コース料理が全て別の部屋でサーブされ、一品食べ終わるごとに部屋を移動するレストラン。はたまた店内のBGMを自分で選び、他の客とその音楽を共有しながら食事をするレストランーー。
世界には特定のコンセプトにこだわった「コンセプチュアル・ダイニング」と呼ばれる飲食店が数多く存在し、もはやレストランは食事を提供するだけの場所にとどまらなくなりつつある。
さらに近年、アメリカでは世界観を演出しやすい食空間を媒体とし、政治的メッセージを発する「アクティビス・ミール」を開催するレストランやイベントが増えている。本稿では、そうしたコンセプトが盛り上がりをみせている現状とその背景をお伝えする。
6章からなるストーリーと料理、移民シェフによる劇場型ダイニング
「Story Course」はニューヨーク市にある小さなレストラン。そこで催されるイベント「How Do You Hug a Tiger?」では、韓国からの移民で同店のシェフを務めるJae Jung氏のアメリカに移り住むまでの半生を、6つの章に分けたものにインスパイアされたコース料理がストーリーの進行とともにサーブされる。
コース料理はビビンバなどの韓国料理をベースにしたアメリカ料理で、さらにソジュとのペアリングや会場とマッチするBGMなどで総合的に演出される。ゲストの五感に訴えかける内容は、まるで演劇とレストランのハイブリッドのようと評されることも。
Jung氏は2018年にグルメガイドとレビューを行う「La Liste」が選ぶ、優れたレストランの世界ナンバー2にも選ばれたLe Bernardinでの勤務歴も持つ。その実力と華々しい経歴を持つ彼女が、このような特殊なコンセプトの小さな店を持つこと選んだのはなぜか。
「ニューヨーク市には腕利きの移民シェフが多くいますが、彼らが今の地位を得るまでのストーリーがフォーカスされることはほとんどなく、むしろ料理において作り手が注目されること自体、あまりありません。しかし、料理の背景にあるストーリーを知ることで、食事の時間がさらに豊かなものになると思ったんです」。Story Courseの共同創始者であるAdam Kantor氏はJWT Intelligenceに同店を始めるに至った理由についてそう語る。
Jung氏が彼女の母の反対を押し切り韓国から渡米し、アメリカ移民になるというストーリー、そして料理が相互に引き立てあう独特な空間には「食事後に心もお腹も満たされる」など絶賛の声が相次いだ。同店は2018年2月のオープン以降、予約が取れない店として一躍有名になった。
Story Courseでの食事の様子(同店の公式インスタグラムアカウントより)
全米で盛り上がる、食事によるマイノリティーコミュニティの支援
アメリカで暮らす難民が料理を通して彼らのカルチャーをシェアするレストランも注目を集めている。
同じくニューヨーク市内にある「Displaced Kitchen」は、難民が自国の郷土料理で客をもてなし、彼らのこれまでのストーリーを語るというもの。「The Refugee Food Festival」もアメリカにおける難民の地位向上を目的として2018年6月に同市で開催され、多くの人が足を運んだ。
このようにニューヨーク市では政治と料理を掛け合わせたレストランやイベントはたびたび開催されており、その流れは西海岸にも波及している。
カリフォルニア州オークランドベースの「People’s Kitchen Colletive」はアートや食のイベントを通じて政治的な教育の場を提供することを目的とする、シェフやコミュニティーオーガナイザーから成る団体。移民や難民が多く参加する食事会やワークショップを開催し、政治的なムーブメントについて議論を交わし、彼らの置かれている現状に対する理解を深める場を提供している。
同団体が定期的に開催しているイベントの中でも、直近の2018年5月に開催された食事会には500人以上の参加者が集まり、難民問題などについての理解を呼び掛けた。
500人以上が集まったPeople’s Kitchen Colletiveの食事会(同団体の公式Facebookページより)
その他にも、社会的マイノリティーたちの地位向上を目指すプログラムもある。
2017年の春に発足した「I-Collective」はネイティブアメリカンのプレセンス向上を目的とした団体で、彼らならではの食材、調理法や歴史をシェアするイベントを不定期で行っている。2017年の11月にニューヨーク市内で行われたサンクスギビングの祭典ではネイティブアメリカンのルーツを持つシェフが彼らの伝統料理で構成される9つのコース料理でゲストをもてなした。
シェフであるNeftalí Durán氏はJWT Intelligenceに対して、「アメリカのメインストリームではないこの問題にスポットライトを当て、私たちがどのような社会的困難に直面しているかを知ってほしい」と話す。料理を通してネイティブアメリカンの文化を体験してほしい、とも。
難民の社会的自立をサポートする職業訓練にも発展
また「Emma’s Torch」はブルックリンに今年2018年5月にオープンしたレストランで、さまざまな食文化を融合させたニューアメリカン料理が人気だ。しかし、このお店は食事を出すだけではない。
同店はアメリカで暮らす難民に対して8週間に渡る有給の見習いプログラムを提供しており、不安定な情勢の自国から逃れてアメリカに移り住んだが生計を立てられない者、また英語を第二言語とする人たちを受け入れ、調理技術を身につけたのち自立した生活を送れるようにサポートしている。
このプログラムの受講者の全てが、研修後に飲食関係のフルタイムの仕事を得ており、中にはニューヨーク市内の有名レストランThe Dutch、Little ParkやDizengoffの厨房で働く人もいるという。
このように同プログラムはさまざまな文化的背景を持つ優れた料理人の発掘にも一役買っており、単に流動の激しい市内の飲食店従事者のポストを埋めるという以上の意味合いを持つ。
Emma’s Torchの研修の様子(同店公式Facebookページより)
「食は万国共通のもので、言葉はいらない。それに料理は人の記憶の深い部分を呼び起こす。幼少期の食にまつわる思い出は人それぞれ違うが、その経験自体は誰もが共有できるもの。食を通じて、作り手の思いをシェアしたいと思った」とEmma’s Torchの創始者であるKerry Brodie氏は話す。
他にもイーストハーレムの「Hot Bread Kitchen」も低所得の移民女性を対象とした6カ月間のトレーニングプログラムを提供しており、将来的に飲食業界で働けるようにサポートしている。
人と食卓を囲むことを好むアメリカ人は多い。さらに政治的な関心が高い国民性がこのようなアクティビスト・ミールの盛り上がりを活発化させていると言えよう。
「料理が世界を変える」と言えば大袈裟に聞こえるが、五感に訴求するこれらのキャンペーンは少なくとも食べる者に深い気づきを与えるはず。救済を必要とする社会的弱者にとって機会を生み出すこれらのプラットフォームは、今後ますます拡大していくだろう。
(執筆)橋本沙織
(編集)岡徳之(Livit)