Amazon流、働き方改革「バイオフィリア」という新しい取り組み〜オフィスの緑化と生産性の関係

今年1月、シアトルのダウンタウンに3つの巨大な「グリーンドーム」が出現した。

ドームはすべてガラス貼り、外からは生命力あふれる植物が茂る様が見える。一見、植物園にしか見えないこのドーム、実はEC最大手Amazon(アマゾン)のワークスペースなのだ。世界のリーディングカンパニーは、なぜこのような緑のドームを建設したのだろうか?

まるで森にいるかのような感覚。4万本もの植物に囲まれたワークスペース

アマゾンが本社ビルの前に建設した「The Sheres(スフィア) 」は2018年1月に完成した。シアトルの一等地、6番通りと7番通りにまたがるスフィアは、4階建てのドーム型建築だ。館内では世界中から集めた、4万本以上の木や植物が育てられている。
常に温度22度、湿度60%以上に保たれ、寒い季節でも心地よい暖かさとモイスト感を感じられる、癒しの空間だ。

植物は世界30カ国から集められており、アフリカ、東南アジア、オセアニアや中南米など、エリアによって植物が分けて配されている。中には、絶滅危惧種や食虫植物もあるという。館内いっぱいに広がる緑の香り、そして木々の間を小川のように流れる水。まるで森の中にいるような感覚に陥る。

アマゾンはこのスフィアを、従業員のワークスペースとして開放している。スフィア内にはラップトップを持ち込んで個人が作業できるスペースのほか、ミーティングスペース、カフェテリアなどもある。最上階の木で造られたミーティングスペース(通称「鳥の巣」)は特にユニークだ。目の前には高さ55mものフランスゴムの木が立ち、鳥の巣で会議をしているような気分になること請け合いだ。


スタイリッシュなカフェテリア


ミーティングスペース「鳥の巣」

オフィス環境を整える、というにはあまりに超越しているこのドーム。スフィアのコンセプトには、「バイオフィリア」という概念が大きく影響している。

人は自然と触れ合うと幸せになる ――「バイオフィリア」という概念

緑いっぱいの公園を散歩している時、ハイキングに出かけた時など、自然の中に身を置くことでリフレッシュされ、素晴らしい気分を味わった経験は誰しもがあるだろう。

バイオフィリアとは、1984年にエドワード・O.ウィルソンが提唱したもので、人と自然の本質的な関係を説明するととともに、人は自然とのつながりを求める本能的欲求がある、という概念である。言い換えれば、人は自然と触れ合うことで、健康や幸せを得られるということでもある。

バイオフィリアに対する関心は、ここ10年で急速に高まってきている。世界中で見られる著しい都市化とあらゆる分野のIT化により、人々の生活はますます自然と遠くはなれたものになってきている。国連の調査(2010年)によると、2030年までに世界人口の約60%が、都市環境で暮らすようになると予測している。

実際、過去60年間の都市人口の流入の割合は、ブラジルで51%、インドネシアで42%、中国で32%と、経済成長の高い国では顕著にその傾向が見られている。

今後、都市で働く人たちが、どのように自然とつながっていけるか。その答えのひとつに「バイオフィリック・デザイン」がある。

バイオフィリック・デザインで得られる3つの効果

バイオフィリック・デザインとは、自然を感じられる環境を、建築やインテリアで再現する取り組みのことである。自然光や植物、水などを配して、グレーやモノトーンではなく、緑や青、黄色を取り入れた色彩を使ったデザイン設計。

このバイオフィリック・デザインついて、ビジネス心理学を研究するアメリカのロバートソン・クーパー社 は、世界16カ国(イギリス、フランス、ドイツ、UAE、中国、
インドなど)、7,600名の働く人々を対象にした、職場におけるバイオフィリック・デザインがどのように人々に影響を与えるかを調査した。

その報告書『ヒューマン・スペース』で、職場環境に自然を取り込むことが、心理的な面でプラスに働き、業績の向上にもつながるということがわかった。

それでは、バイオフィリック・デザインが、働く人々にどう影響しているか。
『ヒューマン・スペース』のレポートを元に、3つのファクターに分けて見てみよう。

  1. 幸福度(Well-being)

