頭に描いた通りの洋服に出合うと心が踊る。今すぐ会計を済ませたい気持ちを抑え、その服を着た自分を想像しつつ試着室で袖を通す。

すると、鏡に映るのは袖から中途半端に腕がはみ出した姿。コンプレックスの広い肩幅もより一層立派にみえる。標準より大きな身体に生まれた自分を少し恨みつつ、様子を伺う店員さんの明るい声に、「サイズが合わないみたいで…」と答える。

いわゆる“標準サイズ”でない人なら、誰もが一度は同じ経験をするのではないだろうか。

「ちょうど良い洋服がないなら、自分たちで作ろうと思ったんです」

そう語るのは、Sサイズ女子向けの洋服ブランド『COHINA』の創業者、清水葵氏と田中絢子氏だ。彼女たちも「自分の身体にあった服がない」と悩まされてきた当事者だった。

二人が手がける『COHINA』は「小柄な人の味方になれるようなブランド」として2018年1月にオープン。低身長女性から熱い支持を受け、順調に売り上げを伸ばしている。

“低身長女性”という決して大きくはない市場を選んだ二人は、一体どのようにブランドを育てていっているのか。その舞台裏を探るために、『COHINA』のオフィスを訪れた。

左・田中絢子氏 右・清水葵氏

「小さい」という二人の共通点から生まれたビジネス

ともにビジネスに取り組む二人は、高校時代からの友人。別々の大学に進学するも定期的に会う仲だったという。二人とも、課外活動や留学、インターンなど、活発な学生生活を送る。

彼女たちに共通していたのは“何か新しいことをやりたい”という思いだった。

田中氏「二人で会うたびに、お互いが関心あることについて話をしていたのですが、中でも盛り上がったのがアパレルブランドの話でした」

清水氏「アパレルブランドについて話す中で、低身長の女性向けブランドの話題になりました。『身長』はお互いの共通点でしたから」

身長が低い人々が抱える課題はサイズだけに限らない。低身長の女性向けの洋服はデザイン面でも選択肢が限られる。

田中氏「レースやフリルのあしらわれた可愛らしいデザインや、いわゆる“ギャル系”の服が多く、シンプルで洗練された大人向けの洋服は少ないんです。あるいは値段が高くて手が届かない場合がほとんどでした」

清水氏「洋服はサイズが大きくても着ようと思えれば着られます。なので、『フリーサイズ着ればいいんじゃない?』と、言われてしまうこともありました。なかなか、課題が認識されていなかったんです。

けれど、当事者である自分たちには絶対的なニーズがありました。同じ経験のある人が強く共感してくれたので、『求めている人がいる』という自信もある。挑戦して後悔はないだろうと決意したんです」

『COHINA』のアイテム。どれもベーシックだが洗練されたデザインが印象的だ。

海外のD2Cブランドがくれた“必ず刺さる”という自信

標準サイズ以外に特化したブランドは、市場規模が限られる。それゆえ、アパレル業界の“薄利多売”なモデルで収益を上げるのは難しい。しかし、田中氏と清水氏はニッチな市場で成功を遂げる「D2C(Direct to Consumer)ブランド」に可能性を見出した。

D2Cブランドとは、自社のみで企画から製造、販売までを行うブランドだ。間に入る業者を省き、販売もECサイトを中心に行うため、製造や販売にかかるコストを抑えることができる。

海外ではD2Cブランドがニッチな市場をターゲットにビジネスを展開し、事業を成長させる事例が増えている。

清水氏「たとえば、D2Cブランドの『Everlane』は、原価を公表し適正価格で提供するという徹底した透明性というポリシーを持って、製品開発から販売までを行なっています。この『透明性に共感してくれる人』は、従来のアパレル業界のモデルなら小さすぎる市場です。ですが、製造する商品数を抑えて利益の確保できる価格で販売するモデルを採っているため、ビジネスとして成り立つ。このやり方なら『低身長向けのブランド』も実現できるのではと考えたんです」

田中氏「以前わたしがインターンをしていたスキンケアブランドの『kinema』も、『誰かのものすごく欲しい!困った!の解決』を掲げ、特定のターゲットに確実に刺さるプロダクトを展開していました。そうした事例を間近で見ていたので、自分たちがほしい洋服を追求することは、決して非現実的な選択ではないと判断しました」

初めての服作りでも、譲れないこだわり

コンセプトが決まり、プロジェクトが立ち上がったのが2017年8月。そこから、彼女たちは3ヶ月でブランドのプレオープンまで走りきった。アパレル業界に一切経験がないなか、どのように情報を収集し、商品開発を進めていったのだろうか。

清水氏「用語や基礎的な知識はインターネットで調べればいくらでも出てきます。ただ、型紙づくりや、縫製は誰かに依頼しなければいけない。けれど、選ぶ基準さえもがわからなかったので、友人のツテをたどって探したり、専門家に時間単位でアドバイスをもらえるウェブサービスを利用したこともあります」

田中氏「振り返ると非効率なやり方をしていたことも多かったと思います。立ち上げに携わったメンバーにアパレルに詳しい人もおらず、走りながら進んでいった感じでした」

「あの時期は人生で一番働いたね」と顔を見合わせ笑う二人。あらゆることを自分たちの手で進めていき、服のデザインも自分たちで磨き上げていったという。

清水氏「シルエットやバランス、サイズ感は特に大切な要素だったので、徹底的にこだわりました。実際に型紙やサンプルを着ながら、『ここはもう3cm小さく』とか『丈をあと1cm短く』といった細かなフィードバックを繰り返し型紙へ反映していきました。専門知識がないわたしたちでも、身につけながらならであれば的確に指示ができる。自身が抱えていた課題だからこそ、的確にユーザーのニーズへ落とし込んでいきました」

