2018年4月11日に、新経済連盟主催による「新経済サミット2018(NEST2018)」がウェスティンホテル東京(恵比寿)で開催された。2013年の初開催以来、「新経済サミット」は今回で6回目を迎えるグローバル・カンファレンスだ。
主催の新経済連盟(以下・新経済)とは、日本のさらなる発展に向けてイノベーション基盤の確立、ビジネス環境や国際力の向上などをテーマに議論し、政策提案や啓蒙活動をおこなう経済団体だ。同団体には業界の垣根を超えて様々な企業が所属しており、代表理事を務める楽天株式会社の三木谷浩史氏(以下・三木谷氏)をはじめ、ソースネクスト株式会社の松田氏、株式会社クラウドワークスの吉田氏などが理事として参加している。
新経済サミットでは、シェアリングエコノミー、AI、仮想通貨、教育、経済など、幅広い分野において第一線で活躍する人物が登壇する。世界の新しい技術や産業をリードする経営者や役員、専門家などが各セッションで熱い議論を交わすのがこのイベントの醍醐味である。
今回は各分野の最先端情報をはじめ、今後のビジネスにおいて行動する上でのヒントになりそうな内容を中心に「NEST2018」の概要をレポートする。世界を動かすスピーカーの話から、今どのようなことが日本に必要なのかをミレニアル世代の目線で考えてみてほしい。
これからの日本に求められること。それは「社会の変化」
(楽天株式会社 代表取締役会長兼社長 三木谷 浩史氏)
三木谷氏のオープニング・セッションでは、新経済の新たな政策提言「Japan Ahead2」が発表された。終始述べられていたのは、日本が世界の動きに取り残されないためには「社会の変化」が欠かせないということだ。
(引用元:2018年4月12日付 新経済サミット2018プレスリリースより)
Japan Ahead2の骨格となるテーマは次の3つだ。
- インテリジェント・ハブ化構想
- 最先端社会・スマートネイション
- 人口減少、労働力不足問題への対応
「インテリジェント・ハブ化構想」では、労働の評価や定義が「時間から成果思考」にシフトすることが日本の成長戦力には必要であると語られた。働き方改革を「行政による形骸的な改革」で終わらせないためにも、改革を先導する企業や経営者たちが自分ごととして改革を捉え、行動することが今求められている。
(衆議院議員 小泉進次郎氏)
午前の部の終盤には、衆議院議員の小泉進次郎氏(以下・小泉氏)による「政界・経済界のあり方にイノベーションを」と題したセッションがおこなわれた。
小泉氏はAmazon CEOのJeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏の「Day1(創業1日目の気持ちを忘れてはならないという意味)」という言葉を引用し、「政界も経済界も馴れ合いではなくDay1という気持ちで、来年の新元号では毎日がスタートアップの気持ちで行動してほしい」と聴衆に熱く主張した。
選ばれるサービスになる鍵は「ニーズを変えること」
(Lyft共同創業者兼社長 ジョン・ジマー氏)
午前の部で開催されたキーノートセッション(基調講演)では、ライドシェアサービス Lyft(リフト)共同創業者兼社長であるジョン・ジマー氏(以下・ジマー氏)が、自動運転の現状をはじめ、世界や日本における自動運転の将来とその方向性について語った。
特に印象的だったのが、「ユーザーに交通手段として選んでもらう鍵は、ニーズを変えること」と述べられていた点だ。Lyftは既存サービスを利用するユーザーが「本当に望んでいるもの」を理解し、そのニーズを落とし込んだ代替案を新たなサービスとして提案する。この方法によって、Lyftはこれまでのユーザーにも満足され、かつ新規顧客の獲得もできる「新しいユーザーニーズ」の創出を行なっているのである。
またジマー氏は「日本にも参入したい」との意向を示しており、ローカル企業と連携して、その地域ごとのインフラに合わせたサービスを提供したいとも語った。
過去にAMPでも紹介した保険大手と連携した医療機関への送迎サービスをはじめ、すでにデンバー郊外では公共サービスと連携したパイロット運営もスタートしている。
Lyftの日本参入が実現すれば、通常のライドシェアサービスだけでなく、車の運転ができない高齢者が多い地域における病院への輸送や、公共交通機関が廃線となった地域における都市への送迎など、日本が抱える診療格差や交通格差といった社会問題解消への糸口になることを期待できるだろう。
「日本の経営者はAIの勉強をしない」経営者に突きつけられた課題
