お気に入りのカフェを思い浮かべてみてほしい。そのカフェを気に入っているのはなぜだろう。そこで出るコーヒーやケーキが圧倒的においしいからだろうか。いや、それよりも、きっと飾ってあるアートのセレクトが好きとか、BGMのセンスが合うとか、店内がおしゃれで居心地がいい、なんて理由になることもあるんじゃないだろうか。
カフェの世界観や雰囲気がお気に入り。だったら、そのお店の雰囲気を作り出している、雑貨やテーブルウェア、家具やアートなどを買うことができれば、お気に入りを家に持ち込んで、楽しめる。だけど、家具やアートは普通のカフェじゃ売ってない。
お店で使っている道具や置いてある家具が、全て購入できるレストランがニューヨークにはある。家具も食器も雑貨も、全て買える。目にする全てのものが買えるお店は、わたしたちにどんな購買体験をもたらしてくれるのだろうか。
家具も食器も全て購入可能で、建築も自前の小売店をオープン
そんな風変わりなレストランを経営するのは、Roman and Williamsというニューヨークを拠点とするデザインスタジオだ。Ace Hotel NYやChicago Athletic Association、Facebookのカフェエリアスペースなどを手がけたことで知られている。
Roman and Williamsが、ニューヨークにオープンした店舗 Guild には LA MERCERIE というフレンチのレストランのほかに、EMILY THOMPSON FLOWERSというフラワーショップも入っている。
Guildの最大の特徴は、店舗内にある全てのものが購入できること。Roman and Williamsがデザインした家具や食器、彼らがセレクトしたさまざまな雑貨やアートが販売されているだけでなく、LA MERCERIEで食事が提供される際に使われる食器やテーブルやイスなども含めて、購入可能だ。
「ブランドの世界観を体験する場」としての店舗
美味しい食事が、デザイン性の高い食器で提供され、その体験に満足した来店客は家具や食器類を購入できる。体験から購入までスムーズな導線が設計されている。
小売に関して高い解像度を持って情報発信を続ける最所あさみ氏は店舗のトレンドについてこう考察する。「現在は、可処分時間の奪い合いであり、そこに限界を感じた企業が着手しているのが、レストランやホテル、旅行、住居といった体験との連動なのではないか」と。
Guildも、食事をフックに店舗に顧客を呼び込み、Roman and Williamsの世界観にどっぷり浸かってもらう。顧客は、雑貨や家具を売っているだけの店舗より、はるかに長い時間を過ごす。しかも、過ごす時間は楽しい体験とセットだ。実際の利用シーンとセットなのだから、購買にも結びつきやすい。
長い滞在時間と深いコミュニケーションで小売の可能性を広げる
オンラインショッピングが普及した今、「お店に足を運ぶ理由」を作ることが難しくなっている。Guildは、レストランは集客装置のひとつとし、顧客を呼び込んだ。
だが、レストランに足を運ぶという体験も陰りを見せ始めている。フードデリバリーサービスの盛り上がりを背景に、店舗を持たないゴーストレスランが登場。レストランも実店舗を持つことの意味を問い直されている。外食を選ぶのにも理由が必要だ。空間を楽しめないのであれば、別にデリバリーでいい。顧客の店舗の空間や体験を楽しみたいという欲求は強くなっていくのではないだろうか。
小売店は店舗にレストランを併設して集客したい。飲食店としては空間にこだわって、来店の理由をつくりたい。両者の利害は一致している。
Roman and Williamsは、自社ブランドの世界を体験できるレストランを作ることで、顧客が長く滞在し、そこで深くコミュニケーションを取り、体験した家具や食器類の購入に結びつけることを試みている事例だ。
インテリア会社がレストランを作り、そこで家具や食器類を購入できる体験を提供するのは、これからの時代の小売業を考える上でヒントになるだろう。