    職場で自然と接する機会がある人とない人を比較すると、ある人のほうが15%幸福度が高いことが示された。

    また、窓も大きな役目を担っている。アメリカの某企業で実施された調査では、窓から屋外の景色を見ることのできる人は、窓のない人に比べてストレスレベルが低く、ストレスからの回復も早いことがわかった。窓から自然光や眺望はストレスを軽減させ、脳の活動を活発にして喜びを感じやすくすることが報告されている。

  2. 生産性

    イギリスで実施された調査研究では、自然の要素を取り入れたオフィスで働く人々とそうでない人の生産性を比べたところ、3カ月で前者に6%の上昇が見られた。アメリカやイギリスといった欧米では、特に植物や自然の眺望と生産性の関係が顕著で、それがなければ損なわれるといった結果が明らかになった。

    一方、インド、インドネシアといったアジア圏では、緑色を室内に使うだけでも効果が見られるということがわかった。

  3. 創造性

    創造性に関しても、バイオフィリック・デザインの好影響は顕著であり、15%の差異が見られた。ただし、自然のどの要素が重要であるかは、国によってで違いがある。
    たとえば、スペインでは植物や緑色の壁が、ブラジルでは水辺が見えることなど、水が重要な働きをしている。インドでは赤色と創造性の関係が報告されている。色というファクターもデザインする上で、軽視できないことがわかる。

    ロバートソン・クーパー社は、10万人のオフィスワーカーを対象にした調査で、次の報告を上げている。職場において、コミニケーション、仕事量、雇用保障、環境など6つの要素が満たされると、人は心理的に健康な状態になり、生産性やモチベーション、健康、責任感などが上がる。この個人レベルでの成果は、最終的には組織レベルでの成果につながる「ポジティブ・ループ」が生まれるという。

    バイオフィリック・デザインは、この6つの要素のうちの「環境」に直接的に関わるとして注目されている。

日本におけるバイオフィリック・デザイン建築

一方、日本でも少しずつバイオフィリアを取り入れる企業も出てきている。2017年にアメリカで創設された、国際的な環境建築を顕彰するバイオフィリック・デザイン賞で、日本の農機メーカーであるヤンマー株式会社の本社ビルが受賞した


ヤンマーの本社ビル「Yanmar Flying-Y Building

「自然との共生」をコンセプトしたヤンマー本社ビルは、ガラス張りの都市養蜂や、螺旋階段を利用した自然換気システム、水が流れるエントランスシステムなど、自然を模した景観が盛り込まれたデザイン設計が評価された。

日本におけるバイオフィリック・デザイン建築は、まだ認知が浅い。自然は大事という認識はあっても、企業が環境づくりに積極投資するには優先順位が低いのかもしれない。自社ビルを持つ、それに投資するだけの余剰財産がある、というハードルこそあれ、今後バイオフィリック・デザインへの注目が高まることを期待する。

今日からできるバイオフィリック・ライフ

ここまでで、自然と触れ合うことで実に多くの効果があることが理解できただろう。しかし「職場環境がまったくバイオフィリックではない」という人もいるはずだ。それもそのはず、先のリサーチでも、職場に自然光や植物がない、と回答した人は全体の約半数に上ったのだ。では、そのような人たちはどうしたらいいのだろうか?

米バージニア大学で「バイオフィリック・シティーズ」というプロジェクトを主催するティモシー・ビートリー教授は、「ネイチャーピラミッド」という考え方を発表している。自然と接する必要頻度と内容が一目で分かる図だ。

ネイチャーピラミッド

この一番下の毎日(Hourly)では、鳥のさえずりを聞く、観葉植物や街にある緑を見る、近くの公園で一息つく、というようなものが推奨されている。たとえば、ランチをオフィスではなく会社近くの公園で食べる、休憩時には外に出て意識的に緑を眺めるなど。この程度なら、普段からできそうなものである。

もちろん、職場に自然を取り入れるよう上司に訴える、アマゾンのようなバイオフィリック・カンパニーを探して転職する、というのもひとつの方法だ。しかし、まずは自らが「バイオフィリック・パーソン」になり、身近なところから心掛けていってみてはいかがだろうか。

img:dayone

文:矢羽野晶子
企画・編集:岡徳之(Livit)

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