(左から吉田氏、岡田氏、松尾氏、森氏)
午後の部では複数の会場に分かれてセッションが開催されたため、ここからはいくつかのセッションに焦点を当てて紹介する。
まずは「世界のAI戦略と日本の立ち位置」だ。パネリストとして国内外のAI事情を熟知している、東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授 松尾 豊氏(以下・松尾氏)、楽天株式会社 執行役員 兼 楽天技術研究所 代表の森 正弥氏、株式会社ABEJA 代表取締役社長 CEO 兼 CTOの岡田 陽介氏(以下・岡田氏)の3名が登壇した。
ハイテク産業の中心地であるシリコンバレーを有するアメリカのAI事情については、松尾氏から「米国はすでにエコシステムができあがっている」という発言があった。
まずアメリカでは、研究者や技術員といった人件費に対して、企業が潤沢な予算を割ける環境が整っているため、優秀な人材を多く集めることができる。新卒であっても、優秀なPh.D.(博士号取得者)であれば、5,000〜6,000万円という年収が用意されていることもある。
また研究を活発化させるため、研究所には最新の設備と豊富な研究費が用意されている。このようにAI研究に欠かせない人材・設備・資金が整っていることで、アメリカのAIエコシステムは回り続けているのである。
また企業が積極的にAI研究者・技術者に投資をするのは、1人の研究者の研究成果が企業利益を2年も経たずに数百億円規模で押し上げる、という事例が往往にしてあるためだ。年間数億円の人件費を投入しても、企業はそれ以上の回収が見込めるのである。
中国・シンガポールでは、さらにアグレッシブな環境でAI開発が進められている。まず中国は、アメリカに次いで2番目にAI関連の論文を発表している。また中国Eコマース最大手アリババが11/22に実施した「独身の日」のイベントにおいて、「AIがユーザー個人のアクションに合わせて4億枚の広告を自動的に生産した」こともトピックスとして紹介された。
またシンガポールは優秀な人材に高額な給料を支払う風土がある反面、強いコミットメントが求められる。その一例として紹介されたのがシンガポールの国立研究所の研究員だ。彼らは論文数や特許数よりも、企業との連携実績やその結果が査定時に評価されるため、研究員は必死に成果を出そうとするのだ。
議論が白熱していく中で、日本企業のAIに対する意識が問題視された。特に問題となったのは
- AIを導入したいと考えている日本企業の予算の少なさ
- 経営者やその担当者のAIに対する知識不足
である。
日本企業がかけられるAI向け予算が1億円だとしたとき、海外企業が捻出する予算はそれよりも2桁多い。ちなみに中国Eコマース最大手アリババがAI事業にかける予算は、2.5兆円だ。
また日本企業における経営者や担当者のAIに対する知識不足が、自社の決定や取り組みへのスピードを遅くしているとも指摘された。決裁権を持つ人間がAI技術に対する理解を持たない、または人任せにしていることで「自社にとって本当に必要な技術とは?」、「どういった技術を持つスタートアップと連携することが有益なのか?」を全く分かっていないのである。
そのため、速やかにベンチャーやスタートアップへ投資していれば、自社への好影響が期待できたような場面でも、投資判断が全くできないという状態が起こっている。今の国内企業の状態では、優秀な技術を持つ国内ベンチャーやスタートアップへの投資やサポートはスムーズに実施できない。結果として、日本AI業界のエコシステムが回らない要因の一つともなっている。
後半は手厳しい声が多かったが、経営者ほどAIについて学ぶ重要性を理解し、「AIを使えば、どんなことが自社で実現できるのか?」とワクワクしながら考えることが、自国のAI開発を加速させ、日本がAI大国を目指すための原動力になるのではないだろうか、という言葉で議論は幕を閉じた。
今の教育に求められるのは「選択肢の多様性」
(左から船津氏、川上氏、小林氏)
別会場でおこなわれた「教育とイノベーション 〜未来への学び〜」では、新しい教育環境を子どもたちに提供している「N高」を運営するカドカワ株式会社 代表取締役社長 川上 量生氏(以下・川上氏)、全寮制国際高校を運営するユナイテッド・ワールド・カレッジISAK(アイザック)ジャパン 代表理事の小林 りん氏(以下・小林氏)の2名がパネリストとして参加した。
ドワンゴが学校運営をおこなう上で意識しているのは、「N高=ネットの高校」という新しい教育環境の提供だ。「コミュニケーションだって、ネット上で取れるのではないか?」という考えから、入学式も部活も遠足も、全てオンラインで実施する。ホームルームもSlack上で行なっている。
