鍵は利用者とミッションを共有すること。NYの女性向けコワーキングスペースに見る成長するコミュニティのあり方

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「女性限定のコワーキングスペース」と聞いて、どのような様子が思い浮かぶだろうか。

可愛らしいピンクの空間で女性同士がおしゃべりに花を咲かす様子だとしたら、『The Wing』は間違いなくそのイメージを覆してくれるだろう。彼女たちは自らを「ソロリティ(アメリカの大学にある女子の社交クラブ)ではなく、魔女の集まりだ」と形容するのだから。

女性向けクラブ兼コワーキングスペース

『The Wing』は2016年10月にニューヨークにオープンした。「女性の政治的、経済的、ビジネス的な立場の向上」を掲げる、女性向けの社交クラブ兼コワーキングスペースだ。

2017年11月時点で会員は1,500人以上、入居待ちは8,000人以上に達する盛況ぶりだ。同社は昨年に、シリーズBの投資ラウンドで3,200万ドル(およそ35億円)を調達し、成長への期待が高まっている。最大の出資先は、競合とも呼べるだろう『WeWork』であったこともニュースになった。

現在、『THE Wing』の拠点は4ヶ所。マンハッタンのフラットアイアン地区とソーホー地区、ブルックリンのダンボ地区、ワシントンD.C.だ。

各拠点には、居心地の良いソファを備えた作業スペースだけでなく、メイクルームやシャワー、ロッカーも用意されている。仕事をするだけでなく、ミーティングの合間に身だしなみを整えたり、一息つく休憩所としても利用できる。また、今年オープンしたダンボ地区の拠点には、ポッドキャストのレコーディング場やヨガ用のフィットネススタジオ、フォトブースも用意されているという。

利用料は一つの拠点のみ利用する場合は年間で2,350ドル(およそ25万円)、全てのロケーションを利用する場合は年間2,700ドル(およそ28万円)だ。ニューヨークにある『WeWork』の最低利用料の月額400ドル(およそ4万3,000円)に比べると比較的安価といえるだろう。

『The Wing』を利用するにはウェブサイトから応募し、選考を通過する必要がある。決して“イケてる”女性だけのコミュニティにしたいわけではなく、職業や人種、年齢の多様性を担保すること、利用時間を分散させることが目的だ。

実際に、利用者は20〜70歳後半と幅広い。職業もアーティストや政治家、主婦、ジャーナリストなど多岐にわたる。

ダンボ地区のスペースに設置されたフォトブースやポッドキャストスタジオ

ニューヨークで生きる“クール”な女性の集合体

創業者は政治コンサルタントとして活躍していたAudrey Gelman氏と、『Class Pass』などのフィットネス領域のスタートアップを率いた経験のあるLauren Kassan氏。

創業するきっかけは、ニューヨークで働く中で抱いた課題だ。打ち合わせの合間に休憩を取ったり、着替えたりしたい場合に、ジムやスターバックスのトイレ、ホテルのフロントなど限られた選択肢しかないことが不満だったという。

休憩スペースを検索できるスマホアプリも利用したが、そこに彼女たちが求める「コミュニケーション」を促す要素はなかった。二人は「女性同士のコミュニティや交流のハブ」を作り出そうと試みた

ビジネス界や芸能界に広い人脈を持っていた二人により『The Wing』には“クール”な女性が集った。利用者には、米国の人気コメディ番組「ザ・デイリー・ショー」に出演していたJessica Williams氏や、化粧品サンプルのサブスクリプションサービス「BirchBox」の共同創業者Hayley Barna氏、Buzzfeedのチーフカウンセルを務めるNabiha Syed氏などがいる。

ダンボ地区で開かれたオープニングパーティの様子

『The Strand』の女性店員が手がけた本棚

トランプ時代に“女性クラブ”をつくる理由

『The Wing』がモデルにしているのは19世紀後半から20世紀初頭にかけてアメリカに広がった女性クラブだ。

今よりも女性の権利が制限されていた時代に、そこは女性がオピニオンを形成し、政治や社会に声を届ける起点だったという。創業者の二人はトランプ政権のこの時代においても、先進的なキャリアや生き方を追求する女性の拠り所となる“クラブ”が必要だと考えた

フェミニズムや政治をテーマにした講演会やトークイベントも頻繁に開催しているのも、そのひとつだ。最近では女優のジェニファー・ローレンスが登壇し、#MeToo運動についてGelman氏と率直に意見を交わした。また、今年1月に反トランプを表明するデモ行進『ウィメンズマーチ』が起きた際には、参加する会員向けに送迎バスを手配した。

また、各拠点に設置された図書館には書籍チェーン『The Strand』の女性店員が選定した書籍が並ぶ。ウェブサイトでは女性ジャーナリスト ネリー・ブライや黒人女性活動家のアンジェラ・デービスなど、先進的な取り組みを率いた女性に関する書籍が紹介されている。

(『The Wing』オリジナルの帽子をかぶり参加する女性たち)

昨年には「女性が集まり、生み出すマジックを紹介する」をテーマにしたマガジン『NO MAN’S LAND』の出版も始めた。女性ラッパーのRemy Ma氏やトランスジェンダーモデルのHari Nef氏などが登場している

Hari Nefが表紙を飾った2017年秋号

オンラインストアではTシャツやピルボックス、『Girls Doing Whatever The Fuck They Want [女の子はやりたいことは何でもやる]』と書かれたキーホルダーと販売されている。

強固な女性コミュニティとブランドの協業

ミッションに共感し、『The Wing』に集う利用者は「勇敢で先進的な取り組みをしているだけでなく、一緒にテキストのやりとりをしたくなるような魅力的な人たちばかりだ」とGelman氏は語る

企業やブランドにとっても、月に数百ドルを支払える経済的な余裕のある先進的な女性コミュニティは魅力的に違いない。CHANELやAmerican Expressといったブランドはすでにコラボレーションを進めている。

CHANELは各拠点に化粧品などのアメニティを提供、イベントも開催。昨年には一日限定でSOHOの拠点にコンセプトカフェ『The CoCo Club』をオープン、メイクアップアーティストのいる化粧室、カフェやゲームルームでゲストをもてなした。American Expressとの協業でショッピングイベントも開催し、女性が率いるブランドの商品を販売した。

『The Wing』に集まるのは「女性の政治的、経済的、ビジネス的な立場の向上」というミッションに共感し、自らもその実現に向けて行動している女性たちだ。単なるサービス提供者と利用者ではなく、ミッションを共有する“同士”のような関係性を設計したことが、『The Wing』をより強固なコミュニティにしている。

従来のマーケティングでは「30代で都市圏在住のビジネスパーソン」や「20代独身キャリア志向の女性」など、職業や年齢、性別などをもとにペルソナ設定が行われることが多かった。

しかし、『The Wing』の姿を見ていると、その設定は錆びついた歯車のように思えてならない。サービスに紐づく強固なコミュニティを形成するためには、表面的な属性にもとづいて「共感」の装置をつくるだけでなく、その属性の奥にある思想を捉え、利用者が能動的に追求したくなるミッションを掲げる必要があるのかもしれない。

img:The Wing

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