「30代で退職し、後は好きな事だけで生活する」という考えが、一部ミレニアル世代の間で絶大な支持を受けている。

「FIRE(Financial Independence, Retire Early=経済的に独立、早期に退職)」と呼ばれるこの動きは、かつて金融やテック業界で高給を稼ぐ人たちにかぎられたものだったが、昨今は教師、看護師、ファストフード店の従業員などにも広がっている。


教師だったジョーとアリーは30代前半でリタイアし、現在は幼い娘を連れて世界旅行を楽しんでいる(写真:ブログ「Adventuring Along 」より)

収入の8割を貯蓄に

学校の教員として働いていたジョーとアリーは、30代前半で貯蓄が100万ドル(約1億1,000万円)に達し、早期退職した。彼らは現在、幼い娘を連れ、世界旅行を楽しんでいる。

さほど給与が高くないにも関わらず、短期に多額の貯蓄ができた理由は、倹約生活と不動産への投資。約40平米の家に住み、収入の75%を貯蓄に回したほか、2007年当時、バブル崩壊で下落したラスベガスの不動産に投資したことが奏功した。早期退職した現在も、年間支出を2万ドル(約220万円)に抑えている。「考え方を変えて、今持っているもので幸せを感じること」が倹約生活のコツだという。

ITプロジェクトマネジャーのジェイソンとマーケティングマネジャーのジュリーは、43歳でリタイア。現在は北アフリカやヨーロッパをキャンピングカーで旅しながら生活している。預金残高は3万ポンド(約4,500万円)、年間支出予算は1万5,000ポンド。不動産賃貸、配当、利息などのキャッシュフローで生活費を賄っているという。

また、1日2時間程度をブログの更新に充てており、その広告収入や出版した書籍の売り上げによる収入もある。ジェイソンは早期退職について、「反対意見の波の中を泳ぐようなもの」とコメント。もし本当に取り組むなら、自信を持って進めること、そしてファイナンスの勉強をすることをアドバイスとして挙げている。

ジェイソンとジュリーのブログ 。キャンピングカーでの旅の生活を綴っている

一方、サンフランシスコ在住のケヴィン(28歳)は、年間16万5,000ドル(約1,800万円)を稼ぐシステム・エンジニア。生活費の高い都市でも「まともな生活」を送れる収入だが、彼のライフスタイルは極めて質素だ。家賃は800ドルで5ベッドルームの家をシェアし、週5日は豆と米を食する。週2日は外食や社交に当てているが、予算は20ユーロ。1カ月の支出は1,120ドルに抑え、残りの7,600ドル(収入の85%)は貯蓄に充てているという。

貯蓄した資金は投資し、4年間の貯蓄と投資リターンですでに38万ドル(4,200万円)を貯めた。2022年までに貯蓄目標の80万ドルを達成したら、もっと生活費の安い土地に引越し、大好きなチェロを弾いたり、ボランティア活動をしながら暮らしていきたいという。

ケヴィン「経済的な独立の目的は人生をチェックアウトして生活を止めることじゃない。ただ、自分が選んだことに取り組む自由を得たい。方程式からお金を差し引くと、自分の時間をもっと大事な事に使える。自分自身や社会のために」

人気ブロガーが「FIRE」ムーブメントの火付け役


FIREムーブメントの第一人者「Mr.マネーマスタッシュ」。彼は30歳でリタイアした(写真:Mr.Money Mustacheのフェイスブックより)

この「FIRE」ムーブメントの第一人者として知られるのは、「Mr.マネーマスタッシュ
」と呼ばれるカナダ人男性(48歳)。

ソフトウェアエンジニアだった彼は30歳でリタイアし、倹約生活のコツや家計管理、投資、税金などの情報をブログで発信し、ミレニアル世代を中心にFIREを目指す人たちの支持を受けている。ブログを始めたきっかけとして同氏は、「友だちや昔の同僚が相変わらず腐っていて、現在のミドルクラスの生活がどんなに大変かを嘆いていた」ことを挙げ、「ライフスタイルが愚かなほどに高くつくものになっているのに、皆はそれを完全にノーマルだと思っている。それで自分の自由を買うお金がなくなると、今度はうんざりする」と語る。

