2022年北京冬季オリンピックでのメダリスト量産に向けた中国政府の取り組みが加速している。

冬季オリンピックの強豪国というと、カナダ、ロシア、米国、北欧諸国だが、中国は2022年の冬季オリンピックを機にこれらの強豪国に肩を並べたい考えだ。

その一環で、2022年までに国内のスケートリンクの数を計650カ所、スキー場の数を計800カ所に増やす計画を明らかにしている。施設の充実により、国内のウィンタースポーツ競技人口を3億人に増やす計画があるとも報じられている。

このような中国政府の取り組みも手伝って、国内のスポーツ事情に大きな変化が生まれている。その1つとして最近さまざまなメディアが報じているのは、これまでマイナースポーツだった「アイスホッケー」の人気が急上昇しているというものだ。

中国のアイスホッケー人気急上昇の背景をさらに深く探ってみると、中間層の拡大やロシアの政治事情など社会・経済・国際政治など興味深い要素が絡んでいることが分かってくる。いったいどのようなつながりがあるのだろうか。

中国政府、冬季オリンピックでも国力を誇示できるのか

「スポーツの祭典」「平和の祭典」と呼ばれるオリンピックであるが、開催国の政府にとっては面子や求心力に影響を及ぼす非常に重要な政治的イベントでもある。

オリンピック憲章でオリンピックの政治的利用は禁止されているようだが、表彰式の際に国歌が流れ、国旗が掲揚されていることを考慮すると、政治/ナショナリズムへの影響があることは明白であろう。

このような影響があるため特に開催国は自国チームが良い結果を残せるように多大な投資を行うのが慣行になっているといわれている。


ソチオリンピックの様子

中国の夏季オリンピックの結果を比べてみると、そのことが顕著に現れている。

2008年に開催された北京オリンピックでは、中国はメダルを量産し、結果金メダル48個、銀メダル22個、銅メダル30個の計100個のメダルを獲得し総合ランクで1位となったのだ。

この2008年北京オリンピックの前後の結果はどうだったのだろうか。

2000年シドニー・オリンピックでの中国のメダル総数は58個で総合ランクは3位。2004年アテネ・オリンピックでは、メダル総数63個で総合ランク2位だった。

2008年以降では、2012年ロンドン・オリンピックでメダル総数91個で総合ランク2位、2016年リオ・オリンピックではメダル総数70個で総合ランク3位となった。

2008年以降の金メダル数を見ると、同年48個だったが、2012年には38個、2016年には28個まで減っている。ランク上位の常連ではあるが、特に開催国となったときの力の入れようが如実に出ている数字といえるだろう。

中国政府は冬季オリンピックでもメダルを量産し、国内外への面子と求心力を維持したい考えのようだ。

しかし、冬季オリンピックは少し状況が異なる。

記憶に新しい平昌オリンピックでの中国の成績は、金メダル1個、銀メダル6個、銅メダル2個で総合ランク16位と夏季オリンピックに比べ、ぱっとしないものだったのだ。

中国が冬季オリンピックでもっとも調子が良かったのは2010年のバンクーバー・オリンピックのときだったが、総合ランクは7位にとどまっている。

中国は夏季オリンピックに強いが、冬季オリンピックでは強豪国の後塵を拝する状況が続いており、この状況を打開すべく、中国政府は急ピッチでスケートリンクとスキー場を整備し、競技人口を増やし、選手層を厚くしようとしているのだ。

国際政治、所得水準など、中国でアイスホッケー人気が高まる理由

ウィンタースポーツには、スキー、スケート、カーリングなどさまざまな競技があるが、中国でもっとも強化が必要と考えられている競技の1つがアイスホッケーだ。

国際アイスホッケー連盟のランキングでは、中国男子ナショナルチームは2017年通年で37位、女子は18位にランクされている。男子のトップ5はカナダ、ロシア、スウェーデン、フィンランド、米国。女子のトップ5は米国、カナダ、フィンランド、ロシア、スウェーデンだ。

また、これらの強豪国ではウィンタースポーツのなかでも圧倒的にアイスホッケー人気が高く、中国チームが活躍し、これらの国々との交流を深めることができると外交的な好影響も期待できる。このこともアイスホッケーを振興する理由と考えられる。

アイスホッケーと外交、一見関係がなさそうではあるが、実際すでにロシアがアイスホッケーを通じた外交を始めていることを考えると、その影響は無視できないものになりそうだ。

さらにはこのロシアのアイスホッケー外交が中国のアイスホッケー人気を高める一要因になっていることにも触れておくべきだろう。

ファイナンシャル・タイムズによると、2016年6月ロシアのプーチン大統領は中国を公式訪問した際、習近平主席と経済協力や安全保障協力での会談を行い30以上の協力文章に署名したが、このときロシアが全面バックアップする中国アイスホッケーチームの設立を提案したという。習主席がこの提案を受け入れ、発足したのが「クンルン・レッドスター」だ。


クンルン・レッドスターのウェブサイト

クンルン・レッドスター男子チーム(北京拠点)は、ロシア版NHLとも呼ばれる国際アイスホッケーリーグ「コンチネンタルホッケーリーグ(KHL)」に参戦する中国初のクラブチームとして各メディアが大々的に報じている。またクンルン・レッドスター女子チーム(深セン拠点)もカナダ女子ホッケーリーグ(CMHL)に中国初のチームとして参戦しており、その動向に注目が集まっている。


ラトビア・リガで開催されたKHLのシーズンゲーム

ロイター通信が2017年9月に報じた記事では、中国の人気ミニブログサイト「Weibo」のクンルン・レッドスター公式ページのフォロワー数は6万人と伝えているが、2018年5月現在確認したところでは約30万人と短期間でフォロワー数が急増しており、人気の上昇ぶりがうかがえる。

中国チームが海外リーグに参戦していることに加え、世界最高峰のアイスホッケーリーグ「NHL」が中国国内で広く放映されていることも人気上昇の背景にある。中国のIT大手テンセントは「NBA」や「NFL」に加えNHLのデジタルコンテンツ放映権を取得しており、シーズンを通じて各試合を配信している。NHLも中国の市場ポテンシャルに期待を寄せ、昨年からプレオープン戦を北京や上海で開催するなど、中国のファンを取り込む施策を本格化させている。

また、中国国内の所得水準が上がっていることもアイスホッケー人気を高める要因だ。中国や香港で、スティック、スケート靴、防具一式を揃えると5〜10万円ほどのコストがかかるといわれている。またこれらのメンテナンス費用に加えスケートリンク使用料やクラブ参加費用などを考えると相応のコストがかかることが想像できる。

クンルン・レッドスターのチャオ・シャオユウ会長はファイナンシャル・タイムズの取材で、防具、施設、トレーニングにかかるコストを考慮するとアイスホッケーは中・高所得国のスポーツであると述べ、中国でアイスホッケーの人気が高まっていることは、中国がそのレベルに達したことを意味していると指摘している。

サウス・チャイナ・モーニング・ポストによると、中国政府は現在小学校・中学校へのウィンタースポーツ導入を検討しており、毎週1時間以上をウィンタースポーツのクラスに充て、少なくとも1競技はマスターさせようと考えているようだ。北京のあるアイスホッケークラブは複数の学校と協議を行っており、その多くがウィンタースポーツの導入やアイスホッケーチームの設立に乗り気だと語っている。

ウィンタースポーツ人口が減り続けている日本とは対象的な変化が起こっている中国。夏季オリンピックのようにメダルを量産するウィンタースポーツ大国となることができるのか、中国政府の野心は成就するのかどうか、今後の展開に注目していきたい。

文:細谷元(Livit