重篤な症状がないにも関わらず、夜間や休日に救急外来を利用する「コンビニ受診患者」の増加が医療現場の喫緊の課題となっている。この問題は医療関係者の仕事量を増やし、休息時間を削る要因になっており、救急外来施設を持つ病院は地域のクリニックへ受診するよう促す。
「コンビニ受診患者」に対しての具体的な対応策を設ける動きも出ている。2018年3月の『朝日新聞』の記事によると、消防庁は緊急性がない患者の搬送は極力行わないよう、2018年内にも判定マニュアルを作成するという。
消防庁が2017年に調査した緊急度判定状況のデータが、同記事上では公表されている。「119番通報を受けた際、患者を搬送すべきかを判定しているか」との質問に対し、全国消防本部の87.2%が判定していないと回答。「現場に到着した段階で患者を搬送すべきか判定しているか」との質問では61.9%が判定せずに、緊急度を問わず搬送すると回答した。
その主な原因は、もし重篤な症状になった場合、責任問題を背負いきれないからだ。各地の消防によっても対応はバラバラであり、消防庁は現場任せになっている点を一本化する構えだ。
行き場なき“緊急度の低い”患者たち。心配性な患者の受け皿が必要とされている
地元のクリニックも、緊急度の低い患者を十分に受け入れる体制が整っていない。駅近辺の利便性が高いクリニックでは、とにかく数をこなすことが目的になってしまい、患者の話を聞こうとせずに、機械作業のような診察に終始してしまうケースが目立つように感じる。
筆者があるクリニックを訪れた際には、「うちでは診られないので、紹介状を書きますから大病院へいってください」と一言告げられ、たった1~2分で診療を打ち切られてしまった。心配性な性格もあり、なるべく痛みなどの症状が出る前に医師の意見を聞きたかったのだが、筆者のような患者と十分な時間を取れる体制になってないのが、地域のクリニックの現状であるといえるだろう。
ここで患者の選択肢は大きく3つに分かれる。症状がはっきりと出るまでクリニックを訪れるのを控えるか、大病院へ紹介状を携えて訪れるか、しっかりと話を聞いてくれる“いきつけのクリニック”を自分で探して通うかだ。
大半の患者は、症状が出るまで待つことを選ぶ。サラリーマンを典型に、平日に時間を確保することが困難な多忙な人であればなおさらだろう。
また、クリニックが大病院へ紹介状を出す場合、「しっかりと設備の整った病院で検査を受けてください」といった綺麗な理由ではなく、単に原因が不詳で、軽微な症状で何度も通われるのは迷惑であり、面倒くさいことが理由というケースが当てはまると感じる。そのため、筆者は様々なクリニックに通い、なるべく真摯に話を聞いてくれる病院を探し出し、何かあればかかりつけ医に相談するようにしている。
このように、地元の小規模なクリニックは、「症状が出ている患者」と「症状が出る前の心配性な患者」の2種類を受けて入れているのが現状である。そして、心配性な患者が大病院へ紹介されるケースもあるため、結局大病院は緊急度の高い患者に集中して対応できない本末転倒な構図にもなっている。
現在の医療機関の問題となっているのは、患者の緊急度を判別できていない点にあることは間違いないが、議題に挙がるのは大病院の対応ばかりだ。しかし地元のクリニックが抱える、患者の受け入れ対応も後手に回っている。
だからこそ先述の「症状が出ている患者」と「症状が出る前の心配性な患者」が、別々の種類の医療機関で診察される体制が構築されるべきだと感じる。「症状が出ている患者」に対応する既存のクリニックとは別に、「心配性な患者」に特化した相談型のクリニックの必要性が叫ばれるべきだ。
米国ではすでに、こうした患者のための受け皿が用意されつつある。
“予防病院”という新たなコンセプトで事業展開をする「Forward」
医師に症状を相談してなるべく気持ちを楽にさせたいといった、これまで来院を煙たがれていた心配症な患者たちを、新たな市場と捉えたのが次世代型医療機関「Forward(フォワード)」である。
