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「週に働くのは4日だけ、でも給与はちゃんと5日分」。ニュージーランドには、働く側にとっては垂涎の雇用条件を提示する企業が存在する。
社員のワーク・ライフ・バランスを重視し、試験的に勤務時間を短くしたところ、かえって生産性が向上したという。週5日勤務以上の業績を上げているのだから、給与は4日分というのは不公平というわけだ。生産性アップのために、世界的に企業は労働時間短縮を考慮し始めている。
時短を生産性向上につなげるには、社員の努力も不可欠
今回、勤務時間の試験的短縮を試みたのは、社員約240人を抱える、遺言信託企業の大手、パーペチュアル・ガーディアン社だ。長期休暇制度には満足していたものの、社員は日々の職務にフレキシビリティを求めていた。そこで今年3~4月の8週間にわたり、通常の1日8時間週5日勤務のところ、1日8時間週4日に短くして業務が行われた。
「ワーク・ライフ・バランス」をはじめ、「仕事に対し、どれだけ集中・努力し、業績に反映することができるか」「どれだけ会社に愛着を持っているか」などの項目におけるアンケート結果をスコア化したところ、週40時間労働時より、スコアは20%前後の伸び率を全分野で記録した。
もちろん、単に勤務時間を短縮しただけで、こうなったわけではない。社員も努力を怠らなかったからこその結果だ。会議を早く切り上げたり、邪魔されずに仕事をしたい場合は、意思表示をしたりと、自ら工夫を凝らしたという。
トライアル時には、社員は朝職場に着いてすぐ仕事を開始。チームワークを重んじ、情報交換を密に行って仕事を進めるようになったという。仕事をこなしているという実感が生まれたり、職場に良い刺激がもたらされていると感じたりと、社員自身、違いをプラスとして受け止めている。スキルの向上や他部門教育にも役立つと言う人もいた。
調査結果の分析を担当した研究者2人のうちの1人、社会理論を専門とするヘレン・デラニー博士は、「スコアが高いことは、社員が職務に満足していることを意味すると同時に、業績向上に通じるもの」と解説。職場での力関係にも改善が見られたという。
働くのは週32時間でも、給与は40時間分
パーペチュアル・ガーディアンの設立者、アンドリュー・バーンズさんによると、週32時間働く社員に40時間分の給与を払うのは、世界でもあまり例を見ないという。同社がそれをできるのは、労働時間ではなく、どれだけの職務をこなせるかをベースに雇用契約を交わしているから。バーンズさんは「雇用契約は生産性に基づくべき。短時間で生産性が満たされるなら、給与を減らす理由はどこにもない」と、『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタビューで言い切っている。
さらに、バーンズさんは短時間労働がもたらす、他方面でのメリットにも着目する。社内の電気代の節約、オフィス面積の縮小、朝夕の通勤に伴うラッシュアワーの軽減と、企業経営や社会にも影響することだという。
パーペチュアル・ガーディアンのバーンズさん(右から2人目)とスタッフ © Perpetual Guardian
この動きには、国内外の企業はもとより、ニュージーランド政府も興味を示している。イアン・リーズギャロウェイ雇用関係・職場環境担当大臣は、パーペチュアル・ガーディアンの試みを高く評価、他社も取り組むよう奨励している。同社では、今後も短縮労働を続けていく方向で役員会で話し合いが持たれることになっている。
世界各地で時短の試みが行われる中、定着させる企業も
世界のさまざまなところで、労働時間短縮の試みは行われ、成功・不成功両方の結果が出ている。例えば、スウェーデンのヨーテボリ市では、2016年に市職員の一部の勤務を、1日6時間週5日としたところ、生産性、職員の満足度共にアップした。しかし、老人ホームに勤める職員については、スタッフの補充が必要となり、余計な人件費が発生してしまうという問題も発生。職種によっては、労働時間短縮は向かないことがわかった。
国をあげて、2000年に週35時間勤務を開始したのは、フランスだ。労働組合側の支持にも関わらず、企業側は生産性、国際競争力共に低下したと主張。年間勤務日数を増加させることで、時短を補う傾向にあるという。
すでに効果を見抜き、勤務時間短縮を実践している企業もある。スウェーデンのSEO対策専門企業、ブラス社では1日6時間週5日、プログラミング学習サイトを運営する米企業、ツリーハウス社では、1日8時間週4日の勤務体制をとっている。
労働時間が短くなった分、家族と過ごせる時間が長くなったというのは、よく聞かれる話だ
実際働いていた時間は、日にたった2時間53分!?
8時間労働制は、産業革命時の英国に始まったものだ。興味深いのは、一般的だった、日に10~16時間労働を短縮するための社会運動の結果だった点。当時、人々は今の2倍も働いていたわけだ。
しかし、時代が下った現在、1日8時間でも労働時間は長いことが明らかになっている。2017年に節約や特典のためのクーポンを扱う、英国大手のバウチャークラウド・コム社が、18歳以上のフルタイムの内勤者約2,000人を対象に、インターネットの利用傾向と生産性についての調査を実施した。すると、所定労働時間8時間中、実際に働いていた時間は平均たった2時間53分という、驚きの結果が出た。
対象者の97%が就業時間中、常に生産性が高い状態を維持しているわけではないとし、また65%が「気分転換」をしないと、8時間もたないと回答している。「気分転換」の内訳は47%がSNS、次いで45%がネットでのニュースのチェックと、IT関連の行動が上位を占めた。
ITの発達・導入により、作業効率が上がり、情報入手が容易になるなど、1990年代後半から2000年代初頭、生産性は急上昇した。しかし、携帯電話が普及し、SNSが誕生すると、ITのデメリットがメリットを上回るようになり、生産性が鈍化した。
この調査を見ると、生産性にITが及ぼす影響にはマイナス面があることは間違いなさそうだ。と同時に、長い労働時間も決して、労働者の能力を最大限に引き出すのには役に立っていないことがわかる。
「意図的練習」と「従業員エンゲージメント」
K・アンダース・エリクソンさんは世界的に知られる、人間の能力と仕事の関係を研究している。各界の成功者がどのようにして今の地位を築いたかを調査・研究した結果、成功を収める人は「意図的練習(デリバレート・プラクティス)」を行っているという事実をつかんだ。幾つかの要素で構成される「意図的練習」には、「やり続けない」ということも含まれている。自分の能力を少し上回る程度のことを数時間やり、一旦止め、また取り組むということが、最終的には功を奏するというのだ。
先のインターネットの利用傾向と生産性についての調査を行ったバウチャークラウド・コム社の担当者も、同様のことを言う。ただし、仕事の区切りの際に、SNSやインターネットを見るということがいいかどうかは疑問だという。
携帯電話は生産性の敵かも。仕事中にSMSをしたり、ネットで仕事探しをする人までいるそう
また、現在世界的な通説となっているのが、生産性と「従業員エンゲージメント」の相互関連性だ。パーペチュアル・ガーディアンの人材能力開発責任者も、自社のトライアルの結果を見て、この説に同意する。「所属する組織を数値目標面でも、ビジョン面でも理解・賛同し、従業員が組織に自発的に貢献しようとすること」が、「従業員エンゲージメント」の大筋だ。同社の生産性アップの原因も、ここにあるといえるだろう。
今年初め、ドイツの金属加工に携わる労働者たちが、週28時間労働を勝ち取った。ドイツは、OECD加盟国の中でも労働時間が少ないにも関わらず、生産性が高いことで知られる。英国と比較すると、生産性は27%も上回るという。今後、週28時間よりさらに短い労働時間を提示する企業が出てくることになるのだろうか。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)