ISAK(アイザック)ジャパンの小林氏が学校運営でテーマに掲げるのは「新しい価値観を生み出せる人材を育てること」である。アイザックは72カ国の生徒が軽井沢にある全寮制の学校に通っている。なんとその約7割が高校に進学するために母国を離れ、自然豊かな環境の中で実践的な教育を受け3年間を過ごしているのだ。
両者に共通していたのが、「選択肢の多様性を持った教育の提供」である。
ISAKではアイビー・リーグ進学からギャップイヤーまで、卒業後の選択肢がバラエティに富んでいる。「基盤ができた今、これまでにない教育内容や自由度を持ってやっていきたい」と小林氏は語った。
対するN高については「通信制高校であるがために、周囲から自然と見下されている場合がある」と川上氏は述べた。その上で「N高=引きこもりの社会支援」ではなく、世の中の新しいスタンダードとして、卒業だけを目指してもいいし、東大を目指すという選択も許される学校でありたいと語る。
両校とも学校の形態は違うが、「既存の教育」という枠組みからの脱却と変化を実現しようとしているのは明らかだ。
「日本が『変化』という痛みに耐えられるか」それがデジタルエコノミーへの第一歩
(左からスワンジン氏、グプタ氏、リン氏)
新経済サミットの最終セッションとしておこなわれたのが「アジアのデジタルエコノミー」だ。
パネリストは自国でキャッシュレス化やデジタルエコノミーの普及に取り組む、シンガポール経済開発庁 長官のベー・スワンジン氏、MyGov India CEOであり、インド全人口(約13億人)のアドハープログラム(日本でいうところのマイナンバー)に貢献したアルヴィンド・グプタ氏、DCM中国 共同設立者兼ジェネラルパートナーのハースト・リン氏(以下・リン氏)の3名である。
シンガポール・インド・中国のデジタルエコノミーに向けた取り組みや関連内容については、AMPの過去記事を参照していただきたい。
それぞれの国がキャッシュレスに向けた政策や普及を進めているが、どの国も重要視していたのが「ユースケース」の共有をどれだけうまく進めるかということだ。つまり、新しい技術によって「どのようなことが実現されるのか?」「そのメリットは?」という点を国民に理解させるのである。この理解なくして、技術やシステムは国内に浸透せず、広がらないという。
さらに、政府から押し付けられたようなユースケースでは、国民の反発が出てくるため、自然なかたちでユースケースが登場し、普及する必要があるとも語られていた。
(DCM中国 共同設立者兼ジェネラルパートナーのハースト・リン氏)
またリン氏は、新しい技術や習慣を導入するときに最も重要なことは「いかに学んだことを忘れるかではないか?」と主張する。「日本では米国同様クレジットカードが普及しているため、キャッシュレス化を進めようとしたときに障壁となるのが明らかだ」と続けた。
つまりリン氏は、「日本社会がこれまでの文化を一からリセットしてキャッシュレス改革に取り組む、それくらいの気持ちがなくてはうまくことは運ばない」と主張したいのだ。それだけ「キャッシュレス社会」を実現させるためには、今までの環境や習慣が劇的に変化するという、既存の利用者に対する痛みを伴うのである。
日本国内においてキャッシュレス経済への旗振り役は、日本政府になるだろう。そのときに日本政府は、ほかのアジアの国々のように「創造的破壊のファシリテーター」としてイノベーターマインドを持って進んでいけるのだろうか。
国民のマインドセットを変えることも大切だが、まずは政治家や官僚たちのマインドチェンジがキャッシュレス経済を推し進めるための第一歩かもしれない。
全日本国民がイノベーターの時代へ
限られた時間ではあったが、各分野のプロフェッショナルのカンファレンスから「自身も新しい時代を創るイノベーターの一人であること」に気づかされた。
イノベーションによってテクノロジーが生み出されることはとても喜ばしいことであり、私たちの生活を豊かにしてくれるものだ。しかし、私たちがその恩恵を享受している側に立っているだけでは、新たなテクノロジーが誕生することはない。
冒頭で三木谷氏が述べていた、日本が世界の動きに取り残されないための「社会の変化」を起こすためには、自身もイノベーターの一人としての自覚を持ち、そのテクノロジーを活用することで、イノベーションを起こしていこうとする「姿勢」と「行動」が重要なのだろう。
Photographer : Ai Sugimoto