2兆ドル(約220兆円)。世界GDPの2.8%に相当する金額だが、これが「肥満」によってもたらされている経済損失額と聞くと驚くのではないだろうか。さらに、肥満による経済損失は戦争と喫煙による経済損失とほぼ同額であると聞くとさらに驚くだろう。
マッキンゼーが2014年に発表した肥満に関する調査レポートで明らかにした数値だ。
このレポートでは、世界人口に占める肥満の割合は現在30%だが、2030年には41%に拡大する可能性を指摘し、このままだと多くの人々の健康問題が悪化するだけでなく、医療費増大や生産性低下によって経済損失も拡大すると警告している。
日本でも「隠れ肥満」という言葉が話題になるなど肥満問題への意識は低くないが、欧米諸国を中心に海外では肥満率の増加が加速しており、深刻な社会問題として議論されている。
各国は肥満を抑制するためにさまざまな施策を打っているが、最近議論の的になっているのが砂糖入りの清涼飲料水に課税する「砂糖税」だ。2018年4月に英国で導入されたというニュースが報じられ、日本でも広く知られるようになったのではないだろうか。砂糖税を導入しているのは英国だけではない。フランス、メキシコ、タイなど肥満が深刻化する国々で次々と導入されている。
世界の肥満問題はどれほど深刻なのか。「砂糖税」を切り口にして、その現状をお伝えしたい。
2045年には国民の半分が肥満に、英国が砂糖税を導入した理由
4月に英国で導入された砂糖税。清涼飲料水に含まれる砂糖の量に応じて課税する税制だ。100ミリリットルあたり砂糖が5グラム以上含まれている飲み物が対象となる。砂糖が入っていないフルーツジュースなどは課税対象外だ。
BBCによると、税率は100ミリリットルあたり砂糖5〜8グラムで18ペンス(約26円)、8グラム以上では24ペンス(約35円)だ。製造メーカーに課税され、課税分を転嫁するかどうかは企業に委ねられる。
英財務省は当初、砂糖税による税収入を5億ポンド(約735億円)と見込んでいたが、税導入前後に砂糖含有量を減らすメーカーが続出したことで、2億4,000万ポンド(約350億円)に下方修正した。
英国で砂糖税が導入された理由は、国内の肥満問題が深刻化しており、その主な要因として砂糖の過剰摂取が指摘されているからだ。BBCが英国保健当局の話として伝えたところでは、英国の子どもたちは1年間にバスタブ1杯にもなる砂糖を消費しており、肥満問題を加速させているという。
清涼飲料水が並ぶ英国のスーパー
ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンと製薬会社ノヴォノルディスクによる最新の調査では、このまま肥満対策がなされない場合、2045年には英国国民の半分が肥満になり、さらに糖尿病患者の数も増える可能性を指摘している。
OECDのレポートによれば、肥満率トップは米国で38.2%。次いで、メキシコ32.4%、ニュージーランド30.7%、ハンガリー30%、オーストラリア27.9%となっている。オーストラリアの次が26.9%の英国なのだ。英国は世界6番目に肥満率の高い国ということになる。
OECDレポートが対象にしているのは15歳以上だが、英国では15歳以下の子どもたちの肥満問題の方が深刻であることを示すデータもある。
英国政府機関の公衆衛生サービス(PHE)によると、英国の一部の地域では小学校卒業時に肥満または太り過ぎと診断される生徒の割合が50%を超えているというのだ。
子どもの場合、砂糖の含有量や健康リスクを気にせず食べたり飲んだりするため、大人に比べ肥満率が高くなる傾向があるのかもしれない。
ここまで肥満問題が深刻化した英国では、清涼飲料水に課税する「砂糖税」だけでなく、「チョコレート税」も導入すべきという議論も巻き起こっている。チョコレート税については、オックスフォード大学とケンブリッジ大学などが共同で実施した研究によって、砂糖税よりも肥満抑制に効果がある可能性が示唆されており、今後導入の是非をめぐる議論が活発化しそうだ。
世界では珍しくない「砂糖税」、「ジャンクフード税」導入する国も
砂糖税を導入しているのは英国だけでない。
ノルウェーは1922年とかなり前から導入している。このほかフランスでは2012年に、アイルランドでは2018年4月に施行されている。
米国では全国に適用されている砂糖税はないが、一部の都市がぞれぞれ砂糖税を導入している。最初に砂糖税を導入した都市はフィラデルフィアとバークリーだ。フィラデルフィアでは2017年1月から砂糖税がスタートしている。
ハンガリーでは、大量の砂糖を含む清涼飲料水だけでなく、塩分が多いスナックなども課税する通称「ジャンクフード税」が2011年から始まっている。ハンガリーはOECDの肥満ランキングで、米国、メキシコ、ニュージランドに次ぐ4番目の肥満国であり、肥満問題は英国以上に深刻なようだ。
砂糖税導入による効果はどれほどあるのか。海外メディアでよく取り上げられるのがメキシコの事例だ。
OECDの肥満ランキングでは米国に次いで2番目のメキシコ。肥満率が高く糖尿病患者の数も多い。糖尿病患者にかかる医療費は年間7億7,800万ドル(約850億円)に上るという。肥満と糖尿病を減らすべく、メキシコ政府は2013年から砂糖税を導入。ハンガリー同様に、ジャンクフードにも課税しており、ジャンクフード税とも呼ぶことができる。清涼飲料水には1リットルあたり1ペソ(約5円)、ジャンクフードには価格の5%が課税される仕組みだ。
メキシコの砂糖税導入を受けて、その効果を評価する多くの調査が実施されている。
ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルに2016年に寄稿された論文では、砂糖税導入後にメキシコ国内のソフトドリンク売上高が6%減ったことが明らかになっている。また2017年にジャーナル・オブ・ニュートリションに寄稿された論文では、ソフトドリンクの消費が6.3%減ったことに加え、飲料水の消費が16.2%上昇していることを突き止めた。
PLOSメディシンに2016年に寄稿された論文では、清涼飲料水の砂糖税を10%にした場合、メキシコ国内で18万人の2型糖尿病を防げるだけでなく、2万件以上の脳卒中や心臓発作を防ぐことができると推計。また、糖尿病になる人を減らすだけで、9億8,300万ドル(約1,000億円)の医療費を節約できると指摘している。
これらは直接肥満率の変化を調べた調査ではないが、砂糖消費の減少を示しており、時間が立てば肥満率にも変化が見られるようになるかもしれない。
冒頭で紹介したマッキンゼーの肥満に関するレポートが、肥満の要因は、砂糖などの食品だけでなく、体質、心理、環境、社会などが多面的かつ相互に影響し合うシステミックなものであると指摘しているように、砂糖税だけで肥満問題を根本から解決することは難しいかもしれない。
しかし、少なくとも砂糖やジャンクフードが心身に与える影響について考えるきっかけになるのであれば、ポジティブな効果を生み出すことになるのではないだろうか。
文:細谷元(Livit)