世界で進むデジタル・デトックス –「つながらない権利」を尊重する国も

2015年にキックスターター・キャンペーンを行った、通話だけの機能を備えた「ライトフォン」が顧客の手にわたってから約1年が過ぎた。現在、この初代に目覚まし、プレイリストなどの機能がプラスされる予定の次世代型、「ライトフォン2」のクラウドファンディングが順調に進んでいる。

ユーザーに自然の美しさを再発見したり、友人とおしゃべりをしながら食事を楽しんだり、読書をしたりと、ライトフォンを使い、スマートフォンから距離を置いた生活を楽しむことを薦める開発者の意図に変わりはない。

3月26日現在でファンディングは目標額の480%を達成。1ヵ月後の終了予定日までにさらに調達金額の増加が見込まれる。ここまで支持されることを考えると、利便性は捨てきれないながらも、人々はデジタル依存にますます注意を払う傾向にあることは間違いなさそうだ。

インターネットに費やす時間が増えるだけ、依存症も増える


私たちは、同時に幾つものデバイスを駆使することも珍しくない© Serge Kij used under CC BY 2.0

世界のデジタルデバイスの使用状況をまとめた報告書「デジタル・イン・2018」によると、世界平均で人々がインターネットに費やす時間は約6時間と、年々増加の一途をたどっている。これは世界の有名ブランドにクリエイティブなアイデアを提供しているエージェンシー、ウィ・アー・ソーシャルと、ソーシャルメディア管理システム、フートスイートによる調査だ。

インターネットの使用時間が伸びるのと正比例して増えているのが、インターネット依存症だ。うつ、不安、情緒不安定、集中力の欠如、無気力、不眠などが主な症状として挙げられる。診断が難しいため、確定的な数値ではないが、近年米国やヨーロッパ各国で人口に占める依存症者の割合は約8%とも、約38%ともいわれている。

「つながらない」ことを保障し、ワーク・ライフ・バランスを向上させる

ネットと「つながっている」時間の増加は、個人的な使用によるものだけではないだろう。スマートフォンを持ち歩き、Eメール、テキストメッセージなどが常に見られる状況にあるため、就業時間外でも常に仕事が追いかけてくる。ワーク・ライフ・バランスがいとも簡単に崩れるご時世に、私たちは生きているといえそうだ。

これに歯止めをかけようという取り組みは、国や企業単位で徐々に見られるようになってきている。フランスでは昨年1月から、「つながらない権利」を国民に与える法律を施行。50人以上の社員を抱える企業に対し、社則に、従業員が業務関連のEメールを送受信しなくてよい時間帯を設定する規則を盛り込むことを義務付けている。

フィリピンもフランスに続き、昨年の2月に同様の法を導入した。フランスのように、企業は従業員が業務関連のEメールを送受信しなくてよい時間帯を設けなくてはならず、また勤務時間外に受け取ったEメールを無視しても、懲罰の対象にならないことを定めている。

ドイツでは、まだ法成立には至っていないものの、2013年に労働省が、マネージャーレベルの職員が、勤務時間外に携帯電話やEメールで一般職員に連絡を取ることを禁じ、翌年に「つながらない権利」も含まれる「アンチ・ストレス法」の法案提出を行っている。

民間企業では、2011年にフォルクスワーゲン、バイエルン、ヘンケルなど大手企業が就業時間外のEメールなどでのやりとりを制限。2014年にはダイムラーが、社員に、休暇中に届いたEメールを自動的に削除するソフトウェアの使用を許可している。

その他にはイタリアでは、昨年5月に元老院が「つながらない権利」を含む法案を承認している。

町で手軽にデジタル・デトックス

「つながらない権利」がきちんと保障されている国や企業はまだ限られている。そのため多くの人は、デバイスから遠ざかりたければ自分で時間を取ったり、スポットを見つけたりと行動を起こす必要がある。

一番確実なのは、Wi-Fi環境がないところに出かけることだろう。昨今そうしたところに行くには、お金も時間もかかる。しかし、身近な都市部のホテルだったらどうだろうか。アクセスもしやすいし、一歩足を踏み入れればデバイスを預けるのがルールというところも多いので、デジタル・デトックスを比較的苦労せずに始められそうだ。


マンダリンオリエンタル・マイアミで行われているマッサージ © Mandarin Oriental Hotel Group Limited

マンダリンオリエンタル・グループは、世界21のエリアと国に、31のホテルと8つの高級レジデンスを展開している。ホテルごとに、デジタル・デトックスのプログラムや宿泊と組み合わせたパッケージを用意している。

デトックスは、スパでまず携帯電話などのデバイスを預けるところから始まる。中には、自撮り用の特別な小道具が用意されていて、それを使って写真を撮り、SNSでつながる友人や家族に向けて、自分がデジタル・デトックス中であることを知らせてから、デトックスに臨めるようになっているところもある。

ホテルによりデトックスの内容はさまざまだ。日誌をつけたり、カードを書いたり、塗り絵をしたり、瞑想をしたりと、マインドフルネスを追求するアクティビティを行ったり、ヨガ教室や健康的な食生活についてのレクチャーに参加したり、ジムやテニス、ゴルフなどスポーツで汗を流したり、健康に配慮した食事を堪能したりといった具合だ。


ヨガ教室に参加して、精神の統一も図る。マンダリンオリエンタル・ラスベガスにて © Mandarin Oriental Hotel Group Limited

さらにアロマオイル入りの、香りが良いお風呂で体をほぐした後に、頭、目、肩などデバイス使用でストレスを感じている個所に重点を置いたマッサージを受ける。1時間20分のコースが一般的だが、マッサージをしてもらう個所次第で、より長い時間のもの、短い時間のものを選ぶこともできる。

世界的に知られる、米国のメイヨー・クリニックの協力のもと考えられた、デバイスとのバランスの良い付き合い方のヒントやルールを伝授してもらうこともできる。ハーブティーやエッセンシャルオイル、瞑想用の枕などリラックスするのに役立つグッズもあり、デジタル・デトックスについて熟知するスタッフが選ぶのを手伝ってくれる。


ウェスティン・パリ‐ヴァンドームでのデジタル・デトックスは、広大なチュイルリー公園を眼前にしながら © Dennis Jarvis under CC BY-SA2.0

チュイルリー公園を目の前にした4ツ星ホテルでのデジタル・デトックス。携帯電話、タブレット、ラップトップなどのデバイスはフロントにある金庫に預ける。

パッケージには、デバイスの使用が原因で疲れた首や背中の筋肉、手の親指などをやわらげるマッサージだけでなく、ニューバランスのギアを借りてのフィットネスセンターでのワークアウト、公園・庭園のガイド付きの散策をはじめとする屋外でのアクティビティ、パティシエが創り出した目にも舌にもうれしいスウィーツなどが含まれる。朝食付き1泊の値段は448ユーロ(約5万8,000円)。これで、4ツ星ホテルでデトックスできるとなれば、安いものかもしれない。

決断の意志がデジタル・デトックスの鍵

ホテルのスパのような特別なスペースに行き、スタッフの手を借りてというのも特別な気分を味わえていいが、デジタル・デトックスは自らが決断し、日常的に行ってこそ、効果を発揮するのではないだろうか。

今後テクノロジーはますます進化を遂げ、私たちは今まで以上にそれを活用して生活するようになるだろう。その時に必要なスキルがデジタル・デトックス。「使いこなされる」のではなく、「使いこなして」こそのデバイスなのだから。

文:クローディアー真理
企画・編集:岡徳之(Livit

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