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世界経済の成長エンジンとして期待が寄せられている観光産業。
世界旅行ツーリズム協議会によると、2017年のグローバルGDPに占める観光産業の割合は3%(2.4兆ドル=約264兆円)で、2027年までには3.5%(3.5兆ドル=約385兆円)に拡大する見込みだ。この試算は、ホテル宿泊費や飛行機代など観光産業における直接的な支出に基づいている。
また、ホテルによる食品購入など間接的な支出を含めると、2017年のグローバルGDPに占める観光産業の割合は10.2%(7.9兆ドル=約870兆円)に拡大。2027年には11.4%(11.5兆ドル=約1,265兆円)に達するという。
経済規模の拡大にともない雇用数も増加する見込みだ。2016年、世界の観光産業の雇用数は2億9,200万人と世界全体の労働者の10%を占めた。2027年には3億8,000万人に拡大すると予測している。
日本でも観光産業への期待は大きい。2017年、訪日外国人旅行者数は2,869万人と前年比20%近い伸びとなった。また、政府は2020年に4,000万人を目指す方針を明らかにしている。
新興国における中間層の増加や格安航空の普及など、観光産業の成長を加速させる材料はそろっており、上記のシナリオが実現する可能性は高いと考えられる。
しかし最近になって世界各地の人気観光都市で、観光産業の成長を危ぶむ深刻な問題が発生、特に海外メディアに多く取り上げられ、広く議論され始めている。その問題とは、観光客の過剰流入によって地元の経済や社会が不利益を被る「オーバーツーリズム」だ。
英デイリー・テレグラフ紙は「オーバーツーリズム」が世界的に注目を集める言葉になっているとし、2018年のワード・オブ・ザ・イヤーとして推薦しているほどだ。
今回は、世界の観光地・都市が直面するオーバーツーリズム問題の現状に触れつつ、各都市がどのような対策を導入しているのか、その最新動向をお伝えしたい。観光の未来を考えるよいきっかけになるはずだ。
地元住民の不満爆発、オーバーツーリズムがもたらす影響
オーバーツーリズムについては、世界旅行ツーリズム協議会とマッキンゼーが2017年に発表したレポートのなかでも、観光産業が成長を続けていくために解決しなければならない重要問題として言及している。
同レポートは、オーバーツーリズムがもたらす問題は大きく5つあると指摘。その5つとは、地元住民への不利益、観光体験の悪化、インフラのオーバーロード、自然環境・生態系へのダメージ、文化・遺産に対する脅威だ。
こうした問題が顕著に現われているのがスペインだ。スペインの大手新聞エル・パイスによると、バルセロナで観光客増加にともない民泊サービスの参入が増え、結果として家賃を引き上げ、市中心から多くの地元住民を追い出すことになったというのだ。バルセロナ中心部では、家賃が2014年比で38%も増加したと伝えている。またマドリッドでは、この10年で住民数が10%少なくなった一方で、この2年で観光客向け民泊施設は4,000戸から6,000戸に増えているという。
人気リゾート地、イビザ島やマヨルカ島でもオーバーツーリズム問題が深刻化している。
同紙は、欧州委員会傘下の欧州社会政策ネットワーク(ESPN)の調査を引用し、マヨルカ島では観光客が増加しているものの、観光客単価が下がったことが影響し、地元住民への経済効果はまったくないと指摘。観光客を受け入れれば受け入れるほど、地元の負担が重くなり、公共サービスは崩壊寸前になっているという。
また地元の環境負荷も無視できない。1日あたり地元住民の水の使用量は105リットルなのに対して、観光客は278リットルを使用するという。マヨルカ島の住民はおよそ90万人だが、年間の観光客数は1,400万人に上る。下水処理だけでも相当の負荷がかかっていることがわかる。このほかにもゴミ問題や騒音問題などもひどくなっており、地元住民の憤りは募りに募っている状況だ。
このような背景があり、地元住民による抗議デモや観光客との衝突がしばしば報じられている。2018年4月には、イビザ島で500人を超える住民が抗議デモを実施。過剰なパーティー・イベントや酔っぱらいの増加で、現地の文化や生活環境が損なわれているとオーバーツーリズムを非難している。
マヨルカ島の様子(2015年6月)
民泊禁止など、オーバーツーリズム対策に乗り出す行政
こうした問題はスペインだけでなく世界各地の観光地・都市で起きているが、一部の行政が対策に乗り出しており、その効果に注目が集まっている。
