海上輸送は国際輸送の9割を占め、市場規模は約5,000億ドルとも言われる巨大な産業だ。長らく海運業界のオペレーションはアナログと言われてきたが、この1年で急激にデジタル化の波が押し寄せている。
IBMやマイクロソフトなどの大手が海運業界のプラットフォーム作りに名乗りを上げ、さらに各国のスタートアップも続々参入してデジタル化・ハイテク化を加速させている。主要なプレイヤーのデジタル化施策やスタートアップの顔ぶれなど、海運業界の最新情報を追ってみよう。
サイバー攻撃や大手海運の破産でデジタル化を迫られた海運業界
海運業界のアナログぶりが世界を驚かせたのが、2016年に起きた韓国の韓進(ハンジン)海運の経営破綻による混乱だ。経営破綻時、全世界で約40万コンテナ分の貨物が韓進海運の船上にあったが、貨物を一元管理するシステムは機能しておらず、荷主達は自分たちの貨物が今どこにあるかもわからないという混沌とした状況になった。
さらに2017年6月には世界最大の海運会社マースクなどが大規模なサイバー攻撃に遭い、数週間に渡ってシステムがオフラインになるという大事件も起きた。より安全で効率的なシステム構築の必要性に迫られたマースクは、2018年1月にIBMと提携し、ブロックチェーン技術を活用した国際貿易プラットフォームの共同開発に乗り出すと発表している。
開発予定のシステムでは、ブロックチェーン技術に加え、AIやIoT、アナリティクスを含むクラウドベースのオープンソース技術を活用し、国際輸送のプロセスをデジタル上で一元管理・追跡が可能となる。将来的には荷主、海運会社、港湾ターミナル事業者、税関当局など多くの関係者が活用できる海運業界のエコシステムになることを目指すという。
MR(複合現実)の活用で海運業界に切り込むマイクロソフト
IBMとは違う角度で海運業界のデジタル化に切り込んでいるのがマイクロソフトだ。マイクロソフトの商品であるMicrosoft HoloLens というMR(Mixed Reality・複合現実)デバイスを活用し、陸上からの遠隔操船やメンテナンス、船員の遠隔トレーニングなどを可能にするプロジェクトを進めていくという。
2018年4月に発表された日本マイクロソフトと、船舶用配電機器製造販売のJRCSによるプロジェクト
自動車同様、船舶も近い将来自動運転による航行が普及し、船長が「デジタルキャプテン」として陸上から複数の船舶をコントロールする時代が来ると想定されている。その際、Microsoft HoloLensを通じて3D海図や航路、天候情報などを遠隔地にいる他のデジタルキャプテンや関係者と共有することで、より安全で効率的な海上輸送の実現が可能になるという。
そしてマイクロソフトが2019年中のサービス開始を予定しているのが、船員向けトレーニングと船舶のメンテナンスへのMR利用だ。
まず船員向けトレーニング「INFINITY Training」では、Microsoft HoloLensを着用することで、船舶機器やシステムの操作などの船員向けトレーニングに、遠隔地からでもバーチャル参加できる仕組みを整える。Microsoft Translatorの翻訳機能を使用することで、異なる言語環境の船員であっても、同一のトレーニングを受けることができるようになり、船員の技能レベル向上が期待される。
マイクロソフトとJRCSが開発を進める遠隔メンテナンスソリューション INFINITY Assist
次に遠隔メンテナンスソリューション「INFINITY Assist」では、エンジニアが船舶のメンテナンスを行う際Microsoft HoloLensを装着することで、機器の上に作業手順などが表示される。
Microsoft HoloLens上のアプリケーションをアップデートすることで、世界各地に散らばっている船舶であっても、常に最新の情報に基づいてメンテナンス作業を進めることが可能となる。
まず2019年内にJRCS社製高圧配電盤のメンテナンスアプリをリリースし、2020年以降他社製品も含めたメンテナンスプラットフォームとしての展開を想定しているという。
このようなMRを活用した社員教育やメンテナンス業務のデジタル化、効率化は、人手不足に陥りがちな海運業界にとって大きな価値を持つことは間違いない。
スタートアップも「デジタル×海運」市場に続々参入
IBMやマイクロソフトとった超大手企業だけではなく、各国のスタートアップも続々と「デジタル×海運」という切り口で業界への参入を図っている。
中でも既に200万ドルを超える資金調達を行う規模になっているのが、2013年創業のFlexportだ。Flexportは依然電話やFAX、メールを使ったマニュアル対応が主流だった海運業界のスケジュール管理をデジタル化し、関係者がオンラインで貨物の輸送状況を逐次確認・管理できるシステムを整えた。
さらに蓄積した航行データを活用し、貨物の到着予測時間の割り出しや最速・最安の運送手段の提案なども行っている。
人工衛星を使った貨物のトレッキングを手掛けるHawkEye360
海運業界のデジタル化にはもうひとつ重要な切り口がある。人工衛星による貨物のトレッキングだ。実は海上輸送における貨物の追跡レベルは前近代的で、驚くべきことに世界中のコンテナの約五分の一が常時世界のどこかで行方不明になっているとさえ言われてきた。
この状況を解決するべく様々なスタートアップが人工衛星という切り口から海運業界に参入してきている。
たとえば40基もの小型衛星を運用するSpire、船舶側からの位置情報発信に頼らず独自の現在地特定技術を持つHawkEye360、地表からわずか1メートルのところまで画像キャプションが可能な高解像度レーザーを搭載した小型衛星を打ち上げているSatellogicといった顔ぶれだ。
その他にも、穀物や石油などのバルク輸送に特化したコミュニケーションプラットフォームを提供するShipamax、ビックデータの解析から最も燃料効率の良い運行ルートを提案するWe4Sea、海上輸送コストのリアルタイム比較を提供するXenetaなど、これからの展開が楽しみな「デジタル×海運」スタートアップが続々と登場している。
ここまで見てきたように、海運業界は短期間で急速なデジタル化を遂げつつある。従来が非常にアナログだったため、書類やスケジュール管理のデジタル化など他の業界にようやく追いついた段階のものもあるが、人工衛星を通したデータ解析やMRを活用したトレーニングなど、一気に最先端に躍り出そうな分野も存在する。
海運業界に押し寄せるデジタル化の波の中で、何が実際に定着し、業界のスタンダードとなっていくのか要注目だ。
文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit)