クレジットカードの使い方や投資の始め方など、金融知識のほとんどは大人になってから実践しながら学んだ。筆者の周囲を見渡しても同様に体当たりで学習している人が多いように思う。そのせいもあってか、不当なローンや投資詐欺など、深刻な金銭トラブルに陥ってしまうケースも少なくない。

知識不足が招くトラブルを未然に防ぐため、アメリカでは中高生に向けたパーソナルファイナンス教育の必修化が進んでいる。

現在、米国内でパーソナルファイナンスを必修科目に定める高校は16.4パーセント程度。五つの州では同科目が全ての高校の卒業必修単位に含まれているという。

若者の無業化を防ぐ金銭基礎教育プログラム『MoneyConnection®』

以前にもAMPで取り上げたように、日本においても徐々に中高生向けに金融教育を行う事例は増えつつある。

『認定NPO法人育て上げネット(以下、育て上げネット)』は新生銀行と連携し、高校生を対象とした金銭基礎教育プログラム「MoneyConnection®」を実施してきた。

MoneyConnection®は無業状態に陥る若者の中に「お金に関する知識や金銭感覚が欠如」している人が見受けられることに着目し、「無業化予防を目的としたキャリア教育プログラム」として2006年に開発された。これまでに全国のべ約900校の高等学校、約12万人を対象に実施している。

同プログラムは、お金と仕事について考える「稼ぐ」編と、モノの価値とお金について考える「使う」編に分かれている。いずれも1クラス50分で完結する内容だ。

「稼ぐ」編では、一人暮らしに必要な生活コストを算出して生きていくために必要なお金について知り、その上で年齢・職業・雇用形態・月収などを設定したカードを使いながら「何時間働かなくてはならないのか」や「生活スタイルはどうなるのか」を具体的にシミュレーションしていく。

「使う」編では、指定された商品を「必要なモノ」と「あった方がいいモノ」に分類し、それらにかかる金額を予想したり、相場の金額と比較したりする。また特定の商品について、「必要」か「必要でない」か、を考え、そのうえで住む場所や職業が変化するとその意向はどうなるかという自分の価値観に目を向けていく。

稼ぐ編」では職業、雇用形態、月収、年齢などを設定したカードを使いながら将来の生活をシミュレーションしていく

広島県の公立高校でプログラムを実施

これまでは首都圏や大阪を中心に実施されてきたが、今年1月には広島県で初めて同プログラムを実施。1年生5クラス、合計151人の生徒が「稼ぐ」編のプログラムを体験した。

育て上げネット理事の深谷友美子氏は、「生徒からは、わかりやすかった、役に立つなど、ポジティブな反応が多く得られた」と当日の様子を振り返る。

深谷氏「『税金がこんなにかかるとは知らなかった』や『バイト代をゲームの課金やスマホ代に費やしていたが、貯金もした方がいいと思った』など、お金について知識を得るだけでなく、金銭管理を見直すきっかけにもなったようです。

また、『就職先を考えるときも収入面や生活スタイル、家族との過ごし方にどんな影響があるかなども考慮したい』と、進路選択について具体的にイメージできたという生徒も多くいました」

育て上げネットが若年層の金融教育を行う理由

育て上げネットは、若年無業者(ニートやひきこもり等)を対象に、就労支援や教育支援プログラムを提供。すべての若者社会的な所属を獲得できる社会を目指している。

事業内容は就労基礎訓練プログラム『ジョブトレ』を始めとする支援だけではなく、 わが子に悩みを抱える保護者のサポートをする『母親の会・結』やキャリア教育支援など、若者を支える社会基盤づくりも積極的に行っている。

MoneyConnection®もその一つだ。深谷氏は金銭教育支援を行う目的について次のように語る。

深谷氏「大人になる手前の青少年に必要な『情報』を伝え、知らないゆえに社会から排除、孤立してしまう事態を防ぎたいと考えています。本プログラムを必要とするすべての高校生にプログラムを提供できるよう、同プログラムの社会インフラ化を実現していきたい」

その目標のために育て上げネットは、初回導入の高校については新生銀行のサポートを元に無償でプログラムを提供し、人材確保のために認定ファシリテーター制度も設けている。現在、北海道から九州までおよそ120名のファシリテーターが登録しているという。

東京都立小岩高等学校で実施した際の様子

プログラムへの反響が示す通り、お金の基礎を学ぶことは自らの進路を具体的に考えるきっかけを提供する。キャリア教育の一環としても、金銭基礎教育を実施する意義は大きいだろう。

これまで学校で金融教育が実施されてこなかった理由の一つは人材不足にある。『日本証券業協会』が実施した調査では、金融教育の実施が困難な理由として、およそ半数の学校が「教える側の専門知識不足」を挙げた。

MoneyConnection®のように所定の研修を受けた認定ファシリテーターを学校外から募集するシステムは、人材面での課題を解決し、金融教育の導入を促進するだろう。

子どもにはまだ早いと考えがちな「お金」の話だが、金融教育だけでなく英会話やプログラミングなど、近年は教員だけでは対応が難しい科目も増えている。そうした科目においても質の高い授業を提供するために、MoneyConnection®のように専門的知識を持つ外部の人間を巻き込む仕組みは、より一層求められるだろう。

Img: 認定NPO法人育て上げネット