「死んだ目の人」を救う空き地活用。モビリティを通じた街づくりを目指す–Mellow代表 柏谷泰行氏

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洗練されたデザインのフードトラックで注文したのは、魚介のランチ。大きな海老が入り、満足のボリュームだ。写真からも高級感が溢れ出ているが、なんと900円。この値段で食べれられるならば、毎日でも来たくなる。

このランチは、首都圏を中心に80ヶ所以上でランチスペースを運営するスタートアップ「Mellow」と提携するフードトラックで提供されるメニューのひとつ。Mellowが提携するフードトラックや移動販売事業者は400社に上る。活用しきれていない空き地を持つ不動産オーナーからスペースを借り、フードトラックとマッチングさせることで、“ランチ難民”になりやすいオフィスワーカーの食を支えている。

Mellowの展開は、ランチだけに限らない。最近では、モビリティを活用したマッサージサロンもスタート。さまざまなサービスを提供する「モビリティサービス・プラットフォーム」を目指す。Mellow代表取締役の柏谷泰行氏が見据える未来の街づくりについて聞いた。

食を通じて「人を元気にする」ミッションに挑む

Mellowは「人を元気にする会社」というミッションを掲げ、そのための経済システムを構築する。フードトラック事業を始めた背景には、「死んだ目をしたオフィスワーカー」を救いたいという柏谷氏の想いがある。

柏谷:多くのオフィスワーカーは働く場所が決まっているので、ランチも決まったお店でとったり、コンビニでご飯を買ってきたりと、食事がルーティンになりがちです。まるで作業のようにお昼ご飯を食べているとき、その人は死んだような目をしていると感じたんです。

Mellowは営業場所によって曜日ごとの日替わりでフードトラックをアサインするため、毎日違うメニューを楽しめる。さらに、データ分析に基づいて定期的にフードトラックを入れ替えることで、選べる食のバリエーションを提供し続けている。

Mellowは、自分たちの利益だけではなく、街の既存プレイヤーとも連携し、共存・共栄を目指すビジネスを志向する。たとえば、新しいランチスペースを展開する際には、土地のオーナー、周辺テナントのコンビニ、フランチャイズ飲食店のエリアマネージャーなどとも定期的に打ち合わせを行う。売上の相乗効果が出るように、施策を提案することもあるという。

柏谷:フードトラックと、周辺の飲食店が提供するお弁当は競合すると思われがちです。しかし、両者は価格帯が異なるためターゲットが違います。また、最初こそテナントのお弁当の売上が下がっても、すぐに持ち返すケースが少なくありません。はじめは物珍しく、フードトラックでランチを買いますが、その後はフードトラックも選択肢のひとつとして並べられるわけです。売上の相乗効果を出すために、フードトラックの購入者に「コーヒー割引チケット」を渡すケースもあります。ランチのお客様は嬉しいですし、コンビニは新規顧客を獲得できるので、一石二鳥です。

売上データからエリア属性や客の好みを分析し、利益アップをサポート

フードトラックによるランチスペースは、オフィスワーカーだけでなく、飲食業を営む人々にも新しい可能性を示す。固定店舗で飲食店を開業すると、2年で49%が廃業するというデータがある。この高い廃業率は、「料理以外にオーナーとしての業務が多すぎるのが理由」と柏谷氏は分析する。

何千万円も借金をして開業資金を用意し、求人を出し、採用する。スタッフが辞めないようにマネジメントしながら、お客さんを呼び込むために広告を打つ。料理を提供したくて店舗を始めるのに、オーナー業務に忙殺されてしまう。一方、フードトラックはそんな固定店舗の課題を解消するという。

柏谷:移動型の店舗であれば、200万円くらいでお店がつくれます。ニーズがあるところに移動するので広告費はかからない。店の面積が狭いから人を雇う必要もない。フードトラックであれば、専門職の人が自分の専門分野に集中し、利益を上げられると考えています。

