人工知能分野に1,500億ドル(約16兆5,000億円)を投じ、2030年までに同分野のグローバルリーダーを目指す中国。
近年、中国の人工知能開発に関するセンセーショナルな報道がメディアを賑わしている。
一部では、中国の人工知能関連の論文数が世界最多となったことから、同国が人工知能開発競争でトップを走っているとみる向きもあるようだ。
どの国が人工知能開発でリードしているのか。これは、論文数だけでなく、投資額、インフラなどさまざまな軸から評価することができる。
中国3大IT企業の1社であるテンセントは2017年12月に公表したレポートのなかで「人材」を切り口として、各国の人工知能開発状況を分析している。これによると、人工知能分野の人材数や人材育成インフラに関して中国は依然として米国の後塵を拝しているというのだ。最近のセンセーショナルな報道とは異なり、冷静に課題を分析し、解決へのヒントを提示することで、中国の人工知能国家に向けた道筋を示している。
今回は、テンセントが公表した9章73ページに上る中国語のレポート「2017グローバル人工知能人材白書」を俯瞰しつつ、人工知能開発で中国がどのような課題に直面しているのか、その実情を探ってみたい。
テンセント「2017グローバル人工知能人材白書」
人工知能人材の世界的な不足と偏り、中国の現状
世界中で繰り広げられる人工知能開発競争。その勝敗を決める要素の1つが優秀人材の数だ。テンセントのレポートは冒頭でこのように指摘。その上で、中国は現在優秀人材が不足しており、このままでは人工知能開発競争においてトップを狙うことは難しいと示唆している。
同レポートによると、世界中に人工知能人材は30万人いるという。このうち、20万人が企業に属し、残りの10万人は大学の研究者だ。人工知能人材の需要は世界で数百万人といわれており、供給はまったく足りていない状況。
また高度な人工知能開発プロジェクトを率いることができるトップ人材は世界に1,000人もおらず、人材分布には偏りがあり、トップ人材を中心に獲得競争が激化しているというのだ。
こうしたなか各国は人工知能開発を国家戦略レベルに引き上げ、企業や大学・研究機関への支援を強化、テクノロジー開発だけでなく、人材育成も加速させている。
人材の数や育成インフラでみた場合、圧倒的な優位性を築いているのが米国だ。
世界中に人工知能人材を育成できる大学は367校あるとされ、毎年約2万人の人材を輩出しているという。このうち米国の大学は168校と世界全体の45.7%を占めるに至っている。次いで多いのはカナダで22校。以下、英国20校、中国20校、インド18校などなっている。大学数では、中国と米国の間には8倍以上の差があるのだ。
また米国の大学におけるトップ人材の偏りも顕著だ。
人工知能分野のトップ研究者とその論文数で評価した世界大学ランキングでは、トップ10のうち9校が米国の大学となる。1位はカーネギーメロン大学でトップ研究者数は111人。次いで、2位カリフォルニア大学バークレー校、3位ワシントン大学、4位マサチューセッツ工科大学、5位スタンフォード大学、6位コーネル大学、7位ジョージア工科大学、8位ペンシルベニア大学、9位トロント大学(カナダ)、10位イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校となる。
トップ20では、中国から北京大学が12位、清華大学が16位にランクイン。ちなみに日本からは東京大学が14位にランクインしている。
このような人材育成インフラの偏りは、人工知能産業における人材の偏りにもつながっている。
スタートアップを含めた人工知能企業は2017年6月時点で世界中に2,617社あるとされ、このうち米国の企業は1,078社と全体の41%を占めているのだ。人工知能企業が続々立ち上がっていると報じられる中国は591社と世界2位となる。次いで英国138社、イスラエル74社、カナダ70社などと続く。
米国の人工知能企業1078社の総従業員数は7万8,700人。一方中国の人工知能企業591社の総従業員数は3万9,200人と米国の半分ほどにとどまっている。
大手IT企業における人工知能開発プロジェクトの研究者数でも米国と中国の差は歴然だ。
テンセント・レポートのまとめによると、グーグルの人工知能研究開発チームは1,500〜2,500人規模と推測され世界最大という。次いで規模が大きいのは、マイクロソフトとIBMで、それぞれ1,000〜1,500人規模とみられている。中国のバイドゥとテンセントはこれらに次ぐ規模で、研究者数は500〜1,000人という。
中国国内でも偏る人材
同レポートはまた中国国内でも人材の偏りが起こっていると指摘し、今後の課題であることを示唆している。
都市別では、北部に人材が密集しており、その割合は48.3%に上るという。その北部では、北京が最大で27.78%だ。次いで上海が12.08%となっている。
中国では現在、IT産業や金融産業で特に都市部において競争が激化、その結果プレッシャーから逃れるために北京や上海などの1級都市を離れ、2級都市に移り住む人々が増えているといわれている。しかし、人工知能産業では北京や上海に人材が集中しているのだ。
大学の人材育成でも偏りが生じている。中国国内で人工知能分野のトップ10校が、同産業における全人材輩出数の44%を占めているというのだ。これはすべての産業を上回る割合となる。
人工知能人材の輩出数トップ10は、1位清華大学、2位北京大学、3位北京航空航天大学、4位上海交通大学、5位浙江大学、6位北京郵電大学、7位華中科技大学、8位西安電子科技大学、9位ハルビン工業大学、10位復旦大学と、北京の大学が大半を占めている。
テンセント・レポートは、中国が人工知能分野で世界をリードするためには、絶対的に不足している人材を育成していくことが最重要になると強調し、今後中国国内の各プレイヤーに求められる取り組みを提案している。
政府レベルでは、海外在住の中国人研究者を呼び戻すための施策や知的財産保護の整備を推奨。一方、企業と大学においては、産学連携の人材育成プログラムの促進や大学での人工知能学位の創設などを提案している。
このなかでもっとも強調されているのは、プラットフォームとしての「協会」の役割だ。協会を通じて、企業、大学、研究機関のネットワークを構築することで、「スタンフォード大学・シリコンバレー」モデルのような産業発展の形を実現できると指摘。かつてシリコンバレーには目立った産業はなかったが、1951年スタンフォード大学が同地にハイテク産業パークを開設したことをきかっけに、産学連携によるIT産業の勃興につながったといわれている。また同レポートは、シリコンバレーにおける産学間の技術移転を促進したスタンフォード大学OTL(The Office of Technology Licensing)にも言及、中国も人工知能分野で同様の発展を目指すべきという意思を示している。
このテンセントのレポートが影響したのかどうかは分からないが、中国政府は最近人工知能人材の裾野を広げるために小学校、中学校、高校への人工知能教育の導入を進めることや大学での人工知能イノベーションを促進するためのアクションプランを相次いで発表、人材育成に本腰を入れて取り組む姿勢を明確に示している。米国シリコンバレーの成功事例などを吸収し、人材育成の面で米国にどこまで迫ることができるのか、今後の展開が楽しみである。
文:細谷元(Livit)