ソーシャルメディア上でコメントや写真を投稿したり、「いいね」を押したり、普段何気なく行っている行為が、自身の心のなかを丸裸にしてしまう危険性をはらんでいると知る人は少ないかもしれない。
フェイスブックのデータを不正入手した疑いが持たれている英国の情報分析会社ケンブリッジ・アナリティカ(CA社)。英国のTVチャンネル4の覆面取材やCA社の元社員による内部告発などから、同社によって実施されたとされるソーシャルメディア上の巧妙な心理プロファイリングと情報操作の手法が明らかになりつつあるのだ。
いったいどのような手法なのか。ソーシャルメディアに潜むリスクを知ることで、ソーシャルメディアとうまく付き合っていくためのリテラシーを高めることができるはずだ。
ケンブリッジ・アナリティカをめぐる最新動向
国内外でさまざまなメディアが報じているCA社によるフェイスブックデータの不正利用疑惑。
個人、企業、政党、国など、関与するアクターが多く、若干複雑化の様相を呈している。ここで少し、これまでの経緯と最新動向をまとめておきたい。
ケンブリッジ・アナリティカという聞き慣れない企業がメディアに大々的に取り上げられるようになったのは2018年3月中旬のこと。
ニューヨーク・タイムズなど大手メディアが一斉に、2016年大統領選でトランプ陣営が雇ったCA社がフェイスブックの個人情報を不正に入手し、選挙での情報操作に活用したと報じたのがきっかけだ。このときCA社は8,700万人分に上る個人情報を入手したとされている。
CA社は疑惑を一蹴し、そのような不正はなかったと主張。しかし、英国のTVチャンネル4が3月19日と20日に公開したCA社への覆面取材の映像によってCA社への風当たりは一層強くなった。
この覆面取材では、チャンネル4の記者がスリランカの選挙を操作したいと考える富豪の代理人になりすましCA社にアプローチ。隠し撮りされた映像には、CA社の代表アレクサンダー・ニックス氏や幹部が、これまでの選挙操作の実績を自慢げに語る姿が映し出されている。
米国大統領選挙でトランプ陣営のデジタル戦略のすべてを担ったということも主張している。データ収集・分析を行うだけでなく、その分析に沿って情報を操作、世論を誘導し、クライアントの望む選挙結果を実現しているというのだ。
選挙の競合相手をおとしいれる具体的な方法にも言及。賄賂、スパイ、偽造ID、ハニートラップなどを活用するという。CA社は米国だけでなく、英国のEU離脱選挙やケニア大統領選挙のほか、ブラジル、インド、マレーシアなど世界各国の選挙に関与したとも報じられている。
チャンネル4によるCA社への覆面取材(Youtube)
こうした報道を受け、各国ではCA社の選挙操作活動の有無、その影響を調査する動きが出てきている。
一方、CA社が選挙操作を行っていたとしても、選挙結果に与えた影響は極めて小さく、過剰報道になっているという論調も一部ある。
しかしCA社からの顧客離れは止まらず、同社は5月2日に英国で、5月17日に米国で破産手続きを申請。
同時に、個人情報の取り扱いが不十分だったとしてフェイスブックへの風当たりも強くなっている。
1億人以上のフェイスブック利用者がいるといわれているインドネシアでは、5月14日フェイスブックを相手取り2つの市民団体が10兆ルピア(約785億円)の損害賠償を求め、集団訴訟を提起。現地の報道によると、原告側は判決確定まで、インドネシア国内のフェイスブックアクセスを一時凍結することも提案しているという。
米国でもフェイスブックを相手取った訴訟が進展している。
ロイター通信によると、3月末米カリフォルニアでフェイスブックのメッセンジャーアプリ利用者3人が、通話やテキストメッセージが記録・収集され、プライバシーが侵害されたとしてフェイスブックを訴えた。
同訴訟では、この3人が影響を受けたすべての利用者を代表する集団代表訴訟として提起されている。これを受けフェイスブックは3月25日、アンドロイド端末の利用者が許可した場合に限り、一部の通話やテキストを記録していたことを認めている。
また、カリフォルニアでは別の訴訟が進展中だ。
こちらの訴訟は、フェイスブック上のアプリを開発していたSix4Threeという企業が提起したもの。
英ガーディアン紙によると、この訴訟ではフェイスブックが利用者の許可を得ず、利用者本人だけでなく友人の個人情報を収集していたことなどが争点となっている。フェイスブック側は原告の主張を退けている。公判期日は2019年4月の予定だ。
「いいね」からユーザーの特性をあぶり出すアルゴリズム
このように、CA社とフェイスブックに対してメディアや利用者から厳しい目が向けられるようになっているが、これにともない個人情報がどのように収集・分析され、選挙に活用されたのか、その詳細も明らかになりつつある。
ガーディアン紙が元CA社の従業員で、内部告発を行ったクリストファー・ワイリー氏への取材で明らかにしている。現在28歳のワイリー氏だが、24歳のときに思いついたアイデアがCA社の選挙操作システムの基盤となった重要人物だ。
ワイリー氏のアイデアとは、フェイスブックを通じて数百万人規模の個人情報を収集・分析し、洗練された心理/政治プロファイルを作成、それを基にもっとも効果のある広告や情報を配信し、選挙動向に影響を与えようというものだ。
このアイデアを実現するために資本家で、後にCA社の代表となるニックス氏や大物政治家が動き、2013年にCA社が設立されることになる。
ワイリー氏は当時博士課程に在籍し、ファッショントレンド予測に関する研究を行っていた。その助けとなるだろうとCA社のオペレーションに携わった。しかし、データが不正に収集されるなどしたため、CA社を辞め、内部告発に踏み切った。
CA社が開発したアルゴリズムは、ユーザーの「いいね」情報をもとに、人種、性別、知性、性的傾向、さらには子どものころのトラウマまで予測することが可能という。もちろん政治に関わる情報も予測可能だ。
このアルゴリズムに大きな影響を及ぼしてるのは、2013年に『米国科学アカデミー紀要』で発表されたある研究だ。
この研究では、「いいね」情報がユーザー個人の特性を明示的に示すことは少ないということに加え、予想もしない形で「いいね」情報とユーザーの特性が相関しているという重大なことが発見されたのだ。
たとえば「カーリーフライ」と「セフォラ・コスメ」へのいいねは知性と相関し、またハローキティに関連する投稿へのいいねは政治思想と相関したりというもの。つまり「いいね」情報からユーザーの隠された特性を予測できてしまうというのだ。
この研究に関わった研究者らは、特定のソフトウェアを使えば、企業や政府だけでなくフェイスブックでつながりのある友達によって、政治思想や性的傾向などユーザーがシェアしたくない情報が簡単に知られてしまう可能性を警告している。
各ソーシャルメディアは、個人情報の取り扱いには十分注意しているはずだが、これまでに起きたデータ不正利用や流出、さらにはサイバー犯罪の増加を考慮すると、自分の情報は自分で管理し、守ることが重要だと気づかされる。
また上記で説明したようなソーシャルメディアと心理学分野の研究がどこまで進んでいるのかを知ると、自分のデータをどこまで公開すべきか、それを考えるきっかけになるのではないだろうか。
文:細谷元(Livit )