自動運転、記事執筆、医療診断など生活や産業のさまざまななシーンで活用が期待される「人工知能」。この人工知能をめぐっていま世界では、国家間で宇宙開発競争ならぬ「人工知能開発競争」が繰り広げられようとしている。

冷戦時代、宇宙開発を制した国が覇権を取るといわれ、米国とソ連が莫大な予算をかけて宇宙開発を競っていた。このときと同じような状況が生まれようとしているのだ。

人工知能開発競争において、現在トップを走っていると考えられているのが米国と中国だ。そしてソ連時代に超大国と言われたロシアが追随しようとしている。

今回は、米国と中国の状況を踏まえて、人工知能国家に向けてロシアがどのような取り組みを行っているのか、その最新動向をお伝えしたい。

次の宇宙開発競争、人工知能をめぐる国家間競争

個人や企業レベルでの活用に注目が集まる人工知能だが、外交・国家間関係の文脈でもその重要性が指摘され始めている。

米国の外交メディア『フォーリン・ポリシー』は2017年11月に「宇宙開発競争の次は人工知能開発競争」と題した記事のなかで、60年ほど前に宇宙開発をめぐって繰り広げられた国家間競争が、現在人工知能開発をめぐって勃発していると指摘。

その筆頭は米国と中国だが投資額や国家戦略の勢いから、中国が米国を凌駕する可能性が高いと分析している。

米国では、オバマ政権時に国家戦略における人工知能の重要性が指摘され、連邦予算を増加させるべきとの認識が持たれていたが、トランプ政権が提出した予算案では国立科学財団の人工知能開発予算の10%を削減することが盛り込まれ、予算額は1億7,500万ドル(約192億円)となっている。

一方、中国政府は2014年に人工知能開発に約1,500億ドル(約16兆5,000億円)の投資を行うと発表。2017年までにその3分の1に相当する額が準備されたという。また2017年7月に発表された国家戦略には、2030年までに中国が人工知能分野のグローバルリーダーになる目標が盛り込まれ、国内外にその本気度を示す格好となった。

また、米国と中国における人工知能開発に対する考えの違いも、開発競争に大きな影響を与えると見られている。

米国で人工知能開発を牽引するのは、ディープマインド社を買収したグーグルなどのテクノロジー企業だ。グーグルは、軍事利用や国家的な監視目的で人工知能開発を行わないと明言し、民間利用と軍事利用に明確な線引をした。

一方、中国の企業や研究機関は民間・軍事の明確な線引を行わず、どちらにも転用できるような形で人工知能開発を進める構えだ。

「中国のMIT」と呼ばれる清華大学は2017年6月「軍民統合高度技術研究センター」を開設したと発表。この研究センターでは、国内のさまざまな研究機関や企業が軍民両用できる人工知能の開発を進めるためのオープンプラットフォームを整備する計画という。


中国・清華大学

また中国検索エンジン最大手バイドゥが立ち上げた国内初の「ディープラーニング研究センター」には中国科学院、清華大学に加え、北京航空航天大学が提携機関として名を連ねている。北京航空航天大学は航空宇宙・軍事分野の研究開発でリーダー的存在である。

中国を追うロシア、国家レベルで加速する人工知能開発

ソ連時代に覇権を目指したロシアにとってこの状況は脅威に映っているようだ。

ロシアのプーチン大統領は2017年9月のスピーチで「人工知能分野で主導権を握る国が世界を制するだろう」と述べ、人工知能開発が国家戦略において最重要課題であるという認識を示したのだ。

このスピーチについて、人工知能開発においてロシアが何らかのブレークスルーを実現したことを示唆するものと見る関係筋もいたようだが、投資額は米中に遠く及ばず、その可能性は低いとされている。

米軍事メディア『ディフェンス・ワン』によると、ロシア政府の人工知能開発予算は年間約1250万ドル(13億7000万円)。民間投資は増加しているとされるが、2020年にやっと5億ドル(約550億円)に到達する水準であるという。

これらのことを考慮すると、プーチン大統領の発言は、ロシアが置かれた状況を認識し、政府が本腰を入れて取り組む必要があるというメッセージと解釈できるとしている。

実際、このスピーチを前後してロシアでは、人工知能開発の動きが活発化している。

ロシアの主要軍事系国営企業であるユナイテッド・インストゥルメント・マニュファクチャリング・コーポレーションが主導する人工知能開発プロジェクトには、同国最高学術機関とされるロシア科学アカデミーや30社以上の国内企業が携わり、国内最大の官民プロジェクトに発展しているという。

日本でもおなじみのDARPA(米国防高等研究計画局)。ロシアにもDARPAに相当する「高度研究基金」というロシア国防省傘下の組織が存在する。

ロシア地元メディアによると、高度研究基金は2018年3月、国防省に対して人工知能開発における標準化案を提出したとされる。この案には人工知能開発における4つの注力分野が盛り込まれた。その4つとは、画像認識、音声認識、軍用自律システム、武器ライフサイクルにおける情報支援といわれている。標準化を通して、これらの分野における人工知能開発を加速させたい考えだ。

このほか政府が支援する人工知能フォーラムの増加や「ロシア人工知能協会」の設立など、人工知能国家に向けた取り組みが加速している。

民間での人工知能活用も本格的に議論され始めている。

モスクワ市技術部門責任者のアルテム・エルモラーエフ氏が『GovInsider』の取材で、モスクワ市における人工知能活用計画について明らかにしている。


ロシア・モスクワ

1つは医療分野での活用だ。モスクワ市では現在、医療分野で人工知能活用を進めるためにCTスキャン画像を人工知能に学習させている。3〜5年後を目処に人工知能を使った診断を実施する見込みだ。また、その先には24時間365日稼働するロボットドクターを導入する可能性もあるという。

行政サービスにおいても人工知能の活用が計画されている。公共サービスへの申込みの処理や引っ越し希望者へのおすすめ場所案内などで活用される見込みだ。

このほか監視カメラと顔認識テクノロジーを活用したセキュリティシステムの導入可能性もあるという。

これらの動向を見ていると、ロシアは中国のように軍民両用を目的とした人工知能開発を進めようとしていることが分かってくる。

プーチン大統領がいうように、世界のパワーバランスは人工知能によって決まってしまうのか。もしそうであれば、日本はどのような対策をすべきなのか。国家間関係の文脈でも人工知能を考えるよいタイミングなのかもしれない。

文:細谷元(Livit