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「働くこと」に自覚的になったのは、いつ頃だろう。大学在学中にライターの仕事を始めてから徐々に働くことへの解像度が上がり、自身にとっての理想の働き方が少しずつ見えてきたように感じる。
「何をやるか」も大切だが、それと同じくらい「どう働くか」も大切にしたい。納得して働ける環境かどうかは、仕事でパフォーマンスを発揮する上でとても大事な要素だろう。
「働き方に正解はない。だが新しい働き方に挑戦し、自身にとっての最適な働き方を探すプロセスを経て、私たちは理想の働き方を獲得できる」と、「働き方」を選択できる社会の実現を目指し、一般社団法人at Will Workを立ち上げた藤本あゆみ氏はこう語る。
「やりたいこと」だけではなく、「働き方」を主体的に選ぶ社会をつくりたい。そんな想いをもって、at Will Workという一般社団法人を立ち上げた藤本氏の原点には、何があるのだろう。
- 藤本あゆみ
- 大学卒業後、2002年キャリアデザインセンターに入社。求人広告媒体の営業職を経て、入社3年目に、当時唯一の女性マネージャーに最年少で就任。2007年4月グーグルに転職。代理店渉外職を経て、営業マネージャーに就任。女性活躍プロジェクト「Women Will Project」のパートナー担当を経て、同社退社後2016年5月、一般社団法人at Will Workを設立。株式会社お金のデザインでのPR マネージャーとしての仕事を経て、2018年3月Plug and Play Japan株式会社でマーケティング/コミュニケーションのディレクターとしてのキャリアをスタート。
「あなたはどうしたいの?」と問われ続けた中高時代
藤本「私が通っていた高校は、自分の将来のなりたい姿から逆算して、自ら取るべき授業を選択し、自分で時間割を作るという環境でした。『あなたはどうしたいの?』と常に問われていた気がします。学校には校則もありませんでした。生徒や先生と対話して、どのようなルールをつくるべきか考えて自主規制を作る。そんな学校だったんです」
藤本氏は中高に通いながら自然と「自分はどうしたいのか」を考える癖がついたという。自問する中で見つけたのは、ドキュメンタリー制作への関心だった。
藤本「ドキュメンタリーを観る機会の多い学校で、ドキュメンタリーへの関心が高まっていました。取材対象と長い時間をかけて向き合い、丁寧に取材する、そんな表現に惹かれれたんです。『自分は将来何になりたいのか』という問いに、はじめて答えられたのがドキュメンタリー制作だったんです」
藤本氏のドキュメンタリー制作への思いは、「ドキュメンタリーを制作するためには大学にいく必要はない」と考えさせるほどだった。
だが、ドキュメンタリー制作はさまざまな人や物に迫り、その対象の魅力を伝える仕事だ。大学に進学することで、魅力的な人と出会い、人生にさまざまな選択肢があることを知ることで、自身の幅が広がっていくはず。それはドキュメンタリー制作に活きると考え、藤本氏は大学へ進学することに決めた。大学にいきながらでも、ドキュメンタリー制作の経験はできる。何も、選択肢を狭めることはない。
大学で学問を修める傍ら、「ドキュメンタリー制作」に関わりたいという想いは忘れていなかった。制作に関わるため、ADのバイトを経験し、現場へと足を踏み入れていった。
行動して、はじめて気づくことも多い。映像制作の過酷な現場を経験することで、新たに多くのものが見えてきた。「わたしの20代を費やす場所はここでいいんだろうか。もっとほかの選択肢があるんじゃないだろうか」と藤本氏は考えるようになる。
藤本氏はこの経験から「何をやるか」だけではなく、「どう働くか」も大切にしたいと考えるようになる。この問いを考えた末、社会人としての最初のステップは、人材業界への就職だった。
藤本「人材業は『人がどう働くと幸せになれるか』を考える仕事です。人の人生に向き合うという点で、私はドキュメンタリー制作と近いものを感じました。仕事は人生の中で、とても長い時間を占めています。それなのに、仕事にやりがいを感じたり、没頭したりできる人は少ない。仕事と人のマッチングに関われば、そういう人たちを少しでも救えると思いました」
藤本氏は関心があったドキュメンタリー制作を「人の人生に向き合う仕事」と抽象化したことで、人材業への関心が生まれた。「やりたいこと」を別の側面から捉え直したり、抽象的に捉えることが、自分の「やりたい」を考える上では必要だ。
「女性の6割が結婚すると仕事を辞める」という現実に向き合う
人材業界で約5年間働いたあと、結婚を機にグーグル株式会社(現在はグーグル合同会社) に転職した。「今まで自分が知らなかった会社に出合いたい」と考え、求人サイトを見ていく中で見つけたのがGoogleだった。2007年、藤本氏は入社を決意する。