Forwardは、サンフランシスコの中心街に拠点を構える医療機関。月額149ドルのサブスクリプション料金を支払い、会員になることでいつでも通院できる(診察費は別途請求される)。専用アプリから、来院時間を予約し、待ち時間をなくした。
最も特徴的なのは、IoTとAIを駆使した診療体制である。まず患者は医務室に入る前に、体重計の形をした機器の上に乗る。片手をセンサーに触れることで、心拍数や脈拍、体重などの基本情報を1分程度で計測。
医務室に入ると、大画面スクリーン1台と医療IoT器具が並ぶ。筆者が来院した際は、聴診器IoTを使用した。既存の聴診器では、医師が鼓動のリズムを聴くことで異常がないかを確かめる。しかし計測データが記録されることはなく、医師の感覚だけで診断される。
「Forward」の聴診器は、医師が直接聴くだけでなく、スクリーンに鼓動が映し出され、可視化される。こうして得られたデータは、全てクラウド上に保存される。このように、IoTを使うことで、従来の医療機関では記録されなかった一つひとつの医療データを丁寧に集めるのだ。
医師は患者と対話をしながら、情報を入力していく。スクリーンに表示された、クラウドAIが提案する複数の診断結果の中からベストな処方を、患者と一緒に相談しながら決めていくのだ。
たとえば糖尿病や肥満の恐れのある患者に対して、「痩せるためにジムに通ってください」と一方的に診断を下したところで、患者が継続して取り組めるかといえば疑問が残る。「コンサルティングサービス」と位置付けることで、AIの提案に基づき、お互いが納得できるアプローチを検討する診療体制になっているのだ。
予約制が基本となっているため、じっくりと医師に話を聞いてもらう体制もできている。また、定期的に健康状態を検査し、症状が発症する前に病を食い止めることをコンセプトに誕生した“予防病院”の立場から、「心配性な患者」の受け入れを目的としている。月額サブスクリプションで最低限の収益を確保するため、軽微な症状や、単なる相談事項であっても、受け入れてもらえるのだ。筆者の感想としては、高級ホテルのコンシェルジェサービスに近い。
Forwardが目指すのは次世代医療機器を活用して、“医師と患者が共にストレスを感じることなく診察を体験できる世界”であり、既存の医療機関が抱える負担を減らす点にある。
大病院は緊急度の高い患者を、クリニックのような小規模な医療機関は緊急度の低い患者を、そしてForwardは症状が出る前に相談したい患者を受け持つ、3つの受け入れ体制が整った世界観を目指しているのだ。
厄介者ではなく、新たな商機と捉えれば日本の医療は変わる
メディアを通じて届けられる医療機関に関する情報の内容の大半が、緊急性の低い患者を、あたかも悪者扱いするようなものだ。たしかに、モンスターペイシェントのように、強引に救急外来を受診するような患者が必ずしも正当化されるべきではない。しかし、私たちが考えなければならないのは、全ての患者が平等に満足できる診察を受けられる仕組み作りなのではないだろうか?
切り捨てるのではなく、新たな医療ビジネスと見定めて展開するチャンスは十分にある。世間的に阻害される患者たちは、新たな市場を作るのだ。しかし、日本の行政や医療機関は、効率化だけを求めるだけで、市場創出の視点が抜けている。
軽微な病状など気にしない健康な人にとって、医療現場の効率化は良いニュースに聞こえるかもしれない。だが、筆者のように、心配性であり、不安症を抱える人にとっては、窮屈な社会になっていると感じられる。
そこで、Forwardの事例のように、症状発症前の患者を厄介者扱いするのではなく、あえてターゲットにすることで商機を手にするビジネス視点が必要とされるはずだ。すぐにIoTやAIを導入できないとしても、“予防病院”というコンセプトを打ち出すだけで、大きく医療現場が変わるきっかけになるかもしれない。医療機関と患者が常にWin-Winの関係に立てる環境作りが求められる。