくつかのメガトレンドが抽出されている段階。Data61が2018年3月に公開したレポートでは、これらのメガトレンドについて言及がなされている。
ベトナム、デジタルエコノミー創出に向けたポジティブトレンド
デジタルエコノミー創出にポジティブな影響を与えるトレンドとしては、政府の政策・法規制整備、情報通信インフラ整備、デジタルテクノロジー受容などが挙げられている。
2010年に世界銀行の評価で「中所得国」入りしたベトナム。それ以降、高所得国入りに向け産業の刷新を試みている。2011年にはデジタルテクノロジー企業向けの優遇税制などを盛り込んだ「ITマスタープラン」を発表。これを皮切りに、2020年を一旦のターゲットし、デジタルテクノロジー開発・普及に向けた政策を次々と導入している。
こうした政策に後押しされ、情報通信インフラの整備は加速度的に進んでいる。2009年に3Gネットワークが、2016年には4Gネットワークが開設。2018年には、モバイルネットワークの範囲はベトナム全土をカバーするに至っている。また2020年までに5Gネットワークを導入する計画も進んでいる。モバイル加入件数2005年から2016年の間に9倍増加し、2017年には加入件数が1億3,600万件(ベトナム人口は9,270万人)に達したという。
ちなみにデジタルエコノミーとは、狭義の定義と広義の定義がありそれぞれの組織・機関で異なった定義が用いられる場合が多い。たとえば、狭義の定義であれば、その範疇は情報通信産業だけに限られたものになり、対象となるプレーヤーは通信会社や情報通信インフラ会社、デジタルハードウェアの製造会社だけとなる。一方広義では、デジタルテクノロジーに関わりのなかった農業や行政などにおけるデジタル化も含まれることになる。Data61では、広義の定義でデジタルエコノミーを捉え、ベトナム社会全体にデジタルテクノロジーが普及する未来を構想している。
政策・法規制や情報通信インフラの整備にともないIT関連企業も顕著に増えている。
ベトナム情報通信省によると、2015年IT産業の企業数は2万1,658社だったが、2016年には2万4,500社に増加したと推計されるという。年率換算では11%以上の伸びとなっている。
Eコマースやフィンテック分野でも顕著な成長が見られる。
ベトナム電子商取引・IT庁(VECTIA)によると、ベトナムEコマース市場の売上高は2013年22億ドル(約2,400億円)だったが、2016年には50億ドル(約5,500億円)と2倍以上増加したという。また2020年までにEコマース利用者数は50%以上伸び、さらに1人あたりの支出額も増加する見込みで、一層の拡大が見込まている。
フィンテック分野では2017年時点で48社の企業がサービスを提供。その多くがモバイルペイメントだが、インステックやウェルステックなどにも国内外の投資家から注目が集まっているという。
ベトナムの人口は9,270万人、その年齢中央値は30.4歳と非常に若く、テクノロジーが受容されやすい環境もデジタルエコノミー創出には好材料となる。欧州の年齢中央値は42.6歳、中国は37.4歳だ。
こうした現状を踏まえると、ポジティブなシナリオが描くことができる。
Data61のキャメロン氏は、これらが近い将来ベトナムにおける大変革につながり、国を超えて域内の経済にも大きな影響を及ぼす可能性を示唆している。
デジタルエコノミー創出、最大の課題はIT人材不足
しかし、ベトナムが域内のデジタルエコノミーハブとなり、高所得入りを実現するには、解決しなくてはならない課題があることにも言及している。主要課題の1つが熟練労働者不足だ。
世界銀行の調査などによると、ベトナムでは従業員のスキル不足を課題と感じている企業が50~88%もいることが明らかになっているのだ。またジェトロの調査では、ベトナム進出した日本企業の42%が現地従業員の能力の質が課題であると回答している。
IT人材の需要は毎年47%増加している一方で、供給は追いついていない状況だ。2020年までにさらに100万人のIT人材需要が見込まれている。ソフトウェアのオフショア開発拠点として注目を集めたことがあり、IT人材が豊富な印象を受けるが、実際のところはまったく足りていないようだ。
IT人材不足は、サイバーセキュリティ分野で深刻な影響を及ぼしている。2016年1〜6月には、2015年通年と比較して4倍以上のサイバー攻撃を受けており、脆弱性を露呈する形になった。国際電気通信連合が公表している「グローバル・サイバーセキュリティ・インデックス」では、2017年ベトナムは前年から25位ランクを下げ193カ国中101位に転落、ミャンマー(100位)、カンボジア(92位)、ラオス(77位)を下回った。
Data61は、このほかにも労働生産性、都市化・人口流入問題、異常気象対策などの課題を解決することが求められると指摘。
ベトナム・ホーチミンの様子
一方、若い人の多さ、中国やインドに近い地理的条件、増加する中間層など、デジタルエコノミー創出への好条件も揃っていると説明。課題にどう向き合い、機会をどう生かすのか。今後Data61は、ベトナム政府や経済界、地域コミュニティとの議論を通じ、新たなトレンド発掘とシナリオ作成を実施する計画だ。どのようなベトナムの未来像が描かれるのか、今後の展開にも注目していきたい。
文:細谷元(Livit)