近年、人びとの環境配慮の高まりから、人間の消費活動によって他の生き物にかかる負荷が社会問題としてより広い層に認識されるようになってきた。環境汚染により年々多くの動物が住処をなくし絶滅の危機に瀕するなど、人間の消費活動によって多くの動物が問題に晒されている。
「動物園」もその一つ。人間の余暇のために動物たちが野生本来の生活とは遠くかけ離れた生活を強いられ、それが動物たちのストレスになっていることは広く知られている。このままでは動物園へ行くという行為、またはその存在そのものがネガティブなものになりかねない。われわれは今、動物園の今後の在り方、ひいては動物との関わり方を根本から見直さなければいけない時期に差し掛かっているといえる。
そんな中、建築のコンペティションプラットフォーム「archstorming」が2018年1月に主催したコンペは、「coexist: rethinking zoos(共存:動物園について再考する)」というコンセプトのもと、建築家たちに動物園の在り方を見つめ直すための提案を呼びかけており、結果これまでの伝統的なスタイルに囚われない新しいアイデアが多数寄せられた。
コンペのコンセプト「COEXIST:RETHINKING ZOOS」
そこに集まったのは「動物の福祉」、つまり動物の幸せにフォーカスしたアイデアの数々。その中の優秀な作品を通じて見えてくる「未来の動物園」像をお伝えする。
動物と来訪者、双方にとってよりよい動物園を目指して
archstormingは動物園の概念を再構築するにあたり「21世紀的な着眼点」を持った教育と科学的なリサーチを来訪者に提供できること、そして園内の全動物の多様性の保全と動物に対する福祉にフォーカスすることを求めた。
敷地は最近、改装予定であることを発表したスペインのバルセロナ動物園を想定しており、同園をリノベーションするためのアイデアが広く募られた。その中でarchstormingは「動物に対する福祉」として、
- 十分な食糧へのアクセス ー 各動物にあった十分な量の新鮮な食糧と水へがいつでも飲めること
- 快適な場所の提供 ー 休憩エリア、プライバシーエリアや日陰/日向、眠るためのシェルター
- 定期的な診察による痛みやケガ、病気とは無縁の生活の保障
- それぞれの種にあった野生本来の生活に近い環境の提供
- 恐怖や闘争との無縁 ー 動物たちに敬意をもったやり方でメンタルフィジカル共に健やかな生活を守ること
を挙げ、各動物にあった飼育方法・ケアに重点を置き、動物たちの個を尊重している。
従来の動物園の概念を覆す斬新なアイデアたち
優勝チームの作品「RE HABITAT」(archstorming公式Instagramページより)
優勝したのはタイのチーム。テーマは「RE HABITAT(居住地の再考)」で、動物がよりよい環境で過ごせることに重きを置いている。ポイントはこれまで人と動物とを隔てていた大きな柵を取り払ったことだ。
このチームは従来の動物園のようにフェンスで動物を囲うのではなく、動物園を都会の一部で人と動物は共存している場所として据え、自然な環境にいる動物を人が観察できるようなユニークな構成を考えた。柵の形状も工夫されており、より野生に近い状態で暮らす動物を近くで見ることができるようになっている。また来訪者には充実した教育的・科学的な知識を提供することはもちろん、アートや歴史といった側面からもアプローチするのだという。
優勝チームによるユニークな動物のエキシビション(archstorming公式Instagramページより)
続いての優秀作品はパリのユニットによる「this is not a zoo」。園内には動物のエキシビションや獣医学校、また研究室や会議室など色々な建物をまたぐ形で歩道を配置し、動物を見下ろす形で観察することができるようになっている。
「this is not a zoo」のイメージ(archstormingウェブサイトより)
3つめの入賞作品はトルコのチームによる「LIMIT」。このチームも園全体に来訪者用の橋を渡すというものだが、観る動物によって橋の高さやバリケードの形状などを変えているのが特徴。歩道の真下に垂れ下がる紐をサルが登れるようになっていたりと、各動物にあったエキシビションの構成になっている。
「LIMIT」のイメージ(archstormingウェブサイトより)
世界から注目される動物園
では、現存する動物園は果たしてどうか。頭上を見上げるとシベリアンタイガーが輪っか状になった柵の中を闊歩し、すぐ真横ではヤギが階段を駆け下りる・・・ダイナミックなエキシビションが有名な、アメリカ・ペンシルベニア州の「フィラデルフィア動物園」は今もっとも先進的だとして世界から注目を集める動物園だ。
同園を有名にしたのは、従来の動物園から脱却しようと実施されたプロジェクト「Zoo360」。このプロジェクトによる最も大きな功績は、今まで檻のなかで「捕らえられていた」動物を解放したことだとチーフオペレーティングオフィサーのAndrew Baker氏はTimes誌に語る。動物たちはこれまでのような狭い檻の中で飼われているのではなく、自由に走り回ることのできる広大なスペースを与えられ、来訪者はのびのびと生活する、より野生に近い動物の姿を目にすることができるのだ。
例えば「ミーアキャットメイズ」では迷路のように配置された輪っか状の網の中をミーアキャットが自由に動き回っており、来訪者はそれに沿うようにして作られた歩道から目と鼻の先の距離で観察することができたり、他にもオランウータンやサルなどがステンレスの散歩道を歩いている様子を間近で観ることができると好評だ。
ミーアキャットメイズ(フィラデルフィア動物ウェブサイトより)
また来訪者がより深く動物について学べるようにと、同園のアプリで動物について詳しい説明を見ながら園内を回れるサービスも提供している。
動物園の始まりは18世紀から19世紀に珍しい動物を捕獲し展示して、自国の権力を誇示するために作られたのが始まりだというが、世間の意識の高まりもあり、その存在意義はようやく変わろうとしている。これまでの動物園の概念を根本から変える新しい動物園のかたち。人と動物たち双方にとってよりよい未来を作るための「未来の動物園」の実現が待ち遠しい。
・文:橋本沙織
・編集:岡徳之(Livit)