Mr.マネーマスタッシュは「倹約は解放であり、剥奪ではない」をモットーに、収入の増加よりも支出の削減で、貯蓄率を上げることを推奨。彼自身、毎年の引き出し額を総資産の4%に抑えるという「4%ルール」を適用し、貯蓄の投資リターンで生活を維持している。年間の支出額は家族3人で2万4,000ドル(260万円)に抑えているが、4ベッドルームの快適な家に住み、BMWを運転し、休暇には家族旅行を楽しんでいる。質素であることと生活のクオリティを保つことが両立することを身をもって実践しているところがファンの支持を集めるゆえんだろう。


マッド・フィアンティストも経済的独立を目指す人たちをブログやソフトウェアでサポート(Mad Fientistホームページより)

マッド・フィアンティスト」も経済的独立(FI)を目指す人たちの間で人気のブロガー。34歳でFIに達し、ソフトウエアデベロッパーとして勤務していた職場を去った。彼は早期にFIを実現した先駆者たちのインタビューを配信したり、FIを目指すための財務管理ソフトウェアを提供したりしている。

マッド・フィアンティストによると、FIに到達するのに必要な貯蓄額は、年間支出額の25年分。1年に4万ドル(440万円)を支出する場合は、100万ドル(1億1,000万円)を貯蓄できた時点でリタイアできるという計算だ。安全な引き出し比率としては、彼もまた「4%ルール」の適用を推奨している。ただ、FIに到達する目的については、「リタイアすることではない」と言及。「上司に言われたことでなく、自分にとって重要で楽しいことに取り組むことだ」としており、実際にFIに達した後も、リサーチやブログ更新などに忙しくしている。

ミレニアルがFIREを支持する理由


ゴールドマンサックスの調査で、車を持つのは「非常に重要」と答えたミレニアル世代は15%にとどまった

FIREがミレニアル世代の間で特に支持されている背景には、同世代が育って来た経済環境が大きく影響しているとみられる。現在18~31歳のミレニアル層は、不動産バブルの崩壊や世界経済危機の中、常に経済的に厳しい状況に置かれてきた。特に30代前後の層では多額の学生ローンを抱える一方、就職時には不景気に見舞われ、十分な貯蓄がない人が多い。また、経済危機で両親が失業に追い込まれたケースもあり、FIを目指す25歳の女性は両親があくせく働いて苦労している姿を見て、「従来の就労システムから逃げ出したいと思った」と述べている。

就労機会と収入の減少、そして債務増加に直面しているミレニアル世代は、家や車も買い控える傾向が強い。ピュー・リサーチ・センターの調べによると、18~31歳の層で家を持っている割合は、1968年に50%以上だったのが、2012年には20%に減少している。またゴールドマンサックスの調査では、ミレニアル世代で「家を買うのは非常に重要」と考えている人が全体の4割にとどまったほか、3割が「車を買う計画がない」と回答。「車は重要だが優先度合いは低い」と答えた人も25%に上った。

一方、『ビジネス・インサイダー』によると、MSNの調査で米国のミレニアル世代のうち67%が「65歳までにリタイアしたい」と考えていることが分かった。現在、1960年以降に生まれたアメリカ人が公的年金を満額で受給できる年齢は67歳だ。しかし、バンク・オブ・アメリカの2017年の調査 によると、ミレニアル世代の35%が「十分な貯蓄がない」ことをストレスと感じており、お金に関するストレスの中で最も割合が高いことが分かった。

収入や貯蓄は少ないが、早めにリタイアして伝統的な職場の呪縛から逃れたい――というミレニアル世代の矛盾した状況が浮き彫りとなる。一方で、苦しい経済環境を生きてきた上で、質素な生活は厭わない傾向にある。倹約生活で経済的独立を目指す「FIRE」ムーブメントは、彼らのライフスタイルや考え方に合致した動きと言えるのかもしれない。

文:山本直子
編集:岡徳之(Livit