日本のe-Sportsシーンを陰から支えたRed Bull。パートナーとして伴走した6年間、そのブランディング手法

終わらない仕事、大事なプレゼン……ここぞというときのレッドブル・エナジードリンク。世界171カ国で、1年あたり63億本以上が販売される。驚異的な販売数を誇るRed Bullだが、マーケティングとブランディングの手法がユニークなことでも知られている。

エクストリームスポーツや、クラブカルチャーを中心とした音楽などの領域で、そのシーンが盛り上がる前から選手やアーティストをサポートし、業界の成長に伴走する。スポーツ選手であれば、日々の練習や勝負時、DJやトラックメイカーならナイトライフのお供にレッドブル・エナジードリンクを手に取る。それがシーンに関わる人々に波及し、エナジードリンクがシーンに欠かせない象徴的な飲み物に変わっていく。

Red Bullが2012年からサポートを始めたのが、ゲーミングシーンだ。今でこそe-Sportsリーグの開催やゲーム配信スタジオの開設が盛んに行われているが、当時はe-Sports市場に風が吹き始めたタイミングだった。大会の開催やプロチームのサポート、そして2018年2月にはゲーミングスペース「Red Bull Gaming Sphere Tokyo」を中野にオープンさせた。「e-Sportsをオリンピック競技に!」という機運の高まりもあり、e-Sportsには注目が集まっている。

今回は、Red Bullのゲーミング部門のアドバイザーを務め、黎明期から活動を支えてきた株式会社グルーブシンクの松井悠氏に話を聞いた。

松井悠
株式会社グルーブシンク代表取締役。『Red Bull 5G』、『World Cyber Games』、『International E-sports Festival』などの大規模イベントをはじめ、ゲームコミュニティの構築、プロモーション企画、ゲーム開発イベントの運営など、「ゲームを作ること以外はなんでもやる」チーム groovesync gaming を率いる。著書に『デジタルゲームの教科書』、『デジタルゲームの技術』がある。

「スポンサー」ではなく「パートナー」としてサポートする

Red Bullは売り上げの3分の1を広告やブランド育成などに充てるマーケティング手法を取っている。日本企業を対象としたデータだが、広告宣伝費の「比率が高い200社」ランキングによれば、広告費が売上の30%を超える企業は上位10社しかない。Red Bullは、ブランディングやマーケティングに予算を“かけすぎている”企業だ。

「Red Bullが応援するのは、人生をかけてそのスポーツや文化に取り組む人たち。それがメジャーかどうか、オリンピック競技かどうかは関係ありません。競技人口が世界で10人もいないエクストリームスポーツだってサポートしています」

Red Bullは自社のスタンスを「スポンサー」ではなく、共にシーンを盛り上げる「パートナー」と表現するそうだ。ロゴや広告を掲載するだけではなく、そのシーンに深くコミットするからだ。

「ときに彼らは口うるさく提案もするし、プレイヤーから『これが欲しい』と提案があれば全力で一緒につくる。Red Bullでは担当者レベルでこうしたコミュニケーションを徹底しているそうです。コミュニティが小さくても大きくても、Red Bullが参加することでマーケットや業界に付加価値を生むことができるように、パートナーとしてサポートしていくんです。ですから、僕たちもゲームシーンで同じアプローチをRed Bullさんと一緒にとってきました」

実績がない会社が語れば「夢物語」で終わってしまうかもしれない。しかし、Red Bullはこの手法でサポートを続け、パートナーとしてスポーツ選手やアーティストを支援する姿勢が支持された。Red Bullは世界中に名を轟かすブランドとなっている。

e-Sportsプレイヤーにとって「帰ってくる場所」となる

日本でe-Sportsの注目度がまだ高くない時期から、シーンの成長に寄り添ってきたのも特徴的だ。

「2012年には『Red Bull 5G』という大会を主催しています。このイベントの開催を起点として、日本のゲーミングシーン関係者とのコミュニケーションが始まりました」

Yusuke Kashiwazaki/Red Bull Content Pool

e-Sports選手のサポート、大会の開催、シーンを盛り上げるためのウェブでの情報発信を継続して行ってきた。2018年2月にオープンしたゲームスタジオ「Red Bull Gaming Sphere Tokyo」のウェブサイトには、松井氏が執筆したテキストが掲載されている。

「プレイヤーのために、ストリーマーのために、競技者のために、コミュニティのために、パブリッシャーのために、デベロッパーのために。ゲームに寄り添う人々によって新たなコンテンツ、新たなコミュニティ、新たなカルチャーが生まれる場所」

単純なレンタルスペースにはしないというRed Bullの意思が読み取れる。なぜ、このタイミングでゲームスタジオの開設に至ったのか。

「プレイヤーやオーディエンス、デベロッパー、パブリッシャーとの接点を増やすことが狙いです。日本では、毎週大規模なゲーミング大会が開催されていますが、一つひとつが点になりがちで、まだまだ大きなシーンが立ち現れているように見せられていない。使って『いただく』のでもなく、使わせて『あげる』のでもなく、お互いが一緒に、どんなことをしたいか考え、汗をかきながらこの場所をつくっていきたいと思っています」

