今年4月、アメリカの老舗百貨店「Nordstrom」が同社として初めて「メンズ館」をオープンさせた。経営陣は「史上最高の店舗」と宣言。スーツや靴の膨大な品揃え、24時間ピックアップサービスなどがオシャレな男性たちに支持され、賑わいを見せている。
このように、アパレル業界では特定の「ジェンダー(性別)」に着目したビジネスが盛んである一方で、同じニューヨーク・マンハッタンに今年3月にオープンした、ある意味「カウンター」的なコンセプトのセレクトショップが世界中から注目を集めている。
世界初「ジェンダー・フリー」がテーマのセレクトショップ
「The Phluid Project」
その店の名前は、「the Phluid Project」。世界初となる「ジェンダー・フリー」をテーマにしたアパレルショップだ。扱うアイテムは洋服や化粧品、ライフスタイルグッズなど幅広く、同時にコミュニティースペースとオンラインプラットフォームも提供している。
オーナーであるRob Smith氏は、25年以上に渡って大手百貨店のMacy’sや下着小売りのVictoria’s Secretなどで勤務し、長年ファッション業界に従事。その傍ら、性的マイノリティとしての自らのアイデンティティを模索し続けてきた人物でもある。
店名の「Phluid(フリューイッド)」とは、酸性やアルカリ性の水素イオン濃度を表す単位「Ph」と「Fluid(流動体の)」の造語。「自分や他者を受け入れつつ、バランスを取りながら生きている」という意味。
その店名には、世の中のすべてのものは流動的であり、立ちはだかる障壁を取り去るためには、常に自分自身やまわりに挑み続けなくてはいけないというメッセージが込められている。
「The Phluid Projectを、若い人たちにより自由に、自分の声を上げて生きてもらえるような場所にしたい」、Smith氏はVice誌へのインタビューでそう語っている。
店内にはすべての人に開け放たれたコミュニティースペース
ニューヨーク在住の筆者は今回、そのThe Phluid Projectを実際に訪れてみた。店内は白を基調とした無機質なインテリアで、「アメリカンアパレル」を思い起こさせる。しかし、他のアパレル店との「決定的な違い」がある。
店内奥にあるコミュニティースペース
その違いとは、店に入ってすぐ正面奥に、大きなひな壇とバーカウンターがあることだ。The Phluid Projectが単なる洋服店としてでなく、すべての人に平等に開かれたコミュニティスペースとしての存在の確立に力を注いでいることが伝わる。
アシスタントマネジャーであるLamm Johnson氏によると、このひな壇で毎週火曜日と木曜日に誰でも参加できるイベントが行われ、毎回賑わいを見せるのだという。地下にも大きなイベントスペースがあり、アートや音楽のイベントが不定期で開催、ニューヨークのコミュニティ形成に一躍を買っているのだとか。
マネキンは同店特注のジェンダー・フリー仕様
店内には「Dr Martens」「FILA」「Champion」など世界各国のブランドのアイテムと、The Phluid Projectのオリジナルブランドのアイテムとが約半分ずつの割合で並ぶ。
Smith氏曰く、世界にはたくさんのジェンダー・フリーブランドがあるが、大半は500ドル以上の高いものばかりで若者が気軽に買えないのが現状。そうした理由からThe Phluid Projectで扱う商品の価格は、35USドル~150US(約3,700円~16,000円)に設定されている。
目指したのは二元論で縛られたアパレル業界ルールからの解放
大半のセレクトショップでは女性用・男性用の衣類は別れた区画にあり、試着室もまたしかり。店内での客の行動は、「男性か女性か」の二元的な考えで支配されている。ファッションエディターとしての前歴を持つ、スタイリストDerek Nguyen氏もVice誌のインタビューでそれを認めている。
「ジェンダーニュートラルなファッションがトレンドの一つになってきているが、まだ世の中は『男性用/女性用』という考え方が根強い。エディター時代に店から洋服を借りる際、決まって男性用か女性用かを聞かれ、それに対していつもばかげていると思ってた。そして、それを撤廃したいと考えてた」(Derek Nguyen氏)
同じように、「10~20代前半のときに、異性のファッションにハマった時期があった」と語るのは、メイクアップアーテイストのDemi Washington氏。当時は自身がトランスジェンダーだとは気づかなかったが、洋服の買い物をするときにいつも不快な思いをしてきたという。
「多くのファストファッションブランドの店はとても華やかな場所だけど、男女の売り場は完全に隔たりがある。服を選ぼうとするときいつも誰かに見られているような気がしていた」(Demi Washington氏)
大半の人にとっては些細なことに感じられるかもしれないが、彼らにとってはとても不快なこと。しかしThe Phluid Projectで買い物するとき時は、そのような思いとも無縁。試着室や化粧室も、共有だ。
欧米を中心に拡大を続けるLGBTQAマーケット
「ジェンダー・フリー」「ジェンダー・フルイディティー」「ノンバイナリー」とは、性別に関して「男性・女性」という選択をしない、つまりどちらにも属さない、または意識しない人たちを指す。今、欧米を中心にミレニアル・Z世代の間で急成長するこの層はメディアや企業も大きく注目するところとなっている。
例えば、「ジェンダー・フルイディティー」な人物として知られるアメリカ人歌手マイリー・サイラス氏や、有名映画俳優のジョニー・デップ氏の娘として知られるモデルのリリーローズ・デップ氏などは、メディアに自らのジェンダー観を表明しており、世間からアイコン的な存在として広く認知されている。
彼らのような影響力を持つZ世代の人物の存在もあり、ジェンダー・フリーを対象としたマーケットは年々拡大。LGBT層市場を専門とするリサーチ会社Witeck Communicationsによると、可処分所得で見た米国におけるLGBT層の購買力は2015年に9,170億ドル(約125兆円)に達したという。
中でもファッション業界における盛り上がりは大きく、2016年にファストファッション大手「Zara」はオンライン限定でジェンダー・ニュートラルブランドをスタートさせ、アメリカ小売大手の「Target」も昨年2017年にストックホルムベースのデザイナーとタッグを組み、子供服のジェンダー・フリーラインをローンチさせ大きな話題となった。
LGBTQA先進国とも言えるアメリカでこのような大手アパレル/小売店の大きなムーブメントがあり、服飾史上長きに渡って分断されてきた「男性用/女性用衣類」のボーダーが撤廃されようという動きがあるのは、大きな意味を持つ。
しかし、オーナーのSmith氏によると「まだ問題は山積み」。そんな中で、彼がこの問題について現時点で見つけている答えを仲間たちと形にし、時代に一石を投じようとしているのが、「The Phluid Project」といえる。
筆者は実際にこの店を訪れ、ファッションを通じて誰もが自分のアイデンティティを表明し、人とつながり認め合い、自由な姿でいられる空間であるように感じられた。
The Phluid Projectには、アパレルセレクトショップ以上の存在意義がある。Smith氏が彼の半生を賭して作り上げたこのプラットフォームは、今後LGBTQAコミュニティがさらに発展していく、その大きな礎となるに違いない。
The Phluid Project
https://www.thephluidproject.com
取材・執筆:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)