今、当たり前だと思っていることは、本当に当たり前のままでいいのだろうか?
そんな疑問を抱いたことはおそらく誰にだってある。しかし、その当たり前を覆し、新しい価値を生み出すことに一歩踏み出せるのは一握りだろう。
それはビジネス上でのサービスにおいてもそうだ。当たり前を常に疑い続けることから新たなサービスが生み出されるといっても過言ではない。
27歳という若さで株式会社HRBrainの創業に至った堀浩輝氏の場合も、そうだ。
堀氏は2011年、新卒で株式会社サイバーエージェントに入社し、2013年にAmebaにて事業部長に就任。AmebaブログやAmebaOwndなど様々なサービスの責任者やエグゼクティブプロデューサーを経験してきた。
開発現場のマネジメントやメディア戦略などを中心に取り組んできた中で、100名のメンバーの目標や評価の管理をしていた経験が、提供している現サービスに結び付いているという。
堀浩輝氏(以下 堀、敬称略):「当時、メンバーの目標や評価はエクセルで管理していましたが、目標設定や評価のプロセスが非常に非効率だと感じていました。たとえば、目標シートがエクセルで何十枚も届きます。そしてメールBOXの中を探して、エクセルを1つ1つ開いて、さらに1つのエクセルにまとめる。共有フォルダにアップロードしてしまうとメンバーにみられてしまうので、ローカルで保管する。1つ1つのオペレーションが、非効率でした。その時に、こういったことは近い将来必ず効率化されていくだろう、それがクラウドソフトウェアだろうということは、かなり確度の高い間違いない未来だと思いました。」
そこに着目し、2017年1月、従業員の目標・評価を一元管理するためのサービスである「 HRBrain 」をローンチした。
HRBrainを導入することにより、メンバーの目標、評価は全てクラウド上で管理・集計されるため、例えば300人の組織であれば、73%もの作業を効率化できるとされている。
また、従業員の目標や面談の際の記録がデータとして蓄積されることにより、上司が変わってもストーリー性のある面談や目標設定が可能になるという。
さらにHRBrainには、グローバルカンパニーで広く導入されている目標管理制度「OKR」や、短いスパンで目標設定からフィードバックを積み上げていくことで目標達成の精度を上げていく「1on1」など、様々な成長企業で導入されている目標管理ツールがフォーマット化されている。そのため、HRBrainを導入することで、企業は目標制度と評価制度を同時に導入されることになる。
目標とフィードバックの良い循環が、経営にもつながる
HRBrainの価値は、果たして「業務効率化」や「制度導入」だけなのだろうか。
堀:「業務の効率化を目的とした部分ももちろんあります。しかし、その先の従業員の意識上げこそ、HRBrainの真の価値であると思っています。
実際に導入いただいたお客様からも、業務が効率化できたとのお声をいただいているのはもちろんですが、それと同時にこれまでブラックボックス化していた評価が見える化されたことによる効果をお聞きすることがあります。
HRBrainを導入することにより、メンバーにとっては評価基準が明確になるので、自分がどのように評価されるのかということを意識するようになります。評価に透明性が出るということは、メンバーにとっては死活問題ですよね。なんとなく仕事を行なって、なんとなく評価をされるものではなく、しっかりとした基準によって自分が評価されるわけですから。だから今まで以上に頑張る。
評価する側も、ブラックボックスであったフィードバックが、人事や経営陣に対してもオープンになるわけですから、これまで以上にメンバーとしっかり向き合っていく。適切な目標を立てて、それに対して的確にフィードバックをして、また新たに目標を立てて。そういった良い循環が生まれるようになり、経営としてもいいサイクルが回っていったという感覚を、導入して半年くらいで実感していただくことが多いです。」
これは狙い通りの成果であると、堀氏は語る。
扱っているものが目標や評価だからこそ、その見える化によるメンバーのモチベーション向上や組織の好循環が生まれるという価値は、経営にまで影響を及ぼすことになるだろう。
あくまでもモノづくりの企業であり続けること
2017年12月には、追加で2億円の資金調達を果たしたHRBrain。そのことからも、世間からの需要や期待を感じ取ることができるだろう。しかし、だからこそ同じ業界において、今後競合が現れることは間違いない。それに対する堀氏の戦略を聞いた。
