ハラルフードを中心として、イスラム教の教えや伝統に沿った形のサービスを提供する「ハラルビジネス」という言葉が登場して久しい。世界のムスリム人口は増加を続け、これからもムスリム市場は大きく拡大するとみられる。

ただ、ムスリム市場の拡大をけん引しているミレニアル・Z世代は、単純に信仰に沿った形のサービスでは満足しない。彼らは教えや伝統を尊重しつつも、流行に敏感で現代的で洗練されたサービスや商品を求める。

そんな伝統と流行のギャップを埋めるサービスがライフスタイル全体で続々と登場している。

急増する若いムスリムたちの新しい価値観

トムソン・ロイターの調査によると、現在、世界のムスリム人口は2014年に17億人に達し、2030年までに26.4%増の22億人に拡大すると推定されている。米シンクタンクのピュー・リサーチ・センターは、今後20年世界人口が増加すると見込まれているなかで、ムスリム層の人口増加率は1.5%と、ムスリム以外の層の0.7%を上回ると発表している。このペースで拡大すると、2030年には世界の15〜29歳の若年層のうち、29%がムスリムになる。

人口の拡大に伴い、2015年に1.9兆ドル(約210兆円)に達した世界のムスリム・コンシューマーによる消費額は2021年までに3兆ドル(約330兆円)に拡大する見込みだ。

このようにムスリム市場の拡大をけん引していくミレニアル・Z世代はどのような価値観を持つのか。ムスリム市場に特化したマーケティング企業 Ogilvy Noor調査によると、ムスリムの若い世代の90%以上が、宗教的価値観が自分の消費行動に大きな影響を与えると回答した。

同社が「ジェネレーションM」と呼ぶムスリムの新たな世代は、文化や習慣などイスラムの教えを堅く守る信心深さがある一方、SNSなどを通じて流行に敏感で現代的な感覚を好む。そして信仰と現代性の間には妥協も矛盾も存在しないという価値観持つようだ。

現代に合わせ、ムスリム向けギフトを再考案

ロンドン発のMUBARAK LONDONはムスリム向けの高級ギフトサービスを展開する。イギリスでは食品や食器を詰めた「ハンパーバスケット」をイベントの際やお世話になった人に贈る文化があり、同社は全てイスラムの戒律に沿ったハラルハンパーを販売している。

ムバラク・ロンドンのギフトセット(同社ウェブサイトより)

ラマダン明けを祝う「イード・アル=フィトル」などイスラム教の祭典での需要が多いほか、結婚や出産などのライフイベントでも利用されている。

最近ではムスリムの同僚やクライアントに贈りたいというビジネスシーンでのニーズも増えているという。クリスマスでのムスリム向けギフトとして利用する人も多く、需要は幅広い。

ムスリムの人々にギフトを選ぶのは難しい。イスラム圏ならまだしも、文化が異なるイギリスにおいてはなおさらだ。

ハンパーに関してもアルコールを含むギフトや、イスラムの戒律に沿わないものが多かった。ハラル仕様になっていても、魅力的なデザインがなかった…。こうしたことをヒントに、Deena Miah さんとShazida Ahmedさん姉妹が2015年に創業した。

モダンなデザインと現地イギリスの文化を取り入れた商品構成、そしてすべてハラル保証であることが、イスラムの教えを守りながら現代のライフスタイルを楽しむミレニアル世代に支持されているようだ。

「贈り手は自分の選んだ商品をどんなムスリムの人々にも自信を持って、安心して贈ることができる」とDeenaさんは地元メディアの取材で語っている。

イスラムの祭典を現代風に楽しむ

イギリスのPeace&Blessingsは、イスラム教の祭典向けのグリーティングカードやステーショナリーを扱う。メッカ巡礼用の日記や、ラマダン明けを祝うグリーティングカード。どれもパステル調やモノクロのシンプルで洗練されたデザインだ。

Peace&Blessingsのグリーティングカード(同社ウェブサイトより)

ファウンダーのZakera Kaliさんが、ラマダン明けの祭り「イード・アル=フィトル」や「ハッジ」と呼ばれるメッカ巡礼など、ムスリムにとっては重要なイベントでも、世界的にあまり知られていない祭典のアイテムが乏しいことに目をつけ2017年に創業した。素晴らしい伝統行事だからこそ、現代風に楽しみたい。「こうした市場とニーズのギャップを感じているのは私だけじゃなかった」とZakeraさん。

クリスマスほどに魅力的なアイテムが溢れる市場にしたいと考えている。他の文化でも伝統と流行のギャップを埋めるニーズは高まっており、同社はユダヤ教の祭典「ハヌカー」やヒンドゥー教の「ディーワーリー」、旧正月向けのアイテムも取り扱う。

同社のアイテムはイギリスの老舗百貨店John Lewisも取り扱う。ロンドンのオックスフォードストリート店は2018年のイード用ポップアップショップを設置し、Peace&Blessingsを含めた数社のカードやギフトなどを販売。大手小売りもこの成長市場に注目し始めているようだ。

拡大する「モデスト・ファッション」市場

ムスリム向けファッション市場も熱い。ムスリムの間で流行する「モデスト(=控えめな、謙虚な)・ファッション」は、イスラム教で厳禁とされる肌の露出を抑えつつもシンプルで洗練されたデザインが特徴だ。

ヨーロッパではAabやInayah、Pearl Daisyといったモデストファッションブランドが続々登場し、SNSを通じて若いムスリム女性に絶大な支持を得ている。

The Limpopo Kimono perfect for occasion wear!

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モデストファッションブランド「Aab」のコレクション(同社インスタグラムより)

Aabの共同創設者、Altaf Alimさんは「10年前、モデストと流行の両方を備えた服を見つけるのは非常に難しかった。でも今ではモデストなシルエットかつ個性溢れるデザインの服が続々発表され、消費者には多くの選択肢がある」とインディペンデント紙のインタビューで語っている。

トムソン・ロイターの調査によると、ムスリムのアパレル消費額は2015年に2,430億ドルと推定され、世界のアパレル市場の11%を占める。そのうちモデストファッションの消費額は440億ドルだった。

2021年までにムスリムのアパレル消費額は3,680億ドルに増加するとされており、モデストファッション市場も大幅な拡大が見込まれる。

Ogilvy NoorのShelina Janmohamed副社長は「若いムスリム女性にとって、モデストファッションを身にまとうことは信仰の表現方法。しかし同時に、彼女たちは周りの友人たちのようにファッショナブルでありたい」と話す。

ムスリム市場のさらなる拡大が見込まれる中、食品からファッション、ライフスタイルまで様々な分野でムスリム向けサービスが登場してきている。しかし単純な「ハラル仕様」や「ムスリム向け」のプロダクトやサービスでは、ミレニアル・Z世代の心は掴めないようだ。

文:新多可奈子
編集:岡徳之(Livit