日本人が知らない中国の先端サイエンス都市・合肥市〜中国のシリコンバレーの姿

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イノベーションを軸にした経済成長モデルを目指す中国。政府、企業ともに人工知能、ドローン、自動運転車など先端テクノロジーの研究開発に多大な投資を行っている。

中国のテクノロジー研究開発の重要拠点といえば北京、上海、深センなどを思い浮かべるかもしれない。これらは中国の主要都市としてメディアに頻繁に登場するので知っている人も多いだろう。

一方で最近、これまで国内外であまり知られていなかった都市が中国の新興「サイエンス都市」として注目を集めている。

中国東部にある安徽(あんき)省・合肥(ごうひ)市だ。合肥市では、人工知能だけでなく、量子コンピューターやハイパーソニック・テクノロジーの研究開発なども行われており、中国が科学技術立国になるためにはなくてはならない存在として見られるようになっている。

今回は中国の知られざる最先端サイエンス都市、合肥市の最新動向をお伝えしたい。

量子コンピューターからハイパーソニック技術まで、最先端「サイエンス都市」

人口800万人の合肥市はもともと農業と製造業を主な産業としてきたが、この10年ほど研究インフラへの投資を加速、多くの研究者を呼び込むことに成功し、中国でも指折りの「サイエンス都市」として成長している。チャイナ・デイリーによると、合肥市に開設された研究開発施設は1,000以上あるという。


合肥市

2017年2月には、合肥市は「国家総合サイエンスセンター」を2020年を目処に開設する計画を明らかにしている。国家総合サイエンスセンターは中国の科学技術発展の重要なシンボルと考えられており、現在中国では「上海浦東新区張江高科技園区」のみが該当する。合肥市に完成すれば中国で2カ所目となる。合肥市のサイエンスセンターでは、情報通信、エネルギー、ヘルスケア、環境のほか、量子コミュニケーション、核融合、スモッグ対策、がん治療などの研究が進められる計画だ。

これに関連して、世界最大の量子コンピューター研究施設が合肥市に建設されるという話もあり、関係者らの関心を呼んでいる。「量子情報科学・国家研究所」と呼ばれ、施設の広さは37ヘクタール(東京ドーム約9個分)に及ぶという。建設費は760億元(約1兆2,440億円)、建設期間は2年6カ月。量子情報科学・国家研究所では、量子計測や量子コンピューターの研究開発が行われる予定だ。

地元紙によると、量子計測は潜水艦ナビゲーションシステムの開発などに応用されるという。量子ナビゲーションシステムを搭載した潜水艦は、衛星シグナルを受信することなく、3カ月以上潜水することが可能だ。これにより海面に浮上する必要がなくなり、探知されるリスクを軽減することが可能となる。量子コンピューターは、暗号化されたセキュアなコードの解読などに活用されるという。

量子コンピューターは、人工知能と並び中国が覇権を狙うテクノロジー分野。合肥市にその研究施設が建設されるという事実から、同市のサイエンス都市としての確固たる地位がうかがえる。

さらに中国が、米国、ロシアと開発を競っているハイパーソニック・テクノロジー分野でも合肥市の役割に期待が寄せられている。

ハイパーソニックとはマッハ5〜10の速度を意味する言葉。中国は、ハイパーソニック航空機の研究開発にも力を入れており、将来的に中国−ニューヨーク間を2時間ほどで結ぶ航空機などの生産を実現したい考えだ。

サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙によると、ハイパーソニック航空機のエンジンの量産が可能な製造工場を合肥市に建設する話が持ち上がっているという。

人工知能開発でも合肥市に期待が寄せられている。

2018年3月、合肥市のハイテク産業開発特区内に「合肥・人工知能産業パーク」が登場。この産業パークでは、音声認識、脳型人工知能、量子人工知能、ビッグデータ分野のクラスターを生み出し、各クラスターの売り上げ規模を1,000億元(約1兆6,370億円)に高める計画だ。

この産業開発特区にはすでに200社近い人工知能企業が拠点を構えているという。ちなみに中国の音声認識市場でシェア80%を誇るといわれているIflytek社は合肥市発の人工知能大手企業だ。


合肥市発Iflytek社のウェブサイト

中国で増える海外からのUターン研究者、目指すは合肥市

合肥市がサイエンス都市として発展できる理由として、トップクラスの大学・研究機関があることや科学技術分野への多大な投資が挙げられる。

一方、海外大学での研究経験を持つ優秀な中国人研究者たちのUターントレンドからも合肥市は恩恵を受けている。

かつて中国の研究者志望の若者の間では、教育水準や給与の差から海外大学・研究機関への就職が人気となっていた。多くの優秀な若者が海外に出てしまうことから頭脳流出問題として議論されることが多かった。

しかし、最近になり海外の大学・研究機関で働いていた優秀な中国人研究者たちが中国に戻ってくるUターントレンドが加速しているのだ。

フロスト・アンド・サリバンの調査によると、2016年海外の大学を卒業し中国に戻ってきた人の数は43万2,500人と2012年比で58%も増えているという。また、中国教育部(教育省)の最新統計によると、2017年には48万人と2016年比で約11%増えている。

海外から中国に戻ってくる人の数が増えている主な理由は、欧米との賃金格差縮小、アジア人に対するキャリア上の差別、中国の研究施設の充実などが挙げられる。

合肥市にある中国科学院の施設に務める研究者、ワン・ウェンチャオ氏は2008年に北京大学で薬学の博士号を取得後、米ハーバード大学でポストドクトラルフェローの職を得た。しかし、将来のキャリアが見えないことや外国人研究者に対する「ガラスの天井」に嫌気が差し、中国に帰ることを決意したという。

合肥市には、理系トップクラスといわれる中国科学技術大学や合肥工科大学のほか、北京大学や清華大学のキャンパス、また国立研究所や企業の研究開発施設も多数開設されている。人工知能、核物理、量子力学などさまざまな分野の研究環境が整っており、多くの研究者を魅了しているのだ。

北京、上海、深センなどに並ぶテクノロジー中核都市として合肥市が今後どのように発展していくのか、量子コンピューターの開発動向なども含めて注目していきたい。

文:細谷元(Livit

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