Googleで営業マネージャーを担当していたときは、目の前の仕事に熱中するあまり、気がつけば「他人がどう働くと幸せになれるか」に、自身のやり方でアプローチしたいという思いは置き去りになっていた。
働く上で大切にしたいこと、成し遂げたいことを見つけるだけでも大変なことだが、それを常に持ち続けることはそれ以上に大変だ。藤本氏は、楽しく仕事はできている一方で、どこか物足りなさを感じていた。
そんなとき、Googleで転機が訪れた。Googleでは本業のほかに、さまざまなプロジェクトに参加できる環境が整備されている。そこで女性の社会進出や働き方改革に関するプロジェクト「Women Will」に出合う。
藤本「Women Willに関わるようになって、結婚すると6割の女性が会社を辞めるという事実を知り、ショックでした。結婚したあとも働き続けるという選択もあっていいはずなのに、多くの人が仕事を諦めてしまう。この状況に働きかけ、変えなければいけないと決意しました」
Women Willは、藤本氏に「自分は何がしたいのか」を改めて問い直すきっかけを与えた。藤本氏はGoogleで本業に取り組む傍ら、「Women Will」にのめり込んでいく。その過程で、アプローチしたい対象が広がっていった。女性だけではなく世の中の全てのビジネスパーソンの働き方を変えたいーーそんな想いが芽生えていった。
藤本「女性に限らずさまざまな人々の働き方を変えることに興味を持つようになりました。でも、Women WillはあくまでもGoogleという会社のプロジェクト。もっと自由にフラットな立場から働き方を変えるために挑戦したい。そんな思いが自分の中に徐々に募っていきました」
社会の「働き方」に関するアクションを促進するために団体設立へ
藤本氏はその想いをアクションに変えた。Googleを辞めることを決意し、一般社団法人 at Will Workを設立する。その名前には、「個人が意思をもって組織と対等な関係で働いている状態」を目指したいという意味が込められた。
藤本「at Will Workで実現したいのは、働き方を選択できる社会。今は、個人も企業も働き方を模索している最中です。その事例を共有することで、ノウハウの蓄積と体系化を行い、すべての人が働きやすい社会づくりを行っています」
at Will Workは、5年間の期間限定で活動する、と宣言。同団体のミッションは、働き方を変えること。であれば、長く時間はかけられない。素早く、大きく仕掛けることで、変化にかかる10年を3年や5年に縮めようとしている。
自分や会社の価値観や事業に合わせて、適した働き方は異なる。そこで、at Will Workでは、他社の働き方の表層をまねるのではなく、自社や個人に合うように働き方を最適化することを重視している。この考え方を伝えるために「ストーリー」という形式を活用している。
at Will Workは、2017年12月に“働く“ストーリーを集める「Work Story Award」を開催。多種多様な働き方のストーリーを集めることで、多様な企業と個人に変化のきっかけを与える狙いだ。
藤本「人によって、働き方は異なります。理想を語れば、1億2000万人分のストーリーを集めて、それを可視化したいんです。アワードの形式で発信することで、ほかの事例と照らし合わせながら自身の働き方を見つめるきっかけを与えることを目指しました」
かつて、ドキュメンタリー制作を仕事にしようと思い描いていた藤本氏は、形を変えて人や会社のストーリーに迫ることになった。一度、「やりたい」と胸に抱いた思いは忘れずに、しまっておくと別の形で実現できることもあるようだ。
企業広報と一般社団法人の複業に挑戦
藤本氏の活動は、at Will Workの代表という役割だけではない。一般社団法人の代表理事を務めながら、ロボアドバイザーの「THEO」を提供する株式会社 お金のデザインで広報・PRの仕事に携わっている。
お金のデザインとの出合いは、Google退社直後までさかのぼる。at Will Workの団体設立の準備に取り掛かっていた頃だ。Google時代の元上司に誘われ、自身が今まで経験したことがない「金融」という事業領域への関心もあり、THEOで働くことに惹かれていった。
最初は業務委託などの形式で週2〜3日働くことを想定し、交渉しようと考えていた。だが、お金のデザインのファウンダーである谷家 衛氏に思わぬ一言を言われ、藤本氏は決意を新たにする。
藤本「『業務委託で複数の仕事を行うことはもう誰かがやっている。自らが正社員で働きながら社団法人の立ち上げをするという二つのことに挑戦してこそ、働き方の選択肢を広げられるんじゃないか』と問いかけられたんです。at Will Workの理念を自ら実践できなければ、そこに説得力は生まれない。私はお金のデザインでも正社員で働く決断をしました」
