2018年5月、AIスピーカー「Amazon Echo(アマゾンエコー)」のディベロッパーが拡張機能を追加できる「Amazon Alexa Skills(アマゾンアレクサスキルズ)」に、スキル内課金制度が導入される旨が発表された

Amazon Alexa Skillsとは、アマゾンが開発する音声AIアシスタント「Alexa」を介して起動する、外部企業が開発した音声サービスを指す。日本では『BuzzFeed Japan』、『CNET Japan』、『AbemaTV』など、すでに多くの企業がサービスを提供。今回発表された課金制度を利用すれば、こうした企業が有料サービスを展開できるようになる。

『Business Insider』の記事によると、開発者側は課金売上のうち、70%を手にすることができる。アマゾンは残りの30%を手数料として徴収し、収益化する狙いだ。また同記事は、2018年5月時点で、Amazon Alexa Skillsの開発数が4万を超えたと発表。2017年9月時点で2.5万だったことから、8カ月間で60%成長した計算だ。

競合から考えるアマゾンの狙いと苦難

アップルが初代iPhoneを発売したのが2007年6月。そしてちょうど1年後の2008年6月、iPhone3Gとともに、iOSアプリストア「App Store」が発表された。以来、iOSアプリの開発が急速に広まり、数多の有名サービスが登場したことは言うまでもない。

アップルの最新データによると、App Storeの誕生から、iOS開発者は860億ドルの売上を得たという。また、2017年に開発者が手にした売上総額は265億ドルにのぼり、前年比30%増。アップルは2017年にApp Storeから115億ドルもの売上を得た。

アマゾンがApp Storeと同じ事業モデルを構築し、スキル内課金を通じた新たな収益軸を獲得したい意図は、容易に想像がつくだろう。しかしスマートフォンとAIスピーカー市場とでは、事業拡大スピードに大きな違いがある。

アップルは初代iPhoneの発売から1年後にApp Storeを展開している。一方のアマゾンは、2014年11月に初代Amazon Echoを発売し、約半年後の2015年6月には開発者向けキット「Alexa Skills Kit(アレクサスキルズキット)」の提供を開始している。だが、スキル内課金制度を導入したのは、約3年を経た2018年5月だ。

すぐにスキル内課金を展開できなかった理由に、AIスピーカーの市場理解度の低さが挙げられる。

「Statista」のデータによると、2009年4月にApp Store上のアプリ数が3.5万にものぼっている。現在のAmazon Alexa Skillsとほぼ同数のサービスを、立ち上げからたった約10カ月で達成しているのだ。ここにAmazon Echoを代表とする、AIスピーカー市場開拓の苦難が見て取れる。

AIスピーカーの利用メリットは、未だスマートフォンほど市場認知されていないのが現状。事実、『BusinessInsider』の記事では、53%のユーザーがAmazon Alexa Skillsを3つ以下しか使わないと指摘されている。こうした背景から、アップルがAIスピーカー「HomePod(ホームポッド)」の市場投入を、競合の動きをじっくりと伺ってから後発投入してきたことにも納得がいく。

だが筆者は、一定数のユーザーにAIスピーカーの良さが伝わり、ある出荷台数を超えた瞬間、爆発的に市場認知が広がる“マジックナンバー”があると考える。このナンバーを超える時期が近々やってくるまで、スピーカー開発各社は耐え忍ぶ必要があるだろう。

AIスピーカー開発企業にとっては、市場が熟す時期がくるまで、投資の手を休めないことが肝要となる。この点、損失を考えず、積極的に開発投資に資金を回すアマゾンの社風が追い風となっている。

おそらく、現在のApp Storeほどの売上を手にするまで、10年以上の長い期間がかかることが予想される。これまでアマゾンが、投資家から売上が上がらないことを非難されることは度々あったが、Amazon Echoも同じ目に遭うはずだ。アマゾンの勝負どころはこれからだ。

音声ならではの良さを提供するサービスが求められる

わたしたちがAIスピーカーを購入した際、真っ先に思い浮かぶ利用サービスは、「Spotify」のような音楽ストリーミング配信だろう。たしかに課金されやすい分野ではあるが、よりユニークな展開をするサービスの登場も期待される。

子供に絵本を読み聴かせる音響サービス「Novel Effect(ノーベルエフェクト)」は好例だ。専用スマートフォンアプリを開いて、スピーカーと連携させる。ライブラリーの中から読み聴かせたい本を選択すれば設定完了だ。

音読者の声を解析して、特定のシーンになると、子供が喜んだり、怖がったりする効果音をスピーカーを通じてリアルタイムで発生させる。絵本をよりインタラクティブなコンテンツへと昇華させた、秀逸なサービスだ。未だiOSアプリを介して利用せざるを得ない仕組みだが、スピーカーとはBluetoothで連携するため、Amazon Echoを通じてサービス体験できる。

『Forbes』の記事によると、アプリダウンロード数は5万を超え、月間アクティブユーザー数は1万人にのぼる。2018年5月に入り300万ドルの資金調達をおこなった。

投資家のなかにはアマゾンも名を連ねていることから、今後Novel EffectがAmazon Alexa Skillsの開発を強化し、スマートフォンを開くことなく、Echoを置いておくだけでサービスを利用できるように近々なるだろう。

