新婚旅行先として人気の高い南の楽園モルディブ、そして同じインド洋の楽園として知られるスリランカ、いまこの2国を中心として域内で大きな変化が起こっている。
同地域ではもともとインドの影響が強かったが、中国投資の増大により、域内の政治・経済が大きく中国寄りに偏ってきているのだ。
モルディブでは、親中派のヤーミン大統領によってモルディブと中国の関係が深化。最近ではモルディブ領域に駐留していたインド軍に撤退を求めたという報道もなされている。
また、モルディブ領域の環礁に中国が港を建設する計画も浮上。一方、スリランカでは中国企業によって首都コロンボの海岸沿いを埋め立てドバイや香港のような海上都市を建設するプロジェクトが進んでいる。
中国投資によって観光産業に依存するモルディブや依然として貧困率が高いスリランカの経済が盛り上がる可能性が期待される一方、債務によって投資先の国をコントロールする「借金漬け外交(debt trap diplomacy)」と呼ばれる中国のやり方に対する懸念も増大している。
モルディブやスリランカでいったい何が起こっているのか。中国マネーの動きから、インド洋で起こる大変化に迫ってみたい。
インド影響下から中国寄りにシフトするモルディブ
まず中国の対モルディブ投資の現状についてお伝えしたい。
日本だけでなく世界各国から観光客が訪れるモルディブ。人口は43万人ほど。美しいビーチやサンゴ礁など豊富な観光資源を持つものの、他の産業が発達しておらず1人当りGDPは1万2,000ドルにとどまっている。
市場としての魅力は乏しく、これまでモルディブへの海外直接投資に関して目立った動きはない。また外交についてもインド、パキスタン、スリランカなどに限られていたといわれている。
しかし、2011年11月中国がモルディブに大使館を開設。その後「一帯一路」の一環として中国によるモルディブ投資が加速している。グローバル・デベロップメント・センターの最新レポートによると、現在までの中国による最大の投資は、モルディブ空港の改修・拡張工事で、投資額は8億3,000万ドル(約930億円)に上るという。
また、首都と空港のある島を結ぶ連絡橋建設(2018年8月末開通)も中国からの融資で賄われており、投資額は4億ドル(約450億円)だ。さらに中国はモルディブ国内に25建ての複合施設を建設しているという。
モルディブ首都と空港を結ぶ連絡橋建設の様子
モルディブの野党政権によると、同国が抱える債務額の70%が中国からの融資によるもので、中国への返済額は年間9,200万ドル(約100億円)、同国年間予算の10%にもなるという。
またアジア・タイムズは、モルディブと中国が自由貿易協定に署名、さらにモルディブがツーリズム開発で同国フェイドホー島を中国に50年の期間で貸し出したと伝えている。
タイムズ・オブ・インディアは、モルディブに中国の潜水艦基地が建設される可能性があると報じている。
モルディブ野党は、港を中国に数十年単位で貸し出したパキスタンやスリランカの二の舞を演じる可能性があるとして危機感を募らせている。
パキスタンでは2015年に南西部にあるグワダル港が中国に43年の期限で貸し出される契約が締結。現在、中国西部の新疆ウイグル自治区からグワダル港をつなぐ「中国・パキスタン経済回廊」の建設が進んでいるといわれている。
この経済回廊が完成すれば、中国は陸路でグワダル港まで物資を運び、そこから海路で中東、アフリカ、ヨーロッパにアクセスすることができるようになる。
パキスタンはこのところテロ対策をめぐって米国との関係が悪化、さらに人口増による電力不足や財政難によるインフラ建設の遅れなど政治・経済の両面で深刻な問題に直面していた。中国はこれを好機とみて、パキスタン投資と同国への影響力を高めようとしているようだ。
1兆6,800億円、中国がスリランカ首都沖に建設する海上都市
スリランカでは2017年7月、南部のハンバントタ港を中国に99年間貸し出す合意がなされている。ハンバントタ港は、親中派だった前ラジャパクサ大統領の時代(任期2005〜2015年)に建設された港だが、15億ドルともいわれる建設費用の大半が中国からの融資によるものだった。
ラジャパクサ前大統領は、2006年に再燃したスリランカ内戦においてタミル武装組織タミル・イーラム解放の虎を壊滅させた功績があるが、その際に中国から大きな支援を受けている。
地元紙などは、財政難に苦しむスリランカ政府はハンバントタ港の建設費用返済の目処が立たず、中国に港を貸し出してしまったと報じている。今回ハンバントタ港の権益を取得した中国国営企業、China Merchants Port(招商局港口)は2009年にもスリランカのコロンボ港を買収している。
またスリランカの首都コロンボに近い海岸沿いでは、中国の投資によって海上都市「ポート・シティ」の建設が進められている。
建設を担う中国国有企業のChina Communications Constructions Company(中国交通建設=CCCC)のウェブサイトでは、シンガポールやドバイ、香港を彷彿とさせる完成図が公開されている。
広さは269ヘクタールで、完成予定時期は2041年。投資額は現時点で14億ドル(約1,560億円)といわれているが、CCCCの予測によると完成までに総額150億ドル(約1兆6,800億円)になる見込みだ。
スリランカで建設が進む「ポート・シティ」完成図(China Communications Constructions Companyウェブサイトより)
ポート・シティはもともと2004年にコロンボのビジネス街拡張のために提案されたプロジェクトだが、内戦により頓挫。内戦が終了した2009年以降、中国の政治的な影響力が強まり、中国主導で開発が進められる話が持ち上がったが、地元住民、環境保護団体の働きかけや当時問題となった中国融資絡みの汚職などによって、再び棚上げされることになる。
しかし2016年3月、CCCCがこのプロジェクトの遅れによって1日あたり38万ドル(約4,560万円)の損失を生み出しているとし、スリランカ政府を相手取った訴訟を起こすと圧力をかけたため、スリランカ政府は急きょプロジェクトの再開を発表した。
英ガーディアン紙によると、ポート・シティはスリランカ国内の法制度とは異なるシステムが適用される可能性があるものの、誰にどのような権利が与えれるのか明らかにされておらず、地元活動家らの批判を招いているという。
地元活動家らは、ポート・シティ内では中国が実質的な権利を持ち、ポート・シティへの移住条件を策定したり、移住する人を選別したりする大家のような存在になるのではないかと懸念している。
中国は「真珠の首飾り」と呼ばれる戦略で、南シナ海からパキスタン沖までの海路を確保し、域内における市場アクセスと国際貿易の促進を狙っているといわれている。
米国外交誌National Interestは、モルディブやスリランカでの出来事に言及、真珠の首飾り戦略は経済面だけでなく軍事面でも影響を及ぼす戦略であると指摘。また今後はインドの影響力低下によって、域内のパワーバランスが変わる可能性を示唆している。
アフリカや中南米でも勢いを増す中国投資。これらの国々でも借金漬け外交が実施されていると報じられている。インド洋ではどのような展開になるのか、今後の動きからも目が離せない。
文:細谷元(Livit)