社会支援を実業につなげる方法とは?ANAの社会起業家支援プログラム「BLUE WING」の設立背景から紐解く

ANA BLUE WING 崔正訓

東京はいま、スタートアップにとって恵まれた環境にある。エコシステムは充実し、資金調達もしやすくなった。

しかし、それでも起業にはリスクがともない、使えるアセットも限られる。対して、企業内のアセットを使い、新たなビジネスを立ち上げる企業内起業を行う“イントレプレナー”たちにいま注目が集まっている。彼らは企業の中で、安定した地盤を元に新たなビジネス作りにチャレンジし、企業もそこから利益を得ているのだ。

ANAが2014年に始めた社会起業家支援プログラム「BLUE WING」は、企業内起業的要素を持ったプロジェクトだった。プロジェクトを立ち上げた深堀昴(ふかぼり・あきら)氏は社外での活動からヒントを得て企画を進め、約4年の歳月をかけて実現した。

今回は昨年10月に、その深堀氏からプロジェクトを引き継いだマーケットコミュニケーション部の崔正訓(ちぇ・じょんふん)氏に話を聞いた。

BLUE WINGが実現するものとは

BLUE WINGは、ANAがアショカ・ジャパンと提携して行っているプログラム。同団体が支援している活動家の中から数人を「チェンジメーカー」に選定し、彼らが移動する際のフライト費用を支援しようというものだ。

ユーザーは、BLUE WINGのサイトで航空券を購入する、マイルをドネーションする、SNSでシェアするという三つのアクションをすることで、チェンジメーカーへのフライト支援を行うことができる。

サイトをみると、それぞれのチェンジメーカーのストーリーや活動レポートが紹介されており、それを読んで共感したらスムーズにサポートへと進めるようになっている。ANAは、なぜこのような活動を始めることになったのだろうか。

「前提にはANAとして『世界の人々に夢と感動を届け、世の中を良くしていきたい』という思いがあります。その上で、深掘が、グローバルで社会貢献活動を行う起業家たちにとって移動の費用が大きな課題になっているということを知ったんです。ANAは移動手段を提供する会社。何かできることはないかと支援プログラムを発案しました」

深堀氏がこのプログラムを考えつくきっかけとなったのは、2010年に参加したイベントからだった。そこでアメリカの非営利団体のリーダーから活動を行う途上国への移動費用が課題だということを聞き、BLUE WINGのプロトタイプとなるアイデアを思いつく。

ただ、深堀氏がプログラムを実現させるまでには4年もの歳月がかかった。そのストーリーも非常に興味深い。

社内プロジェクト立ち上げの難しさ

BLUE WINGのアイデアを思いついた当時、深堀氏はエンジニア部門にいた。自分の部署で取り組むことは難しいと考えた深掘氏は、アイデアをCSR部門に提案する。しかし、社会貢献活動に対して経済的リターンを求めるのが難しいという理由で提案は受け入れられず、今度はマーケティング部門へ相談。今度は「CSRの内容では」と言われた。

深掘氏がさまざまな部署を回る中、部門のリーダーが変わったこともある。その度に調整をし直さなければならず、大企業内で部門を横断してプロジェクトを立ち上げる際の困難の一つは人事異動にもあると感じたという。

最終的に深堀氏自身は、社内の有志活動「バーチャルハリウッド制度」でメンバーを募る。これはANAグループが2004年から社員の自主提案活動として行っているもので、所属の枠を超えてメンバーがチームを作り活動を行うもの。深堀氏はここで26人のメンバーを集め、1年後、ついにBLUE WINGの立ち上げに成功する。

深堀氏は約4年にわたって自身の業務をこなしながら、新たなプロジェクトの立ち上げを行った。相当に困難な道程だったことは想像に難くない。深堀氏を突き動かしたのはひとえに社会貢献活動への思いだった。

「社会貢献につながるし、事業の成長にもつながる活動ゆえの判断の難しさもあったと思います。入り口は社会貢献ですが、成果はマーケティング的に見たほうがわかりやすい。結果的には、マーケティングを担当する部署で取り扱う形となりました」

企業においては何かを行うのであれば、そのプロジェクトが企業にどのような価値をもたらすか、どのようにその価値を計測するかを明確にしなければいけない。BLUE WINGの場合、目的は社会貢献にあるが、その価値はマーケティング的に計測することで価値を提案しやすくなった。