堀:「一番使いやすいものを創る。そこから逃げない、やりきるということが最も重要ですね。そのためにも、BtoBでありながらあくまでもモノづくりの企業であること、そこは意識してやっています。もともとBtoC向けのサービスを開発していたエンジニアやプロダクトマネージャーが多いので、最後の1ピクセルにまでこだわるモノづくりができる組織であり、文化は持っています。そこはサブスクリプションモデルであるSaaSビジネスにおいては中長期的に必ず競合と差が出てくると思います。必ず必要な分野ですし、マーケティングは得意なので、とにかくいいものを創ることができれば大きなシェアを獲得できると思っています。」
人は慣れてしまう生き物だ。ある程度顧客満足を得られれば、そこに供給側も満足し、自身が提供するサービスの向上を追求し続けるという姿勢を貫くことは難しい。本来シンプルであるが一番重要であるこの姿勢を保つため、基準を常に明確にしておくということは重要なことだろう。それが堀氏のいう「あくまでもモノづくりの企業であること」という言葉に表れている。
単に“いいものを創る”のではなく、自分たちがどのような存在でありたいかを定義することで自身を律している、そんなストイックさも垣間みえてくる。
評価とは、成長を促しエンゲージメントを高めるためのツール
もはや言葉だけは浸透しつつある“働き方改革”が叫ばれている今、残業の削減やリモートワークの導入を進めている企業も多い。しかし、果たしてこれらの施策だけで本当に働き方改革は達成したといえるのだろうか?
堀:「個人の本来したい生き方と、企業という枠組みとの重複をどれだけ大きくできるかということが重要だと思います。
1人でも働ける世の中になっている今、チームで働いた方が楽しいと感じてもらったり、1人ではできないような大きな偉業を達成することに喜びを感じてもらったりと、企業で働くということに楽しさを感じてもらうことが必要だと思います。」
これだけ情報も選択肢も多い世の中だ。優秀な人であればあるほど、知的好奇心をくすぐっていけるような目標設定やテーマ設定をしていかなければ、ほかの選択肢を選んでしまう傾向にあるという。
堀:「僕たちも新サービスを作るなかで、新しい技術を習得できるような仕掛けを取り入れたりしています。大きなプロジェクトだともちろんスケジュールがタイトであったり、一時的に踏ん張らなくてはいけない時はあります。しかしそれだけで終わらないためにも、その中で合わせて技術者が成長できるような、好奇心をくすぐるような仕掛けを入れていくことを意識しています。
あとはメンバーが、いかに自然体で過ごせるかどうかですかね。多様性が増えていって、1つの価値観だけでは通用しなくなってきている今、企業の中の価値観だけじゃなく、いろんな企業や人の価値観に触れる機会が多くあります。つまり、昔のような1つの村としての企業は作りにくいんですよね。
だからこそ、メンバー全員が自然体でいれる環境を作ることが重要だと思います。自然体で働けていながら成長できる仕掛けをつくっていけば、“なんか居心地いいな”という風土を築けると思うんです。
チームが好きで、やっていることが好きで、自分の成長にも繋がる。それも肩ひじ張らずに自然体でできるというのが、僕が作りたい組織であり、そういった働き方ができる人が増えればいいと思いますね。」
働き方改革の目的の1つが、労働者が働きやすい環境を整備することにあるならば、残業削減やリモートワークの導入などは、ある一定の効果はあるかもしれないが、根本的な解決になるかどうかということには疑問符が残る。
それ以上に、従業員と企業とのエンゲージメントを高めていくことこそが、やりがいや成長、円滑な企業内コミュニケーションの創出など、包括的で本質的な働きやすさを考える上では重要であると感じる。
そしてエンゲージメントを高めるには、企業で働く上での「成長実感」が欠かせないだろう。
堀:「日本の多くの企業は『評価』という行為に対して、単純に“評価をすることが目的”になってしまっていると感じています。
企業の目的はさまざまですが、前提として“ビジネスを拡大させる”という目的があると思います。そしてその目的を達成するためには、各従業員の成長は欠かせない。その成長を促すために評価をうまく活用する、という視点が足りないと思います。
不満を与えないようにとか、評価をディフェンスサイドからそつなく行わなければいけないという感覚を持たれている方が多いですよね。成長を促すために評価を行うといった視点や、そもそもフィードバックの仕方が足りないと感じます。そこを、僕たちのサービスを通して伝えていきたいですね。」