マヨルカ島パルマでは7月からスペインで初となる民泊禁止規制が施行される。これは複数世帯が居住するマンションなどの民泊利用を禁止するもので、違反した事業者には最大で40万ユーロ(約5,000万円)の罰金が科せられることになる。2月にはAirbnb、3月にはトリップアドバイザーにそれぞれ30万ユーロ(約3,900万円)の罰金が科せられており、行政が本腰でオーバーツーリズム対策に乗り出したことを示している。またマヨルカ島では観光ピーク時に観光税を2倍にする計画も持ち上がっていると報じられている。
イタリアのヴェネツィアでは、2017年6月にホテルの新設を禁止する計画が明らかにされたほか、同年11月にクルーズ船の市内への航行禁止、また2018年4月末には観光客がアクセスできる場所に制限を設け、地元住民の生活環境を維持する対策が取られた。また同市では、観光客から市内へのアクセス料金を徴収することも議論されているほか、5月にはファーストフード店の出店禁止規制が導入されるなど、オーバーツーリズム問題に対する積極的な取り組みが実施されている。
混雑するヴェネツィア(2018年2月)
タイでは、ピピ・レイ島のマヤ湾が6月から9月まで閉鎖されることが決定。観光客の過剰流入によって、サンゴ礁など現地の生態系がダメージを受けたため、4カ月間閉鎖して回復を目指すという。有名映画の撮影現場となったことから観光地として人気を博し、多いときには1日4,000人もの観光客が訪れていたという。
混雑するマヤ湾(2017年8月)
フィリピンの有名リゾート地ボラカイ島も4月から閉鎖されている。その理由は、島内の施設で下水を海に垂れ流す違法行為が横行したため、いったん閉鎖して大規模な清掃を実施するためだ。当初6カ月間の閉鎖予定だったが、4カ月間に短縮する可能性もあるという。フィリピン政府の統計によると、2017年のボラカイ島への観光客数は前年比14%増の約170万人に達していた。
冒頭で紹介した世界旅行ツーリズム協議会とマッキンゼーのレポートは、オーバーツーリズム問題とその解決策について、まだまだ議論される必要があるとしながらも、解決策のヒントを示している。
キーワードは「レスポンシブ・ツーリズム」
その1つとして「持続可能」な成長を実現するための長期の計画とマネジメントが重要になると指摘。持続可能な観光産業を実現するには、行政だけなく、地域コミュニティや企業などさまざまなステークホルダーが関与すべきと強調。また観光客の過剰流入を防ぐために、時間と場所を分散させること、そのために適切なプライシングを行うなど、具体的な方法も示している。
地元コミュニティや自然環境への悪影響を最小にしながら、観光産業の持続可能な発展を実現しようという取り組みは、「レスポンシブ・ツーリズム」というコンセプトのもと、かなり前から一部の企業、政府、地域コミュニティで実施されたきたことにも言及しておくべきだろう。
2002年に採択された「ケープタウン宣言」のなかで明示されたコンセプト。観光に携わるあらゆるプレーヤーが、環境、社会、文化、経済への影響に責任を持つべきという考えで、企業だけでなく消費者へも持続可能性を意識した選択を促すものだ。オーバーツーリズム問題が深刻化するなかで、再び注目を集めるよになっている。
英国の大型観光イベント「ワールド・トラベル・マーケット」では「レスポンシブ・ツーリズム・アワード」を実施し、その認知普及に努めている。2018年4月には、アフリカ版アワードが実施され、ペットボトルの利用量を大幅に減らしたサファリキャンプ企業Wilderness Safarisや地域コミュニティのインクルージョンを実現したワインファームSpierなどが表彰された。
こうした取り組みによって消費者の意識も少しずつ変化しているようだ。レスポンシブ・ツーリズムを推進するドイツの大手旅行代理店TUIグループが実施した英国消費者の意識調査では、約50%が旅行先の地域コミュニティに還元することが重要と回答、また62%が自然や地域コミュニティを尊重する形で観光したいと回答している。ちなみに、TUIグループはレスポンシブ・ツーリズムを推進するためのファンドを設立、2017年には730万ユーロ(約9億5,000万円)を調達している。
2030年までに世界ではさらに10億人の中間層が誕生する見込みだ。観光産業を持続的に成長させるには何が必要なのか、いまから議論を始めても早すぎることはないだろう。
文:細谷元(Livit)