実際、崔氏が現在取り組んでいるのは北米マーケットのブランディングと宣伝。その一環としてBLUE WINGにも取り組むことが求められている。

どれだけ社会貢献につながったかが、そのままマーケティング的な価値に

BLUE WINGはANA内である程度独立したプロジェクトとして定義されている。

「マーケティング部は、国内やアジア、北米と担当が分かれています。ただ、BLUE WINGはグローバルなプロジェクト。かつ独自のSNSアカウントを持っており、独自で発信できる領分が大きい。マーケティング領域の中でもかなり自由度高く動かせてもらっています」

これは、プロジェクトの独特な出自による部分もあるが、社会貢献という特殊なイシューを扱っていることも起因しているだろう。ただ独立しているとはいえ、結果は求められる。プロジェクトの成否はシビアに成果を測られる。

「SNSにおけるファン数やコンテンツのリアクション数に加え、どれくらいの支援額がたまったのか、増加したのかという間接的なデータから総合的に計測しています。一般的にマーケティング施策と、評価軸はほぼ変わりません」

ほかの施策と同様成果が求められるBLUE WING。ただ逆にいえばそれだけの成果につながっているともいえる。活動が盛り上がり、より多くの人から認知され価値提供につながるほど、マーケティングとしても結果につながっていく。どちらの価値も同時に提供できるのがこのプロジェクトのユニークさであり、素晴らしさだ。

崔氏の話を聞いていて、深堀氏から崔氏へとプロジェクトを引き継いだというのも実は非常に優れた施策だったのではないかと思った。なぜなら、崔氏ほどANAの海外での知名度アップに情熱を燃やす人材はいなそうだからだ。

「ANAに入社したのは去年の4月なんですが、それまでは商社に勤め、出張でもプライベートでも必ずANAを利用するANAファンでした。ただ海外でどの便で帰るのかと聞かれ、ANAと答えるとあまり知らない人も多い。その経験から、ANAのよさをもっと海外に広めたいと思っていました」

深堀氏の情熱がBLUE WINGを生み出したわけだが、崔氏の情熱はそれを大きく育てることになるのではないか。スタートアップでは、0から1を生み出す創業者と、会社を1から10に育てる経営者でその適性や情熱が異なると言われることがあるが、深堀氏と崔氏の関係もそれに似ているのかもしれない。

Endevorへの支援開始が意味するもの

BLUE WINGは昨年11月、Endevor(エンデバー)へのフライト支援の開始を発表した。Endevorは、起業家を支援するコミュニティだが、その起業家は必ずしも社会起業家とは限らない。社会起業家支援を掲げてきたBLUE WINGがなぜこのような提携をすることになったのだろうか。

「Endevorは経済が良くなることで世界が良くなると考えて起業家を支援している団体です。そこと新しいパートナーになることで、わかりやすい意味での社会貢献からテーマを広げるという意図もありました。現在、BLUE WINGがチェンジメーカーとして選定している社会起業家は、一般の方にも理解しやすい活動をされている方を意図的に選んでいます。社会貢献にはいろいろな形がありますが、まずは共感を得やすいものを選んでいるんです。ただ、今後波及させていくためにはもっとテーマや支援先を広げていかなければいけないと考えています」

2018年度からはさらに形を変え、より多くの人へ、より価値のある支援をできるよう取り組んでいく予定だという。賛同者として特に狙うのは、ミレニアルズだと崔氏は語る。

「国内では、日本で起業している方の活動や、面白いコンテンツをSNSで発信し、記事を通じてBLUE WINGを知ってもらおうという施策を展開しています。そこに、オンラインで積極的にリアクションをしてくれるミレニアルズを巻き込んでいきたい。チェンジメーカーもANAが決めるのではなくて、候補を挙げクリック数が一番多かった人を支援先に決めるなど、ユーザーとともに作るBLUE WINGの形を模索したいと考えています」

社会に対して高い意識を持つミレニアルズにとって、社会貢献につながる活動に携わっていることは、多様な企業の中から積極的に選択する理由になることは間違いない。社会貢献活動に力を入れることが、結果的にミレニアルズへのマーケティングにも寄与する。しかも、単なるツールではなく、直接的に「世の中を良くする」ことへとつながるものでもあるのだ。

このプロジェクトはANAの「移動手段を提供する」という特性が社会起業家の困りごととマッチしたことで形になったが、社会起業家の困りごとはほかにもたくさんある。そこをキャッチし価値を提供すべき部分はまだまだ存在するだろう。そのサポートは大きなアセットを持つ大企業だからこそ、なせる部分も少なくない。

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