リーダーとして意識していること、自分の仕事のスタイル
経営者は独自の仕事スタイル(あるいは理念や考え方とも言い換えられるかもしれない)を持っていることが多い。堀氏においてそれは“経営を行う上で、目線を下げないこと”だそうだ。
堀:「ベンチャーやスタートアップは、ちょっと頑張れば意外とやれてしまう、みたいなところがあるんですよね。例えばメンバーのみんなが前職と同じ水準の給与を貰える状態であったり。でもそれに満足していては、目線が下がってしまう。」
特にSaaSというビジネスモデルは手堅いため、そこまでいけるのは当たり前。一番のリスクは中途半端に終わることだと堀氏は語る。
堀:「だからこそ目線をあげて、30代で一千億円、40代は一兆円という目標を持ち、常にチャレンジしていくということは、軸として持っています。」
若くして常にリーダーというポジションに身をおいてきた堀氏。何を考え、どのような意識でビジネスを行ってきたのだろうか。
堀:「2つあって、1つは精神的に大人であることですね。僕の場合は、24歳で一回り以上年上の方の給与を決めなければいけないという状況にありました。メンバーにとって誰にフィードバックされるか、ということは重要です。ある程度精神が成熟していないと、納得感のあるフィードバックはできないと思うので。
自分の身の丈以上のミッションをやる。できるかわからないけど、やってみる。精神的な負荷が高い状態に身を置いて20代を過ごすことで、人間的に大きくなると思います。なんかやれちゃってるな、という状態に半年いるのであれば、それは環境を変えるタイミング。負荷がかかっている状態が普通くらいに思えるといいかなと思いますね。」
精神的に大人であるために、常に自分に試練を課してきた結果からくるこの言葉に、堀氏の努力とその自分へ対する誇り、そして未来への強い意志が感じとれる。
堀:「もう1つが、開き直るということ。開き直るというのは、自分にできないことを認めて、周りを頼るということです。最初にリーダーになった時は気負いがあったので、リーダーというのは全部自分で決めなきゃいけないんだ、と思っているところがありました。でもそれでは成果が出なくて。あるとき開き直って、ここはわかるけどここがわからないので力を貸してください、と声をかけてみたんです。」
人は頼られると、うれしいという感情が湧くものだ。特に若者に対しては、快く力を貸してくれる年上の方は多いという。
堀:「そうすることでいい雰囲気になって、チームとしていい成果を出せるようになりました。これは気をつけているというか、もう自分の仕事のスタイルになってきて、染み付いている状態ですね。
今も開き直っているどころか、メンバーに任せていることも多いので、メンバーだけで勝手に決めて勝手にいろんな物事が動いているという状態が作れています。」
結果を出せていないうちは何を言ってもダサい
堀氏に、今後の展望を聞いてみた。
堀:「働くということから、余計なストレスを除きたいと思っています。余計なストレスとは、コミュニケーションのミスマッチや、非効率な単純作業などです。HRTechで解決できるところはたくさんあると思うので、当たり前のことを常に疑う視点で考えていきたいですね。
そしてHRBrainをシリーズ化して、多くのお客様に提供していきたいと思っています。
個人としても、HRBrainをやりきる。結果を出せていない経営者が何をいってもカッコよくないですよね。そのためにもまずは一千億円という目標に向かってやりきります。
僕はサイバーエージェントに入社した時から起業すると決めていて、そのために社長の藤田晋さんの近くで働かせてほしいと人事にわがままをいっていました。ぜひ若い世代のビジネスパーソンには、20代のうちに自分で環境を切り拓いて、常に負荷をかけた状態に身をおいてほしいと思います。」
自分で自らの目標を立てることは難しい作業だ。そしてその目標を達成するためにコミットし続けるということはなおさら難しい。
企業に属しているのであれば、そこには事業目標があり、個人のミッションが課されるだろう。その課題を乗り越えるためには、堀氏の言うように“慣れてしまわない”ことや“自分に負荷をかけている状態に身を置く”ことが必要になってくる。
そして企業側は働き方の風土創りや、業務効率の向上がはかれる制度やツールを提供し、適切な評価を行うことでメンバーの成長を促す必要がある。
堀氏はHRTechを通して、そうした“理想の企業の形”を創り上げたいと考えているのではないだろうか。
強い意志を持ち、ストイックに自分を高みに持ち上げようとする堀氏の姿勢は、その未来を期待させてくれるものだった。