「ワーク・ライフ・バランス」が叫ばれて久しい今、会社での長時間労働を見直す動きが活発化している。そんな中、米国で興味深い論文が発表された。それによると、2003年から2012年における米国人の労働時間の使い方を比較すると、在宅勤務により自宅にいる時間が長くなっていることがわかった。

さらに、通勤しないことにより、国家全体的にエネルギー消費が抑えられていることが明らかとなった。在宅勤務は、雇用者・被雇用者の二者間トピックとして議論されることが多いが、もう少し大きな話のようである。

在宅勤務=エコロジー?――年間エネルギー消費の2%を削減

テキサス大学とロチェスター工科大学の研究者たちは、米国人11,000人を対象とした時間利用に関する調査(American Time Use Survey)の2003年から2012年のデータ比較を行った。その結果、この10年で自宅で過ごす時間が平均8日間以上長くなっていることがわかった。

彼らは自宅での滞在時間に焦点を当てるだけでなく、ライフスタイルの変化がエネルギー消費にどう影響を与えているかについても調べた。その結果によると、なんと家にいることで年間平均約1,700兆BTUものエネルギーが削減されることがわかった。これは国の全エネルギー需要の約1.8%に相当し、乗用車3,000万台のガソリン使用量に匹敵するとのことだ。


テキサス大学とロチェスター工科大学の研究者たちによる調査結果

主任研究者であるテキサス大学のアショク・セカール氏は「(エネルギー使用量が)減少するとは思っていたが、ここまでとは驚きだ」と語っている。

この結果には、米国の通勤スタイルも関係している。米国は車大国であり、郊外の自宅から都会の職場に1時間以上かけて車で通勤することは普通である。アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)によると、2015年の米国の炭素排出量の約27%が「交通」から発生していると発表された。職場に通わず自宅で仕事をすることで、炭素排出の削減に一役買っているのだ。

約半数の会社員が在宅勤務。テレワーク先進国アメリカ

米国は以前より在宅勤務を推奨してきたテレワーク(離れた場所で働く)先進国である。米国のコンサルティング会社Gallupの調査(2016年)によると、米国の会社員の約43%が何らかの形での在宅勤務を行っているとのことだ。


Gallupによる調査結果

週に一度のみ、午前中だけといった「部分在宅」から、まったく出社しないという「完全在宅」まで様々だが、いずれにせよ在宅勤務が勤務形態のスタンダードとして取り入れられているということがわかる。対する日本は3.9%(2014年、国土交通省調べ)とその差は歴然だ。

業界としては、ITをはじめ、不動産、人材、会計および経理において、より一般的になってきている。地域としては北東部や大西洋沿岸地域に多くみられるという。

徹底した成果主義、テクノロジーの進歩が背景に

米国ではなぜここまで在宅勤務が浸透しているのだろうか?

まずは米国人の労働意識が関係している。米国は徹底した成果主義で「成果を上げられれば(細かいことは問われず)評価される」土壌ができている。つまり、遅刻をしても服装が多少ルーズでも、また場所がどこでも、各々のタスクを完遂すれば文句は言われないのだ。逆にそれは、どれだけ勤続年数が長くても、成績が悪ければ首を切られるということでもある。

さらに、仕事におけるタスクの範囲と責任が明確化されていることや、ホワイトカラーにおける労働時間管理の制約がないことも、テレワークをしやすくしている一因でもある。

平均的な在宅ワーカー像は「ホワイトカラー&ミドルエイジ」

情報通信技術の進歩も見逃せない。今の時代どこでもインターネットがつながり、チャットソフトを使ったウェブミーティングや、クラウドの利用等で、どこにいても瞬時にコミニュニケーションがとれ、情報・データ共有ができる。これらのツールを活用することで、自宅でもオフィスにいるような感覚で仕事ができるようになった。

さらに、もともと米国人は仕事もとプライベートのバランスをとる「ワーク・ライフ・バランス」を重視する傾向があり、結婚や出産、介護といったライフスタイルの変化にも柔軟に対応することで、優秀なスタッフを繋ぎとめてきたという側面もある。

テレワークを中心とした求人情報サービスFlexJobsはGlobal Workplace Analyticsと提携し、米国の在宅勤務の実情について調査・分析したレポート(2017年)を発表した。それによると、平均的な在宅勤務者は46歳以上で、少なくとも学士以上を取得し、社内の労働者よりも高い給与をもらっているという。つまり、管理職や組織の要職に就くような立場のミドルエイジが、在宅勤務の主要層であるということだ。さらに、男女比はほぼ同等とのこと。男性は外で仕事、女性は自宅で家事・育児を担うという旧来のジェンダー意識が薄いことがみて取れる。

在宅勤務を望むミレニアルズ

また、若い世代ほど在宅勤務を望む傾向が強いこともわかった。先のGallupの調査では18歳から24歳の自宅滞在時間は最も高く、他の年齢層より遥かに上回っていたという。「デジタル・ネイティブ」であるミレニアルズは、デジタルツールを使いこなすことに自信があり、オンラインで作業をすることにも抵抗がない。そして、彼らは仕事とプライベートの「バランス」ではなく「共存」を望んでいる。彼らにとってわざわざ時間と労力をかけて会社に出勤することは、もはや意味をなさないのかもしれない。


M1LLION for WORK FLEXIBILITY

グーグルはなぜ在宅勤務を取り入れないのか?

自宅で仕事をすることにより、家族との時間がより多くとれ、フレキシブルな働き方ができる在宅勤務。多くの企業が取り入れる中、これに従わない企業もある。その代表がグーグルだ。

グーグルは2018年、ニューヨーク市のランドマーク的ビルのチェルシーマーケットを、自社のワークスペースとして利用するため20億ドル以上で買収した。ニューヨークにはすでに本社ビルがあり、かなりのオフィススペースを所有しているにも関わらず、その面積を広げている。グーグルは在宅勤務を禁止しており、社員は基本的にオフィスに通わなければならない。

「グーグル・ドライブ」「グーグル・ハングアウト」等のテレワークに欠かせないサービスを提供する最先端の企業は、なぜこのような保守的な勤務形態にこだわるのか?

グーグルの主張は一点に集約される。それは「社員をグーグル以外の環境に置かないことで愛社精神を育み、社のクリエイティビティや情報を守ること」。

在宅勤務とオフィスワークの生産性の違いがほとんどないことは、同社でも実証済みだ。しかしそれを圧しても「社の守秘義務」や「社員を囲う」ことに重きを置くのは、「情報を扱うプロ」であるグーグルらしいやり方なのかもしれない。

満足度の高い在宅勤務

ただ、全般的には在宅勤務が社員のモチベーションや作業効率の向上に繋がっていて、企業側にもプラスに働いていることは確かだ。Gallopの調査では「週に60~80%の在宅勤務者が最もやりがいを感じている」という結果が報告されている。週に1~2度は出社したほうが、会社の一員としての意識が高まり、組織への貢献度も上がるというのだ。実際、出勤日に合わせて上司とのミーティングを設定したり、ランチ会を催したりする企業もあるそうだ。

価値観やライフスタイルが多様化している今、在宅勤務の需要は益々高まることだろう。さらに、エネルギー消費量の削減という面でも実証されたことで、各国での取り組みも一層活発になることかもしれない。

文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit