“顧客体験のパーソナライズ化”が叫ばれている。
パーソナライズ購買体験の代表的な例としては、しばしば「Amazon」のレコメンド機能が挙げられる。顧客ごとに最適な商品提案を行う体験は、競合他社に顧客を奪われない重要な要素となり得る。
今では「Amazon」のように、大衆に向けてトレンド商品や既製品を大量販売する手法から、各顧客のニーズに合わせて商品やサービス提案を行う時代へ変わりつつある。本稿では、このような次世代における一連の購買プロセスを「顧客体験2.0」と呼ぶことにする。
「顧客体験2.0」時代で重要なポイントなるのが2点。データの獲得法と活用方法だ。この2点を踏まえ、小売とヘルスケア市場を中心にいくつか企業事例を出しつつ、「顧客体験2.0」の最新事例を紹介していきたい。
フィードバックによる、さらなるパーソナライズ化と商品改善を行う「LeTote」
顧客データの収集方法はいくつか存在するが、最も一般的なものがアンケート方式であろう。2011年頃から始まった月額洋服レンタルサービスのトレンドとともに、アンケートはさかんになった。
洋服レンタルサービスを利用する顧客は、オンライン登録時にいくつかの質問に答える。専属スタイリストは、回答情報を参考に5-6点の洋服やアクセサリーを選択し、専用ボックスに詰めて顧客へ届ける。
顧客は届いた商品を1カ月間レンタルできる。購入したいものはそのままキープ、返品する際は同封されている支払済郵送ラベルを配達されたボックスに貼り付け、そのまま近くの郵便箱から配送するだけ。
この分野で最も有名なスタートアップは「LeTote(ルトート)」だろう。同社の強みは、毎月顧客から送られてくるフィードバックを活用する点である。
顧客は返品後に商品評価を行う。各商品を「Like or not(好きであったかどうか)」、「Fit or not(サイズは合っていたかどうか)」の簡単な質問を通じて評価する。こうしたデータを収集することで、翌月以降に提供する洋服キュレーションの精度を高める。
同時に、提携業者へのマーケットデータの獲得へもつながる。「LeTote」に洋服を卸す企業は、たとえば商品化前の洋服が市場でどのようなリアクションを受けるのか実証実験できる仕組みだ。
「LeTote」をマーケティングプラットフォームとして活用することで、より市場トレンドに合った製品開発が可能となる。パーソナライズデータを二次活用する好例である。
AIを活用した高精度パーソナライズ提案を行う「Stitch Fix」
「LeTote」の競合として頻繁に名を挙げられる企業が、ニューヨーク拠点の「Stitch Fix(スティッチフィックス)」である。同社はニューヨーク株式市場「NASDAQ」への上場を果たした。
「Stitch Fix」の強みは、AIを積極活用したパーソナライズ化にある。サービス体験は「LeTote」と同じくアンケートに回答するところから始まる。得られた回答データは、85の属性データに分けられ解析される。
まず、顧客が好むであろう商品提案を行う。AIは過去のデータを参照しながら顧客の購買確率を計算し、なるべく売れそうな服とアクセサリーの組み合わせを解析する。加えて、届け先まで効率的に商品を配達するための物流面もAIによって考慮されているため、配達コストを抑えることも念頭にキュレーションが行われる。
次にAIは、顧客の嗜好や居住地域データをもとに最適なキュレーション提案ができるスタイリストとのマッチングを行う。商品選定は、最終的に人力で行われるのだが、データ解析を用いて、極力顧客に合わないスタイリストを手配してしまうというミスマッチを防いでいる。
最後に、顧客へ届けられる商品データと過去の返品データに基づいて、需要予測を行う。こうしたデータを参考に、各商品の仕入れ量の適正化を図る。
「Stitch Fix」のように、アンケート調査から得られた情報を解析する際、単に最適な商品提案を行うことだけではなく、コスト削減やオペレーション効率化を視野に入れた業態が注目されている。
パーソナライズ提案は非常にコストのかかる作業。そのため、獲得したデータを巧みにビジネスモデルへと組み込むAI活用が必須要件となりつつある。
メディア概念をヘルスケア市場へ持ち込んだ「Zenamins」の成長戦略
アンケート調査データとサブスクリプションモデルの相性の良さは、ヘルスケア市場でも認知されている。
2014年にサンフランシスコで創業した「Zenamins(ゼナミンズ)」は、アンケート調査を基に、顧客に合ったサプリメントを毎月届けるサービスである。
同社は320億ドルに及ぶ市場機会と、全米4,000万人が1日に3錠程度のサプリメントを摂取するという市場調査データに着目。市販で売られている膨大なサプリメントの中からどれが最適なものなのかわからない選択肢の多さをパーソナライズ提案によって解決をもくろむ。
質問はYes/Noで回答できるものが4-5個ほどで、配達されるサプリメントの組み合わせは10個にも満たないカテゴリーから決められる。2-3分で注文プロセスを完了できる点が特徴である。
「Zenamins」の戦略において興味深い点は、インフルエンサーマーケティング市場への参入を検討している点である。
たとえば、有名スポーツ選手やアイドルの生活スタイルに合わせて用意したパーソナルサプリメントの組み合わせを、ブランドコンテンツとして二次利用するのだ。
従来の広告手法は大衆へ向けて、誰もが知っている著名人を使った訴求であった。たしかに高いリーチは期待できるが、平均訴求率は低い。一方、インフルエンサーの活用は、各著名人が抱えるファンに対してより高い訴求率と転換率を期待できるだろう。顧客獲得戦略も、インフルエンサーの囲い込みに注力することで、明確な成長戦略を描くことができる。
ヘルスケア企業にメディアの概念を持ち込んでいる点は非常に秀逸なビジネスモデルであり、コンテンツプラットフォーマーとして活躍も期待できる。パーソナライズ体験をメディアの視点から二次活用する巧みな事例である。
「Proven」が開発するヘルスケア市場におけるAIパーソナライズ提案
ヘルスケア市場において、アンケート情報をもとにしたパーソナライズ商品提案はサプリメント分野だけに留まらない。プロテイン販売企業「Gainful(ゲインフル)」や、ヘアケア商品を販売する「Prose(プローズ)」など、多数のスタートアップが活躍する。
しかし、洋服レンタル市場で紹介した「Stitch Fix」のように、AIを活用した高精度パーソナライズ提案を行う企業は少ない。その中でも注目されているのが、パーソナライズ化粧品提案を行う「Proven(プルーブン)」である。
『TechCrunch』の記事によると、消費者が化粧品を選ぶ平均時間は45-90分ほどかかるといわれている。しかし、55%の人たちが商品に満足しない。こうした化粧品市場の課題をAIを使って解決。
「Proven」は800万以上の化粧品レビュー、4,000を超える科学論文と2万個の成分情報をAIに学ばせてある。こうした基礎データと顧客のアンケートデータを紐付けて最適な組み合わせを提案する。
このように、ヘルスケア市場でも洋服レンタルと同じように、AIを積極的に導入した企業が主導権を握る時代へと移りつつある。
どの企業もアンケート調査方式を採用しているため、データ獲得方法で差別化を図るのは難しい。しかし、AIを開発することで一挙にデータ活用方法の幅を広げ、大きく差別化を図れるのだ。獲得データをどのようにして活かすか問われている時代が「顧客体験2.0」であるといえる。
「Nike」、「Warby Parker」、「START TODAY」、「Amazon」の事例にみる、自宅で行う手軽なデータ収集
ここまでオンラインアンケート調査に基づいてパーソナライズ提案を行う企業を紹介した。
しかし最近では、顧客のデータ収集を行う手法として、顧客の自宅で行う手軽な採寸、検査が取り入られつつある。中でもアパレル業界では、顧客の自宅で行われる自動データ採寸の動きが活発だ。
従来、顧客のパーソナライズデータを獲得するためには、実店舗への来店動機を作る必要があった。顕著な例がスーツ服屋で行う採寸作業だ。たしかに店舗体験の軸にパーソナライズ提案を据える動きも進んでいる。
日本の紳士服店「コナカ」は、オーダーメードスーツブランド「DIFFERENCE(ディフレンス)」を立ち上げた。完全予約制にすることで、一人ひとりにスタイリストが付き、採寸から商品提案までを行うことでパーソナライズ体験を提供する。米国洋服店「Bonobos(ボノボス)」が提唱したコンセプト「ガイドショップ」にならった店舗体験である。
しかし顧客にとっては近場の店舗に立ち寄る時間コストがかかる。一度採寸作業を店員に行わせてしまうと、必ず商品を買わなければいけない心理的ハードルも重くのしかかるだろう。こうした顧客が負担するコストを省くのが自宅採寸である。
自宅で手軽に採寸できる技術はスマートフォンを通じたAR技術の発展や、IoTの普及によるところが大きい。
2018年4月、大手スニーカーブランド「Nike」は、3Dスキャニング計測器を開発するイスラエル拠点の企業「Invertex(インバーテックス)」を買収したことを発表。来店顧客は「Invertex」が提供する体重計型の計測器へ乗ることで、自分の足の正確な採寸データを自動計測できる。専用アプリを使って自宅で手軽に計測も可能だ。コンピュータビジョン技術を使い、顧客の足の形を計測することで、「Nike」は最適なスニーカーを提案できるようになった。
米国のD2Cメガネブランド「Warby Parker(ワービーパーカー)」は、スマートフォンとラップトップを使って視力検査を自宅で手軽に行うことができるサービスを提供。検査結果は眼科医へと送られて、メガネを購入するための処方箋を発行してもらえる。自宅の視力検査サービスは活気付いており、著名インキュベーター「TechStars」を卒業した「Simple Contacts(シンプルコンタクツ)」も参入した。