Novel Effectが今後採りうる収益モデルとして、月額サブスクリプションモデルのほかに、特定の絵本を読み聴かせたい場合に1コンテンツ当たり3-5ドル程度で課金するモデルが考えられる。教育現場向けのようなB2Bから収益をあげることも可能だろう。

こうしたユニークな提供価値と、明確なターゲットユーザーを持っているサービスが多く登場すれば、アマゾンのスキル内課金収益を支える主軸となるはずだ。

キーワードは「生活体験の向上」。アップルやグーグルにはない、アマゾンの長期的強み

『CNET』の記事によると、2018年第1四半期において、グーグルのAIスピーカー「Google Home(グーグルホーム)」の出荷台数が320万台にのぼり、Amazon Echoの250万台を上回った。グーグルがAIスピーカーの出荷台数でアマゾンに勝ったのは初めてのことだ。

また、『Fortune』の記事によると、2018年2月時点で、Amazon Echoの市場シェア率が55%、Google Homeが23%だという。販売台数ではないため、実際に利用されているAIスピーカー数は未だAmazon Echoが市場トップ。しかし徐々に追随を許す形になっている。

それではアマゾンはどのような勝ち筋を描いているのだろうか。キーワードはEchoシリーズを通じた「生活体験の向上」だ。

アップルのAIスピーカーHomePodは完全に市場参入に出遅れた。しかし「Apple Watch」や「iPhone」、「Macbook」、「AirPods」のような、ハードウェアを十分に取り揃え、各機の連携に強い。一方で、教育分野への進出を軸に戦略を立ており、わたしたちの生活に直接関わるサービス業へはあまり参入していない。

グーグルが開発するAIスピーカーGoogle Homeは市場第2位のシェア率を誇る。同社の大きな強みは、「Google Maps」や「Google Drive」、「Google Calendar」に代表される、膨大なユーザー数を誇る人気オンラインサービスを持っている点だ。

Google Homeのユーザー数が増えればビッグデータを獲得でき、さらに自社開発のソフトウェアに磨きをかけられる。だが、わたしたちが日常の生活体験で頻繁に使うコンシュマー向けサービスはGoogle MapsやYouTubeなど、数が限られる。

アップルやグーグルと違い、ユーザーの生活体験において、大きく先行しているのがアマゾンだ。同社は「Amazon Prime」のサービス内容の拡充を通じて、音楽ストリーミングから掃除代行、生鮮食品の配達まで幅広く展開する。オンラインだけでなく、オフライン市場にまで参入している点が競合他社との大きな差別ポイントだ。

2C向けの生活関連サービスを手広く展開するアマゾンの戦略と、Echoシリーズ普及の相乗効果は、長期戦略を考える上で、他社のAIスピーカーを大きく引き離す主軸となる。

現在アマゾンは、Echoシリーズの普及に躍起となっている。たとえば自分の服装を手軽に撮影して確認できるファッション向けカメラ端末「Amazon Echo Look(アマゾンエコールック)」や、留守中に家の中に荷物を届けてくれるサービス「Amazon Key」の展開のため、セキュリティカメラ「Amazon CloudCam(アマゾンクラウドキャム)」を発売するなど、各生活シーンに合わせたデバイスを普及させている。

Echoスキル経済圏の兆し

様々なハードウェアが普及すれば、それだけ外部企業がユーザーの生活体験に深く介入でき、新たな商機を得られる。

たとえば高級アパレルブランド「CHANEL」や「GUCCI」が、専属スタイリストのノウハウ蓄積させた音声AIボットを開発して、Amazon Echo Lookと連携させる展開も、将来的に十分に考えられる。

基本利用料は無料で、スタイリストからスピーカー越しにアドバイスをもらいたい場合にスキル内課金する仕組みにすれば、ブランド側にとって新たな収益軸となるだろう。また、自社ブランド商品の販路拡大にも繋がるかもしれない。

HomePodやGoogle Homeを利用したとしても、交通や天気の情報を得たり、音楽を流すことくらいしか主な使い道を見つけられない。ユーザーにとって利用価値は比較的薄い。また、同デバイスの利用シーンは、リビングか寝室などに限られる。これは、外部企業にとって限られた利用シーンのために音声アプリを開発しなければならないことを意味し、サービス展開範囲が狭まってしまう。

一方、アマゾンは食料品配達代行から、家事手伝いまで、生活体験を向上させる戦略のもとサービスを多角展開。それに沿って、利用シーンの違う多種多様なEchoシリーズを発売してきた。利用価値が非常に高く、加えて外部企業は、各Echo端末を通じてターゲットユーザーの特定の生活シーンに入り込みやすい環境が整っており、大きなチャンスとなる。

外部サービスの参入が増えれば、Echoシリーズの利用価値だけでなく、ユーザーの生活体験が向上し、開発企業も大きな利益を掴む機会を得る“Win-Win”の構図ができているのだ。こうしたユーザーの生活体験向上にどこよりも熱心に取り組んできたからこそ、独自の勝ち筋を見出し、Echoスキル経済圏を作り上げられる可能性は十分にあるはずだ。AIスピーカー市場は、長い目で動向を注目していきたい。

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