世界GDPの2%を占めるファッション産業。そのなかでも「ファストファッション」は2010〜2015年の間、年間9.7%で拡大した世界の主要成長エンジンだ。
若い世代を魅了するデザインの衣服を安価に提供し、ミレニアル世代やZ世代のファッションやカルチャーを形作る重要な存在になっている。
安価で頻繁に新しいデザインが発表されるため、消費サイクルは非常に速い。豪クイーンズランド大学のまとめによると、現在年間800億着以上の衣服が消費されており、これは20年前に比べると400%以上の増加になるという。
活発な消費を示す数字であり、世界的に人口増が見込まれるこの先さらに盛り上がりそうな印象を受ける。
しかし、いま各国では若い消費者に意識の変化が起こっており、ファストファッションを選ばない若者が少しずつ増えているといわれている。意識変化の背景にはいったい何があるのか。ファストファッションをめぐる若い世代の意識変化とその理由に迫ってみたい。
数字でみるファストファッションのインパクト
世界中どの都市に行っても必ず目にするほど、急速な世界展開をみせるファストファッションブランド。若い世代のファッションに欠かすことのできない存在として重宝されている。
しかしこの急速な拡大の裏で環境・社会に無視できないほどの影響をもたらしており、海外メディアや環境団体などによって非難されている。
冒頭で紹介したクイーンズランド大学のまとめでも、その影響について言及している。
年間800億着以上購入される衣服だが、その多くが数回着ただけで捨てられているというのだ。英国では、洋服ダンスのなかにある衣服のうち実際に着るのは70%のみで、年間の衣服廃棄量は70キログラムに上るという。オーストラリアでは、購入された衣服の85%がリサイクルされず埋立地に埋められている。
またオーストラリアでは、1年間に購入される衣服の量は27キログラムで、世界1位の米国に次ぐ量という。
ファストファッションでよく使用される素材には、ポリエステル、ナイロン、アクリルなどがあるが、これらは石油が原料になっており地中に埋めても生物分解するまで数百年〜1千年が必要となる。また、これらの素材でできた衣服を洗濯するごとに、マイクロプラスチック繊維が流出し、河川や海を汚染する要因になっているという。
さらには、アジアの後発途上国に多くあるといわれているファストファッションの製造工場での劣悪な労働環境や人権侵害も非難の対象になっている。
ファストファッションの真実を明らかにしたドキュメンタリー映画『The True Cost』によると、Tシャツ1枚とジーンズ1本に使われるコットンは1キログラムだが、この1キログラムのコットンを生産するには2万リットルの水が必要という。
また原料を衣服にするまでに8,000種類に上る合成化学物質が使用されており、多くが河川に垂れ流され、環境を破壊していると指摘している。
『The True Cost』予告(2015年)
アジアでの消費者意識の変化、その背景にある世界的な潮流
こうしたファストファッションに関わる問題は、英語圏のメディアで活発に発信されており、消費者の意識に大きな変化を生み出している。
サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)紙によると、シンガポールとマレーシアのミレニアル世代の一部でファストファッション離れが起こっている可能性を指摘。
2011年にシンガポールで、2012年にマレーシアで旗艦店をオープンしたH&Mは、当初行列ができるほどの人気を誇っていたが、直近の売上データでは、マレーシアで1%の売上減、シンガポールでは10%減になっているという。また中国を含めた他のアジア地域でも同様の下降トレンドになっているようだ。
ビジネスアナリストらは、アジア圏におけるオンラインショップの台頭や競合ファストファッションの登場で、H&Mが苦戦を強いられているとみている。
一方、消費者に目を向けてみると環境・労働者問題への意識が高まっており、そのことがファストファッションの売上に大きな影響を与えている可能性がみえてくる。
SCPMが話を聞いたシンガポールの女性(30歳)は、もともとH&Mの服を好んで着ていたが、ファストファッションが関わる環境問題や労働者問題を知り、最近ではほとんど着なくなったと述べている。また、マレーシアの女性(22歳)も同様に環境・労働者問題を知ったことで、ファストファッションの見方が変わったという。
消費者の意識変化は、新しいファッショントレンドからもみて取ることができる。
シンガポールではこのほど、オーガニック・天然素材を使ったブランドだけを扱うマルチレーベル・プラットフォーム「ZERRIN」が登場。国内初の試みとしてファッション関係者などから注目を集めている。
「ZERRIN」ウェブサイト
またシンガポールとマレーシアでは「サステイナブル・ファッション」をテーマにした「MATTER」や「SOURCE COLLECTIONS」など国内発のブランドが続々登場している。
シンガポールとマレーシアの若い世代は普段からソーシャルメディアを含め英語圏の情報に触れているため、欧米のインフルエンサーが発信する「サステイナブル・ファッション」や「エシカル・ファッション」といったコンセプトをよく知っており、このことが消費意識に大きく影響している可能性がある。
ソーシャルメディアでは、英国の女優エマ・ワトソンさんが環境を配慮したファッションの重要性を発信するインスタグラムアカウントを開設。「The Press Tour」と名付けられたこのアカウントでは、革製品や毛皮を一切使わないブランドやオーガニック素材のブランドを紹介している。現在のフォロワー数は約49万人だ。
ファッション雑誌『VOGUE』に取り上げられたことのある「Reformation」。米国の歌手兼女優のテイラー・スウィフトさんなど、多くの有名人がファンであるといわれている注目のエシカル・ファッション・ブランドだ。
創設者であるエール・アフアロさんがこのブランドを立ち上げた理由は、中国のアパレル製造工場で汚染の深刻さを目の当たりにしたためだったといわれている。同ブランドのインスタグラムには2017年4月頃64万人ほどのフォロワーがいたが、現在では100万人に増えている。
このほか、英語圏ではファストファッション問題に切り込む大手メディアも多く、消費者意識を変える大きな原動力になっている。そのムーブメントがアジアにも波及し始めているとみることができる。
消費者意識の変化はファッション産業をどのように変えていくのか。人口14億人近い中国に加え、人口13億人以上のインド。アジアにおける消費者意識の変化は世界的なインパクトにつながるはずだ。
文:細谷元(Livit)