『COHINA』で初めて作ったアイテムであるセットアップ。トップスの丈にもこだわっている。

想い描いた洋服をゼロから形にしていくプロセスを通じ、二人の間には「一定のクオリティの服を手の届く価格で届けたい」という譲れない軸が明確になっていった。

清水氏「大量生産する予算を確保するのは難しかったので、どうしても一着あたりの単価は高くなってしまう。けれど、自分の手に届かないような値段もつけたくないし、低価格な素材で妥協することもしたくなかった。

値段と質のバランスも、いち消費者としての感覚を大事にしました。一番初めに作ったセットアップも、利益率は少し下がってもいいから、何とか10,000円以内には収めるようにしたんです」

田中氏「『これなら10,000円払っても大丈夫』と思えるものをつくりたい。ユーザーにとっては、いつもの予算よりちょっと高くなったとしても、『COHINA』で買う理由がデザインに反映されていれば、きっと手に取ってくれるはずと思っています」

「わたしのおしゃれ人生変わった」、絶えず届く共感の声

11月のプレオープンの日に投稿されたブログには「身長なんて関係なしにもっとお洋服を楽しみたいのに、これまでは選択肢か少なすぎました」と綴られている。

「身長に関係なく洋服を楽しみたい」という等身大の『COHINA』のメッセージを、二人はSNSを通じて確実に届けようとした。

清水氏「Instagramでは、身長が低くてファッションが好きな女性は、『低身長女子』といったタグだけでなく、『150cm』といった身長別のタグ付きでコーディネート写真を投稿している人が多い。『COHINA』で投稿をする際も、彼女たちの使っているタグは網羅するようにしています」

田中氏「大手のアパレル企業のようにマス向けに広告を打つのは難しいからこそ、SNSではほかのプレイヤーを超える反響を得なければという意識がありました。ありがたいことに、プレオープン時には『こういうブランド待ってた』という声が想定以上に沢山寄せられました。今でもInstagramTwitterに感謝の想いが綴られたメッセージが届くこともあります」

SNS上の反響だけでなく売り上げも順調だ。年が明けてからは確実にずつ成長を重ねている。特に注目すべきは、そのリピーター率の高さにある。

清水氏「新規顧客の純増ももちろんですが、一度買った人がまた買いに来てくれるんです。1月からのわずか3ヶ月の間でも想像以上に多くの方がリピーターになってくれました。毎日Instagramでライブ配信をしているのですが、『COHINAに出会っておしゃれ人生変わりました』といったコメントをいつも送ってくださる方が複数います。最近ではファンの方の中に『COHINA貧乏』なんて言葉もあるみたいです(笑)」

毎日、COHINAのアカウントで実施しているInstagramのライブ配信には、視聴者から「あれを着てみてほしい」といった要望も寄せられる。二人はまさに「バーチャル試着のような状態だ」と笑う。

田中氏「『私は絢子さんと同じ身長なので田中さんに着てみてほしい』とリクエストが届いたり、『スニーカーに合わせるとどうですか?』といったコーディネートが提案されたりすることもあります。毎回、配信時には何回も着替えて、コーディネートを試しています。私たちが普段見ているインスタグラマーさんのライブコマースとは全然違うんですよね(笑)」

清水氏「ライブを見ている人はちゃんとリアリティのある情報がほしいんだなと実感しますね。小柄だとファッション雑誌のモデルや店舗に並ぶマネキンって本当にリアリティがない。実際『COHINA』ではインフルエンサーの方が出演した方が反応が鈍ることもあって…。いつもわたしたち二人や、同じくらいの身長の友達を呼んで配信しています」

取材当日も配信されていたインスタライブ。短い時間で何度も服を着替えていた。

リアル店舗に海外展開、見据える未来

ファンとの密なやりとりを弾んだ声で語る二人。今後の『COHINA』がどこに向かうのかをたずねると、短期的な目標から長期的なゴールまで「やりたいこと」はまだまだ沢山あるようだった。

田中氏「直近で注力したいのはポップアップ店舗で、現在企画を進めています。2018年3月に開催したリアル試着会イベントでは、3月では珍しい雪の日にもかかわらずたくさんのお客さまが訪れてくださいました。実際に手に取ってもらう機会は継続してつくっていきたいですね」

清水氏「あとは海外進出。SNSでは『日本語はわからないけれどいつも見てます』とコメントをくれる方も多いんです。欧米だと小柄な女性の着られる服は少ないので、彼女たちにも『COHINA』の洋服を手に取ってもらいたい。あとは男性から『メンズもほしい』と言われることも増えてきたので、いずれ男性向けの商品も作ってみたいですね」

二人は「ほしいものをつくる」ために必要なビジネスモデルを冷静に見極め、愚直に手を動かし続ている。

二人に今後の展望を伺うと「国内D2Cブランドの成功例になれたら嬉しい」と述べる。『COHINA』が順調に事業を伸ばしていけば、低身長のみならず高身長やプラスサイズなど“標準サイズ”から外れた人を対象としたブランドも増えていくのかもしれない。

D2Cモデルの成功例としてCOHINAの名が知れることで、彼らと同様“小さな課題”にアプローチしてくれるプレイヤーが増えていくことが期待されるだろう。

「自分がほしいものじゃなかったら続かなかったよね」

取材のあと、怒涛の日々を噛みしめるように、そっと口に出した言葉が印象的だった。マスに埋もれていた小さな「ほしい」を形にすることがビジネスとしての成功へつながるかもしれない。『COHINA』はそんな新たなビジネスの可能性をわたしたちに示している。

Photographer: Kazuya Sasaka