IoTを活用した自宅採寸事例で最も知られている存在が、「START TODAY(スタートトゥデイ)」が開発した「ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)」であろう。専用の採寸ボディースーツを着用するだけで身体中の細かなサイズデータを収集できる。一度採寸してしまえば、「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」で最適なサイズの洋服を選ぶことが可能となり、Eコマースの弱点であった試着できない課題を解決した。
「Amazon」も音響アシスタントデバイス「Amazon Echo Look(アマゾンエコールック)」を販売。同機の前に立ち、「アレクサ」と一声かけるだけで画像や動画を自動で撮ってくれる。ユーザーはスマートフォンで手軽に自分のファッションを確認することができる。どの洋服を着ていけばいいか迷っている場合、「Amazon」は最近ファッショントレンド情報を読み込んである機械学習機能を使い、保存画像データの中から最適なスタイルを自動選択してくれる。
大手各社が自宅採寸のためのサービスや、IoT機器への販売に手を伸ばしたことで、一挙にデータ獲得手法の幅が広がった。アンケート方式とは違い、一度計測してしまえば、高精度のデータを短時間で手に入れることができるようになった。
自宅採寸の本質は「オムニチャネル戦略」
スマートフォンやIoTの普及によって、簡単に採寸や検査ができた時代がやってきたという認識だけでは、「顧客体験2.0」時代で生きていけない。キーワードとなるのはオムニチャネル戦略である。
オムニチャネル戦略を考える上で考慮すべき要点は二つある。一つは顧客のパーソナライズデータ獲得。この点は前章で説明したとおり、自宅採寸の普及と同時にデータ獲得の障壁は格段に下がってきている。
もう一つの要点は、獲得データを販売チャネルを問わずに活用できる仕組み化である。著書『世界最先端のマーケティング』では、オムニチャネルを「一人のお客様に対して複数の販売接点を用意し、チャネルを横断した顧客管理を行う」と定義している。
顧客にとって商品を購入する場所は、オンラインであろうと実店舗であろうと、どこでも構わない。彼らは、どんな販売チャネルであろうと、最適な商品を提案してもらい、納得できる購買体験を追求したいニーズを抱えているだけだ。しかし、こうした顧客ニーズを満たす仕組みが完成していないと、せっかくの顧客データも無価値になる。
従来の事業者が抱える問題は、データ連携の仕組み化が上手くできていない点にある。たとえば、あるデパートに出店する系列紳士服店へいくとしよう。店員に細かく採寸してもらい、仕立ててもらった服を購入。しかし後日、同ブランドのオンライン店舗で紳士服を購入しようと思っても、採寸データが紐付いていないため、結局店舗へいく羽目になる。同系列の他店舗へいったとしても、以前採寸したデータが共有されていないため、また採寸作業が繰り返される。
こうしたオフラインで得たデータを各顧客ごとに管理して、どの販売チャネルに来店してもらっても活かせる仕組みを作りを目指すのが、「Nike」、「Warby Parker」、「ZOZOTOWN」、「Amazon」なのである。
どこに来店しようとも、パーソナライズ体験を提供できる仕組み化
大手4社は、自宅採寸サービスを展開することで、顧客の負担を極力減らすことに成功した。そして、一度データを獲得してしまえば、どの販売チャネルでも商品購入できるパーソナライズ販売戦略を打ち出している。
「Nike」と「Warby Parker」は、自宅で採寸、検査をした顧客データを使い、Eコマースと実店舗のどちらでも商品を購入できる販売体制を構築。
「Amazon」はいまだにアパレル特化の実店舗は持っていないないため、正確には「オムニ」ではない。しかし、今後「Amazon Books(アマゾンブックス)」に並ぶ「Amazon Look」のような名称でアパレル特化の店舗を展開した場合、「Amazon Echo Look」で得た顧客の画像解析データを用いて、オンラインマーケットプレイスと実店舗の両方でパーソナライズ化した洋服購入体験を提供できるようになるだろう。
実際、無人コンビニ「Amazon Go(アマゾンゴー)」を訪れる際、顧客が普段オンラインマーケットプレイスで使っているアカウントを自動で紐付けさせる。Eコマースと実店舗での購買データが連携するのだ。オンラインとオフラインの両方の販売チャネルを横断して顧客データが管理させていることで、どのシチュエーションでもパーソナライズ化した商品提案が可能となる。