2018年2月にオープンしたゲーミングスペース「Red Bull Gaming Sphere Tokyo」

松井氏は、「ゲーミングシーンに関わる人達にとって、行く場所ではなく、帰ってくる場所にしたい」と語る。中野にオープンしたのも、その理由からだ。渋谷や新宿、秋葉原なども候補に挙がったものの、日常的に足を運ぶことも多く、集まる人がホーム感を持ちづらい。サブカルチャーが深く根付き、ゲーミングスペースに行くための遊びに来てもらえる場所として中野を選んだという。

「e-Sports」が生まれる前から、日本のゲームシーンは盛り上がっている

Red Bullがこれまでサポートしてきたスポーツや音楽と、ゲーミングシーンはどのように異なるのか。世界で戦えるプレイヤーが多いのが、e-Sportsの特徴だと松井氏は語る。

「e-Sportsでは毎週のように大規模な国内大会があります。Red BullがサポートするダンサーやDJにそのことを話すと、とても驚かれるんです。エクストリームスポーツの中には、2年に1回しか大会がないものもあります。そういったシーンと比べると、ほぼ毎週どこかで大会が行われているe-Sportsは非常に活発なんですよ」

日本には活発なゲームシーンだけではなく、世界中で愛されてきた対戦型ゲームがある。ストリートファイターII、ぷよぷよ、ウイニングイレブン…最近ではスプラトゥーンだってある。

e-Sportsという言葉が登場するずっと前から、ゲームセンターでは地域のゲーマーによる対戦が行われ、チャンピオンが生まれてきた。各家庭で、各ゲームセンターで、イベント会場で、小規模ながら熱量の高いゲーム対戦の場が日本には無数にあり、歴史も長い。その積み重ねが、e-Sportsにおける日本人プレイヤーの存在感を支えているという。

「毎週末、日本のトップクラスのゲーマーたちが世界大会で活躍している。競技はもちろん、数人で集まってプレイするイベントも含めて、全国で数十件以上イベントが開催されています。アメリカのように大きなスタジアムを満員にするe-Sportsトーナメントはありませんが、日本のシーンだって熱いものなんです」

ただ、課題もある。国内のe-Sportsシーンを語る上で、必ずセットになるのが法律の問題だ。現在の法律に照らし合わせると、「刑法賭博罪」「景表法(不当景品類及び不当表示防止法)」「風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)」によって、高額な優勝賞金や優勝賞品を渡すことができないとされている。日本のe-Sportsが盛り上がらない原因として、これらの法律がやり玉に挙げられやすい。

「e-Sportsシーンの当事者は、現在の枠組みの中でとても楽しんでいます。もちろん賞金があればうれしいでしょうし、その額が高ければ高いほどうれしいでしょうが、賞金が出ないから盛り上がらないというのは、現状を適切に表しているとは言えません。当事者の熱量は高いですよ。逆に言えば、大型の大会ではなく、大小さまざまな大会が開かれる日本のゲーミングシーンは、法律のおかげで独自発展したと言えるかもしれません」

Red Bullも、与えられた枠組みの中で立ち振る舞っている。ゲームスタジオの開設を機に、賞金制ゲーム大会「Red Bull Monday Night Streaks」を開催。その賞金額は99,999円と、10万円を越えてはいけない景品表示法のルールを意識した設定だ。「賞金額が低いからこそ、継続して開催できる」と松井氏は語ってくれた。Red Bullも、日本独自のゲーミングシーンを創り上げていく重要なプレイヤーのひとりだ。

コミュニティと文化に敬意を払いながら、ビジネスをする

e-Sportsにビジネスチャンスを見出したプレイヤーが次々と参入し、シーンはさらに成長していく。“過熱する”成長を前に、長年シーンを支えてきた人々は何を思うのか。

「今のゲームシーンがあるのは、ゲームが好きで好きで堪らない人たちが、文化を育て、コミュニティをつくってきたからです。e-Sportsが話題になって、興味を持つ人が増えるのは嬉しいこと。しかし『ここは儲かるぞ!』と札束を握って参入し、うまくいかなったからすぐに見限ることはしてほしくない。シーンを焼け野原にしないでほしいと思っています。

もちろん、どんなカルチャーだって、どんなシーンだって、その中にはいろいろな文脈があります。今までそれとふれ合ってこなかった人たちには、なかなかわかりにくいこともあります。だから、いろいろな衝突もあるでしょう。そのために、僕たちのような人間がお手伝いできることをやっていければ、と」

松井氏は、ヨーロッパで20年以上も続く、2万5千人近くが参加する3日3晩のゲームパーティーを創業した人物から聞いた、という言葉を教えてくれた。

「ゲームイベントに限らず、コンテンツには、コミュニティが必要であり、そのコミュニティには土台となるカルチャーが必要だ。それらの土台がないコンテンツは消費されてしまうだけだ」

e-Sportsへの注目が急速に集まる今、参入する企業も、広告効果を見込む企業も増えてくるだろう。しかし、市場が成立した背景には、ゲームを愛し、育ててきたゲーマーがいる。彼らが積み上げてきた文化を壊すのではなく、Red Bullのようにパートナーとしてサポートを。そこにある文化に敬意を。スポーツや音楽、ゲームシーンで支持されるRed Bullのブランディング手法に、僕らが学ぶべきことは多くある。

Photographer: 須古恵

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