「帰りに、どこかで食べて帰ろう」――。

そう思った帰り道には、スマートフォンで「食べログ」などのレビューサービスを開き、お店を検索する人が多いのではないだろうか。

「評価経済社会」といわれる現代では、「ユーザー評価」が人々の消費行動を決める大きな要因となっている。20~30代の女性を対象に行ったアンケートでは、約7割の人が「SNS をきっかけに物を買ったり、イベント に参加したりした経験がある」という結果が出ている。

「ユーザー評価」は企業のマーケティング活動においても、見て見ぬふりができないものとなっているのだ。こうしたトレンドを背景に、ファンの熱量をサービスの成長に活かそうとするアプローチがさかんに行われている。

ファンの熱狂を足がかりにしたマーケティング戦略「ファンベース」

最近発売された佐藤尚之氏の著書『ファンベース ──支持され、愛され、長く売れ続けるために』では、ファン視点でマーケティング活動を行うことの重要性が説かれている。

本書では「ファン」を「企業やブランド、商品が大切にしている『価値』を信じている人」と定義。そのうえで、新規顧客の獲得がますます困難になる時代において、企業が生存するためには「ファンを大切にし、ファンをベースにして、中長期的に売上や価値を上げていく」マーケティング戦略が重要であると提唱している。

その理由は三つ。日本の消費人口は今後、急減し、高齢社会化によって間違いなく減少の一途を辿ることになる。また、市場における情報が過多になっているため、新たな情報が顧客にリーチしづらい状況でもある。こうした時代背景が一つ目の理由だ。

二つ目は、固定客を確保することが永続するブランドを作り上げる最重要課題であるという観点。どの企業においても、特定のコアなファンが、売上の大半を支えている。これは、いわゆる「パレートの法則」にも当てはまり、全顧客のうち上位約20%にあたるファンが、約80%の売上を支えているそうだ。

最後は、「ファンは、テレビやネットをしのぐ最強のメディアである」という観点。

たとえば、「友人がSNSで話題にしていたカフェに、つい気になっていってしまった」という経験を持つ人は多いだろう。本書で紹介された調査結果によると、身の回りのさまざまな情報源の中で、「家族や友人が投稿した情報」が最も信頼されているそうだ。価値観の近い友人の体験や意見は、「価値が高い情報」として伝播するということがわかる。

上述のとおり、全顧客の「約20%」である少数のファンと中長期で付き合いながら、彼らのライフタイムバリューを向上させることが、佐藤氏の提唱する「ファンベース」という考え方だ。

具体的には、時代とともに変化するサービスの価値を、ファンと一緒の目線で見極め、改善を繰り返していく。自分たちのサービスの価値を支持してくれるファンを大切にし、いま以上に喜ばせる。

彼らのライフタイムバリューを上げることができれば、サービスの価値が彼らの友人・価値観の近しい人たちに波及していくのだ。結果的に新規顧客の獲得につながり、収益を安定・成長させるという戦略になっている。

企業のマーケティング活動は、「ファン総動員のプロジェクト」

これまでも、企業はマーケティングのためにファンコミュニティや、ユーザー同士で知見を共有し合う「QAサイト」などを展開していた。しかし、それらとは一線を画し、さらにファンのライフタイムバリューを高めた事例が出てきている。

たとえば、上述の書籍ではオリジナル新作マンガを配信するサービス「GANMA!(ガンマ)」の企業事例が挙げられている。彼らのユーザーレビューは非常に高い点数(5点満点中、Apple・Googleともに平均4.7点)を維持しているが、これには理由がある。

運用担当者が、アプリに寄せられたユーザーレビュー一つひとつに返信をし、対応を行っているのだ。レビューが投稿されるたびに、すべての内容を確認し、指摘に対しては対応可能な範囲で改善を行い、誠実に返信を続けた。すると、一度は厳しいコメントをしたユーザーたちも、この返信によって「評価を上げる」という行動でお返しを始めたのだという。

ほかにも、2016年に公開された映画「この世界の片隅に」も、好例の一つだ。制作資金約3900万円をクラウドファンディングサイトで集め、大きな話題になったことは記憶に新しい。