Mellowはフードトラックの売り上げ向上もサポートする。各出店者の売上を蓄積していくことで、どのエリアにどんなニーズがあるかを把握できる。地域の個性を定量的に理解し、適切なマッチングを行う。

柏谷:毎日のフードトラックの売上からエリアの属性やポテンシャルが分かります。特定のフードトラックの売上が悪くても、他のフードトラックの売上が良ければ、原因は料理や接客の内容、マッチングの不一致などにあるということになる。原因が分かれば、適切なサポートができますし、改善していけるんです。

Mellowの利益は、場所とフードトラックのマッチング時ではなく、フードトラックの売上に応じて発生する。そのため、フードトラックの売上向上とMellowの事業成長が直結している。場を提供するだけではなく、売上改善のインセンティブが働く仕組みだ。

モビリティサービス・プラットフォームから、まちづくり構想へ

Mellowが提供するのは、食に限られない。最近ではモビリティを活用したマッサージサロンの試験運用もスタートした。「食」を入り口にマッサージやネイル、パーソナルジムなどのサービスを提供できるモビリティサービス・プラットフォームへの進化を目論む。

モビリティサービス・プラットフォームと聞くと、2018年1月に発表されたトヨタ自動車の「e-Palette Concept」が思い浮かぶ。移動型の店舗やオフィス、ときにはカジノのようなサービスすらも、そのプラットフォームで提供しようというトヨタの構想だ。

Mellowの強みは売上データの蓄積からエリアごとの分析を行うなど、ソフトウェアの部分を重視していることだ。ハードウェアに強みを見せるトヨタとも異なると言える。

柏谷:自動運転技術やモビリティなどのハードウェアは、コモディティ化していくと考えています。差別化が徐々に難しくなる中で私たちの強みは、ソフトの部分です。そして、Mellowのプラットフォームで提供されるサービスや、人と人とのつながりも価値になるはず。「誰かが気持ちを込めてつくった料理を食べたい」というニーズは、これから何十年と続いていくはずですから。

Mellowは引き続き、現場に足を運び、シェフやネイリストといった専門職の人々と徹底的に向き合いながら、泥臭くも事業を成長させていくと意気込む。結果として得られる「人の幸せと経済価値を最大化できる、場所と人のマッチングデータ」は武器となるはずだ。

Mellowがモビリティサービス・プラットフォームの先に見据えるのは、街づくりだ。シェフ、ネイリスト、パーソナルジム、マッサージ、靴磨きなど、さまざまな専門性を持った“職人”が、ニーズのある場所に移動しながら商売をする。それらが集積しやすい場所は、小さな街のような空間になっていく。

柏谷:ランチをきっかけに「死んだ目」を解決したいと話しましたが、次に目をつけているのが通勤ラッシュなんです。満員電車に心を殺されなくてもいい経済システムをつくるには、どうしたらいいか。答えの一つとして、都市圏から離れた場所に新しい街をつくり、リモートで仕事ができる環境を整えたり、個性豊かな専門職の人々がモビリティでお店を展開できたりする新しい街を構想しています。

「移動するモビリティ」のメリットは、街づくりのさまざまな点で活かせると、柏谷氏は言葉を続ける。

柏谷:既存の都市計画のように不動産をつくるところから始めると、リソースがいくらあっても足りません。モビリティであれば、必要な場所と時間にそれが集まればいいわけですから、コストが抑えられる。たとえば、アートの街、子どもたちの街、高齢者の街と、集めるモビリティによって個性を付与できます。「どう生きたいのか」「どんな価値観の人々と暮らしたいのか」によって街を選べる時代になれば、きっと今よりも生きやすくなりますよね。

「人を元気にする会社」をミッションに掲げ、街の事業者やフードトラックの提供者、利用者などのステークホルダーと丁寧にコミュニケーションを取り、泥臭くも事業を成長させていく。その先に見据えるモビリティサービス・プラットフォーム、街づくりの構想は、AIや自動運転といったテクノロジーの進化とともに、実現に近づいていくだろう。

Photographer: 須古恵

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