昨年11月の予約スタートからしばらく経ち、デザインが一新された「ZOZOSUIT」を受け取って興奮する消費者の声をSNS上でチラホラ見かけるようになった。
ファッションとテクノロジーがここまで分かりやすい形で融合した商品はこれまでなかったのかもしれない。一方、プロスポーツの分野においては、データに基づいたデザインというのはかなり前から研究対象となってきた。
例えば、陸上選手や野球選手にファンの多いミズノでは、走行時の動作を解析したり足圧を測定したりして、科学的なデータをもとに選手のスパイクを開発している。ただ、あくまでそれはプロの世界の話でしかなく、これまで一般消費者には手の届かない存在だった。
しかし今、その状況が変わりつつある。有名スポーツブランドのナイキとアディダスは近年、データをスタート地点にした商品の開発に力を入れている。「データ・ドリブンアパレル」とも言えるこれらの商品は一体どんなものなのだろうかーー。
ナイキの新コレクションのテーマは「データ × デザイン」
ナイキは先月、アスリートのデータをもとに開発されたトレーニングウェアから成るコレクション「Nike x MMW Collection」を発表。7月12日から販売がスタートするこのコレクションは、昨年発表された「Advanced Apparel Exploratioon(A.E.E.) 1.0」を発展させたものだ。
NIKE A.A.E. 1.0 Tシャツ(同社のウェブサイトより)
A.E.E. 1.0は、ナイキがこれまでサポートしてきたプロスポーツ選手の体の動きや体温などのデータを軸に、都市生活で求められる機能性や自然な動きが追求されたアイテムで構成されており、特に単一素材でできた高性能Tシャツが話題を呼んだ。
そして、このたび発表されたMMW Training Collectionを通じて、同社はデータという土台にストリートファッションの要素を追加したトレーニングウェアを提案しようとしている。
同コレクションのデザインを担当するのは、米ストリートウェアブランドAlyxのオーナー兼デザイナー、マシュー・ウィリアムズ(Matthew M. Williams)氏。彼はAlyx設立以前、Lady GagaやKanye Westといったファッションアイコンのクリエイティブディレクターも務めていた。
Nike x MMW Training Collection
ナイキのアパレルデザイン部門VPのカート・パーカー(Kurt Parker)氏は、プレスリリースの中で「トレーニングウェアのデザインは、使用目的に100%沿った形で作られている」と語った。だからこそ、ストリートファッションという新しい風が必要、ということなのだろう。
デザイナーのウィリアムズ氏自身も「データのおかげで新しい視点が得られ、デザインの幅が広がった。データと感情ーーこの2つをコントロールしながら行うデザインは楽しい」と語っている。
データ自体にはそこまで大きな意味はなく、それをどう活用するかでデータの有用性が大きく変わってくるというのは、まさに「テクノロジー的」な考え方といえ、デジタルネイティブなミレニアル世代にあたるウィリアムズ氏ならではと言えるかもしれない。
ライバルのアディダスはスニーカーに注目
一方、ナイキのライバルと言えるアディダスが現在取り組んでいるのは、データ・ドリブンな「スニーカー」の開発だ。
もともと同社は先端テクノロジーの採用に積極的で、今年のはじめにはシリコンバレーの3Dプリント企業Carbonとのコラボレーションから誕生したスニーカー、Futurecraft 4Dをニューヨークの旗艦店で限定販売し、300ドルという高値にもかかわらず、すぐに完売となった。
そして現在彼らが力を入れているのが、「AM4 (Adidas Made For)」と名付けられたランニングシューズのシリーズだ。こちらもナイキと同様に、開発のスタート地点はランナーの動きを計測したデータなのだが、興味深いのは、彼らがランナーだけでなく走る場所まで勘案しているということ。
「AM4」というフレーズの後には、世界の主要都市の名前が入るようになっており、これまでにロンドンモデルのAM4LDN、パリモデルのAM4PAR、ニューヨークモデルのAM4NYCが販売された。そしてこれら3モデルに加え、これからさらにロサンゼルスモデルのAM4LA、上海モデルのAM4SH、そして東京モデルのAM4TKYのリリースが予定されている。
東京モデル「AM4TKY」のデザインは未だベールに包まれている(アディダスのウェブサイトより)
AM4LDNとAM4PARは、2015年にアディダスの故郷ドイツでつくられた「SpeedFactory」と呼ばれる工場で製造されている。SpeedFactoryはAM4のように従来のスニーカーに比べ販売数が少ないモデルを想定してつくられた工場で、オペレーションの大部分は自動化されており、今後は世界各地にSpeedFactoryを建設し、スニーカーの「地産地消」を目指すのだという。実際に今年の4月にリリースされたAM4NYCは、去年アトランタにできたSpeedFactoryで製造されたものだった。
アディダスでグローバルブランド戦略担当VPを務めるジェームズ・カーンズ(James Carnes)氏は、Quartzの取材に対し「通常新しいモデルは、5〜10万足の販売が見込めるようになってからローンチされるが、これは古いやり方だ」と語る。
ドイツ・アンスバッハにあるアディダスのSpeedFactory(同社のプレスリリースより)
同社のプランが実現すれば、店頭で足のサイズや動きを計測した後に、自動的にデータが近くのSpeedFactoryに送られ、ロボットがあなたにぴったりのスニーカーを作ってくれる、という未来もありえるかもしれない。
キーワードは「ゆるいパーソナライゼーション」
大量生産された商品に囲まれて生まれ育ったミレニアル世代を中心に、パーソナライズされた商品を求める消費者の数は増えている。Deloitteの調査によれば、ファッションアイテムに関してパーソナライズされた商品を求める人の割合は全体で40%前後、さらに16〜39歳に対象を絞るとその数は半数近くなる。
また、オンラインショッピングサイトやマーケットプレイスの登場、さらにはスマートフォンの高機能化により、今ではわざわざ店舗を訪れなくても手元で簡単に何千、何万という数の商品を比較できるようになった。
その一方で、アメリカの心理学者バリー・シュワルツ氏が言う「選択のパラドックス」のように、必ずしも選択肢の多さが満足度につながるわけではないというデータも存在する。だからこそ、Amazonのオススメ商品のようなパーソナライズ化されたショッピング体験を求める人が増えているのだろう。
そう考えると、本稿で触れたナイキやアディダスの商品のように、好きなアクティビティや趣向ごとのグループに属する人たちを対象とし、データを根拠にゆるくパーソナライズされた商品こそ、まさに現代の消費者が求めているものかもしれない。
文:行武温
編集:岡徳之(Livit)