ここでも投資者であるファンを「喜ばせる」ための返礼を考えたことが、功を奏した。用意したのは、作品制作の進捗を伝えるメールや、原作者が描きおろしたイラストの手紙、監督とのミーティングに参加できる権利、そして本編のエンドロールにファンの名前をクレジット。

ファンの「応援したい」気持ちを引き出す工夫によって、制作段階で熱心なファンを虜にした。それによって、思い入れを持っていち早く映画を観たファンが、感想を次々にSNSに投稿。継続的に話題を呼び、2016年11月の公開から現在にいたるまでロングランで上映される大ヒット作品となっている。

重要なのは、サービス開発のプロセスにファンを巻き込むこと。中長期的な開発のプロセスを作り手側と共有することで、ファンにとってサービスの価値は、唯一無二のものになるのだ。

顧客サービスと販売サポートをファンに外部委託

こうしたファンの熱量や知見を活かす手法が起点となり、新たなビジネスモデルも誕生している。

2015年にスイスで誕生した「guruu(グルー)」もその一つだ。同サービスでは、企業が顧客サービスと販売サポートをファンに外部委託することができる。

登録する際に、自身が「何の専門家であるか」を選択し(左下の図)、審査を受ける。そこで審査に合格したユーザーのみが、guruu上でその「専門家」に認定され、以降は新規顧客からの問い合わせチャットに対応できるようになる仕組みだ(右下の図)。

問い合わせ用のチャットでは、質問が投稿されると、guruu独自のアルゴリズムによって、わずか数秒でふさわしい専門家がマッチングされる。マッチングを受けた専門家は、質問に応じて製品説明や使用感想を共有。

そしてチャットサポートが終わると、「専門家」に対する評価がフィードバックされる仕組みだ。企業側は、すべてのチャット内容やフィードバックをモニタリングできるので、顧客への提供内容を随時最適化できる体制が整っている。

企業はファンの手を借りることで、低コストで24時間の顧客対応が可能になるほか、その生の声を販売促進に活用できるのだ。

すでにguruuは、スイス国内有数のEC「BRACK.CH」などで実証実験を実施。さらには800,000スイスフラン(約89,600,000円)を資金調達し、ドイツとオーストリアでの展開準備に入っている

好きなお店やサービスを紹介するセールスマンに

このようなファンの熱量や知見を活用したビジネスモデルは、実は日本にも存在する。

2017年6月にリリースされた、営業スキルを持つ人材と企業をマッチングするサービス「Saleshub」だ。Saleshubの特徴は、企業が自社の「営業担当」を外部委託できること。ユーザーは、好きな企業の「営業担当」となって、販売促進を支援することができる。

たとえば、あなたが常連で通っている飲食店があるとする。Saleshub上でその飲食店にぴったりの食材を、よりリーズナブルに提供する問屋を見つけた場合、あなたはその飲食店に紹介をすることができるのだ。

ユーザーはサイト上で「紹介依頼」の案件をチェックし、知り合いに勧める。紹介が成功するごとに、お祝い金として報酬を得ることができる仕組みだ。現在の掲載案件はBtoBのものがほとんどで、事業の発注先から、クライアント紹介、人材紹介の依頼まで多岐にわたる。使い方が簡単で、手軽に着手できることもポイントだ。

企業が新規クライアントを発掘する手法は従来、募集広告や人力による営業行為(テレアポやメール、飛び込み営業など)が主流だった。しかし、その裏には営業担当の精神的負荷や時間的コストが大きいという負荷がある。Saleshubは、「個人のネットワーク」を活かした効率的なマッチングを実現することで、その負荷を解消している。

たとえコミットできる時間が限られていたとしても、「好きな企業」を知り尽くしたファンであれば、その課題やニーズを十分に満たした商品・サービスを提案することができるだろう。

日本は政府による副業解禁を追い風に、特定のスキルを持った人材が、個人の仕事を得やすい環境になってきている。

上述の例にみられるように、企業によっては、顧客接点の仕事を、サービスを知り尽くした「ファン」に切り出すという、新たなブランド強化の手法が確立されている。

「ファン」である強みがひとつのスキルとして認識されるようになり、大きな市場価値となっていくのではないだろうか。

img:rawpixel.com on Unsplash, Guruu, Saleshub, GANMA!