「ZOZOTOWN」も実店舗を含まないが、「ZOZOSUIT」で得たデータをもとに、異なる洋服ブランドの商品購入体験に、一貫したパーソナライズ体験を提供することに成功した。仮にオンライン顧客データを活用した実店舗展開をした場合、現時点で「Amazon」をしのぐファッションプラットフォーマーへと成長できるだろう。
パーソナライズ体験の本質は、こうした複数の販売チャネルに跨って顧客データを上手に活用し、どんな場面でも最適な提案を行える仕組みを整えることにある。
「ZARA」や「UNIQLO」、「GAP」のような大手アパレルメーカは、実店舗を幅広く展開することで、消費者動向をいち早く把握し、高速でトレンド商品を展開する「SPA」の業態を形成。規模の経済に基づいたビジネスモデルを採用しているが、各顧客の採寸データは収集できていない。
こうした単に店舗数を増やすだけの戦略に打って出る小売企業は、パーソナライズ体験を軸に据えた新興小売企業の参入を許し、苦戦を強いられていくだろう。
顧客データを一元管理できるバックエンドの仕組み、顧客へのパーソナライズ体験、多様な販売チャネルを持った企業が「顧客体験2.0」時代で生き残ることができると考える。
「Tueo Helath」、「Athelas」が提唱するヘルスケア市場のオムニチャネル化
ヘルスケア市場でも、徐々に自宅での医療データ獲得とオムニチャネル化が進んでいる。
喘息患者のリアルタイムデータを計測する寝具IoTを開発する「Tueo Health(ツゥエオヘルス)」は代表例の一つである。同社は、子供の喘息患者をターゲットにして、マットレスに設置する小型IoTを開発。
夜間の生理データを独自のアルゴリズムを通してカウントすることで、喘息の発生リスクを事前予測する。日々のデータはクラウドに蓄積され、提携医療機関の医師はいつでも確認することができる。
自宅で収集された患者データを、オンラインとオフラインの両方で使えるように管理することで、専門医療スタッフによるオンラインコーチングサービスだけでなく、医療機関での治療活動にも使える仕組みを作ったのだ。
家庭用血液検査IoTを開発する「Athelas(アーサレス)」は、たった数滴の血液からガンの進行度合いを検査する。コンピューター・ビジョン技術を使い、血液サンプル内の白血球数をカウントすることで、ガン疾患のリスク判定を行う。
従来、医療施設でしかできなかった精密な血液検査を、専用IoTを開発したことで自宅でも行えるようになり、患者データを日々獲得することに成功。提携医療機関のチームにデータ共有されるため、オンラインで体調管理ができるだけでなく、病院へいった際に大掛かりな血液検査を毎回する必要がなく、来院してすぐに的確な治療を期待できるようになった。
医療機関がマニュアル、もしくは独自の古い管理システム内に保存していた患者データと、スマートフォンやIoTで取得したオンラインデータを統合するには高いハードルが存在していた。しかし、「Tueo Health」や「Athelas」はAI技術を搭載したIoT開発を通じて、自宅での高精度検査を可能とし、医療機関も巻き込んだエコシステムを構築。
患者にとって、どのチャネルであろうとも、リアルタイムで体調データを知ることができ、医師からの治療を得られるようになった。
小売市場でしか用いられなかったオムニチャネル戦略を、ヘルスケア市場などの他市場に適用することで大きな変革が生まれることを証明した好例である。
求められているのは「データ精度」だけでなく「汎用性」
アンケート調査をもとに、顧客の嗜好を把握して最適商品の提案を行う手法は、非常に手軽なやり方として普及した。この分野では、AIを用いた「Stitch Fix」や「Proven」のような企業が、より高精度にデータ解析を行えることから市場を先行。だがこの場合、顧客は各社Eコマースでの商品体験でしかパーソナル提案サービスを受けることができない。
大切なのは顧客データをいかに広い汎用性を持って活用できるかだ。そこでオムニチャネル戦略を見据えた企業姿勢が、「顧客体験2.0」時代で求められる。
3Dスキャニング技術の発展とともに、顧客データの獲得はアンケート調査並みに簡易化され始めている。その上で、「Nike」や「Warby Parker」、「Amazon」のように、顧客データを一元管理し、どのチャネルであってもデータ活用できる体制構築が急務なのである。こうしたトレンドは、ヘルスケア市場でも同様に言える。
誰もがデータ精度だけに目がいきがちであり、パーソナライズ商品提案を単なるマーケティング施策の一つに過ぎないと過小評価している。
しかし、「顧客体験2.0」時代に生き残れる企業は、精度の高い顧客データの獲得と、パーソナライズ体験を提供するためのデータを汎用性高く活用することができる企業であるはずだ。
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