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欧州で“未来のビジネスモデル”とも呼ばれ、注目を集める「ソーシャルバンク」。主として利益を追求する従来型の銀行と異なり、環境や社会に配慮した事業・プロジェクトなどをメインに融資する点が特徴だ。
社会的に意義があることに使われる資金は、“意志あるお金” と呼ばれる。単に利子を受け取るだけではなく、預けたお金が何に使われるのかに関心を持つ人々が欧州には数多く存在するのだ。なかには、預金することで得られる利子を、銀行の融資先に寄付する預金者までいる。
従来の銀行の形態から、なぜソーシャルバンクが生まれたのだろう。その背景にある新しい価値観を探る。
ソーシャルグッドな事業に投資する「ソーシャル・バンク」
主に個人から資金を預かり、社会的な企業やプロジェクトなどに投融資する銀行をソーシャルバンク、エシカルバンク、オルタナティブバンクと呼ぶ。環境、社会、倫理的な側面を重視して活動している点、理念を掲げつつも一定の規模や収益を確保している点が特徴だ。ヨーロッパを中心に複数行存在する。
オランダのトリオドス銀行は1980年設立と、ソーシャルバンクとしては老舗だ。投資先を市民と環境に有益な組織に限定し、公平で持続可能、人道的な世界を目指している。
これらを実現するための投資戦略として、
- SRI投資(社会的責任投資)
- 包括的な財務
- エネルギーと気候
- 持続可能な食料と農業
- 持続可能な不動産
を掲げる。また、1995年にオランダ政府によって創設されたグリーンファンドスキーム(GFS)を活用している点も特徴。
トリオドス銀行の5つの投資戦略(トリオドス銀行Webサイトより)
GFSは環境保全などのプロジェクトを認証(グリーン認証)し、通常よりも低い金利で融資を受けることができる。さらに個人預金者や投資家に対しては税制面での優遇を行う。
銀行は低利調達によって利益を確保できる点、低利で調達した資金の一部を一般の融資に充てられる点がメリット。政府も少ない財政負担で通常より大きな政策効果を得ることができるため、事業者・個人・銀行・政府にとって有益な施策といえる。
トリオドス銀行の融資先であるソーラープラントのGFSベンチャー(トリオドス銀行Webサイトより)
顧客の意見を融資先にも取り入れる
チャリティ銀行はイギリスの小規模な銀行で、慈善団体や社会的企業を主な融資対象としている。2002年設立とソーシャルバンクのなかでは若い。税額控除が受けられる預金商品を持つことや、融資先の詳細な情報を開示している点が特徴。
同じくイギリス発のコープ銀行は、顧客意見を取り入れた倫理基準に基づく融資が特徴。人権、武器取引、環境への影響など7項目について、顧客の預金を積極的に投資すべき分野を示し、さらに投資すべきではない分野も明確にしており、各項目に対する顧客の支持率も公表されている。
GLS銀行はドイツの銀行。情報開示の徹底などで高成長を続けている。エチカ庶民銀行はイタリアの協同組合銀行であり、融資先を4つの分野から選択できるなど、預金者の意思をより反映できる仕組みを取り入れている。
オランダ・トリオドス銀行もWebサイトから預けたお金がどこに融資されているのか調べることができる(トリオドス銀行Webサイトより)
欧州でソーシャルバンクが発達した背景
労働者の環境にも配慮した農場のカカオのみを使用するTONY’S CHOCOLONELY(TONY’S CHOCOLONELY annual FAIR report 2016/2017より)
欧州において多くのソーシャルバンクが生まれた理由には、社会的な背景が大きい。
たとえば、イギリスは協同組合運動の発祥の地であり、協同組織金融機関はドイツを中心に発展を遂げてきた。EU統合下における金融環境や社会問題を背景に、民間非営利部門(サード・セクター)が発達しているという状況や、チャリティ文化の浸透も無視できない。
また、日本ではあまりみられないが家畜がきちんと生き物らしく育てられているかを掲示するスーパーや、食品への認証マークなど、「自分たちが消費するもの」がどこから来て、持続的で倫理的かを気にする風潮も強い。
オランダ土産として定着したTONY’S CHOCOLONELYも、もともとは創業者がカカオ農場の児童労働に強い問題意識を持ったことが創業の理由だ。
注目を集めるESG投資も、欧州がリード
持続可能な事業に投資する銀行だけではなく、投資においてもより社会的に意義のある銘柄が人気だ。2006年に国際連合が、投資家の責任投資原則を打ち出し、ESGの観点から投資するよう提唱し、欧米の機関投資家を中心にESG投資にも注目が集まっている。
ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の略で、これらに配慮する企業を重視・選別して行う投資をESG投資と呼ぶ。Global Sustainable Investment Allianceが発表した資料によると、ESG投資は2016年時点でおよそ22兆8,900億米ドル、2014年と比較して25%、2012年と比較すると61%も成長している。
持続可能な投資資産の割合をみてみると、欧州の割合が圧倒的に高い点がみて取れる。日本が2.1%であることに対してヨーロッパは52.6%、アメリカは38.1%だ。
各地域の総管理資産に対する持続可能な投資資産の割合
出典:World Finance | Banking 2017 – Sustainable Banks
持続可能性の軽視は企業にとって大きなリスク
事業の持続可能性を軽視することは、企業にとって今後大きなリスクになる可能性が高い。環境、社会、企業統治を軽視することは、企業の中長期的な収益や持続性にはつながらないだろう。
例えば、1990年代後半から、ナイキやアップルといったグローバル企業が労働者の人権・環境問題などで、責任を問われ不買運動にまで発展するケースが相次いだ。環境汚染や人権侵害をする企業は、消費者・株主から見放され、投資家としてもそのような企業に投資を控えるのが世界のトレンドだ。リスクがあるところにはお金は集まらない。
日本では、持続可能な投資に対する意識は、まだ欧米と比べて低い。しかし、一部の日本企業のこの持続可能性に対する取り組みに、すでに世界の注目が集まりつつある。IOCは2014年に開かれた総会で、オリンピックの会場建設や競技運営など、すべての側面に持続可能性を導入することを採択したためだ。世界のNGOなどによる厳しいチェックが予想される。
新しい価値観と、“意志あるお金”
ソーシャルバンクやESG投資の例をみると、「お金の使われ方」を選ぶ基準に、収益性やリスクといった経済的な尺度だけではなく、社会や環境、倫理的な価値が含まれている。ミレニアル世代(2000年以降に成人を迎えた世代)の85%は、ESG投資に強い関心を示すなど、企業の価値を選ぶ尺度は確実に変化しているのだ。
そして欧州には、預金金利などの経済的リターンだけではなく、預けたお金がどのように使われているかについて、社会や環境、倫理的な側面からも関心を持つ人々が多く存在する。
この預金者のニーズに答える形で、トリオドス銀行やエチカ銀行では預金利息の寄付や投資先分野の指定など「お金の使われ方」に関する方法も提供している。個人預金者を中心とした資金提供者の「お金に対する意思」を尊重しているのだ。
地球の未来に責任を果たそうと考え、むしろ積極的に、環境に配慮したり、人権を尊重するところにこそ投資をしていこう、という動きになってきているのだ。
文:佐藤まり子
編集:岡徳之(Livit)