世の中を変えようとアプローチするためには、まずは自分が実践することで先陣を切る。行動が、伝えたいことの説得力を増す。
「二兎を追う」「まず実践してみる」大学時代から、藤本氏が選んできた道だ。彼女は世の中の働き方を変えるために、まずは自分の働き方を大きく変えた。
そんな藤本氏は2018年3月に新たな一歩を踏み出す。at Will Workの代表理事は続けつつも、Plug and Play株式会社でマーケティング/コミュニケーションディレクターとしての勤務をスタートした。
二つの職場を行き来する中で見えてくる課題
at Will Workの立ち上げと、お金のデザインへの入社を並行して経験した。新しい働き方を実践することで、その優れた部分も理解できれば、課題も身をもって体験できた。
藤本「二つの職場を行ったり来たりしていると、忙しい時期が重なる時があります。そんな時はメンバー全員が複業で取り組んでいるat Will Workの活動を調整します。『できない』と周囲に伝えることで、ほかのメンバーが助けてくれる。逆にほかのメンバーが忙しい時期には、私がその人の業務を手伝うという働き方です」
「できない」と正直に周囲に伝え、助けを求める。これは、新しい働き方を実践していなくても大切だ。お金のデザインでも、「できない」と声を上げることで会社のメンバーに助けを求めることがあるという。
誰かが声をあげて、周囲に助けを求める。そうすれば、助けを求めていいんだ、という空気の醸成にもつながる。どうしたって、二つの仕事を掛け持ちする上では、こうした調整が必要になる。働きやすい空気作りも、大切なことだ。
パラレルワークは課題がある一方で、得られる経験も多い。異なる二つの環境に身を置けば、片方で得た経験値を別の場所で活かすことができる。「二つの職場で同じことをしても、それぞれ違う反応やフィードバックがくる、そんな環境が面白いんです」と、藤本氏は自身の働き方を客観視しながらその面白さを語る。
「働き方」をプロトタイプしながら最適解を見つけていく
最初から、自分にあった働き方はわからない。人は、試行錯誤しながら、自分に最適な働き方を見つける。そのためには働き方のプロトタイプを行う必要がある。
藤本「最初は、お金のデザインとat Will Workの業務時間を分けていました。お金のデザインのオフィスに出勤している間はその業務に集中する、その前後の時間でat Will Workの業務を行う、と。でも、それは自分に向いていませんでした(笑)。お金のデザインに出社中でも、どちらの仕事もやっていました。私は時間を明確に分けないほうが働きやすかったんです」
実践は、いろんなことを教えてくれる。それは、個人だけではなく企業も同じだ。会社として新しい働き方を実践する際は、最初からルールを決めるのではなく、まずは試してみることが大切だ。「企業が『週休3日制』を強制するのではなく、制度を導入し、社員の声を反映しながらチューニングしていくことが求められる」と藤本氏は指摘する。
働き方のスタイルだけではない。何を目的に働くか、という点も試行錯誤の繰り返しだ。藤本氏自身も、ドキュメンタリー制作から人材業、そして「働き方」にアプローチするat Will Workの設立へと、その時の興味や関心に従いながら歩みを続けてきた。
「やりたいこと」を模索し、それに合うような自分の働き方を見つける。人生のステージが変化すれば、自身が望む働き方にもおのずと変化が生まれるだろう。だからこそ、働き方を柔軟に変える社会になることが望ましい。そんな社会の実現を目指して、藤本氏はat Will Workの活動に取り組む。
その傍ら、藤本氏はお金のデザインからPlug and Playへの転職も経験した。
藤本「Plug and Playという会社は、さまざまなスタートアップの支援をしているのですが、自らがVCとして支援するだけではなく、大手企業と組んでの支援も実施しています。さまざまな企業が連携し、協力して新しいサービス、ひいては新しい社会を創っていくというのは、at Will Workで取り組んでいることと同じなんです。at Will Workでこの2年間、多くの企業の取り組みに触れてきました。一つのサービスではなく、さまざまな企業・サービスに触れて、それを社会に出していくために伴走していく、という話を聞いく中で、私はいても立ってもいられなくなりました」
藤本氏はPlug and Playでも継続して、広報やマーケティング領域の仕事を続けていく。支援するスタートアップの広報とマーケティングもサポートするという。
藤本「お金のデザインに出合ってなければ、営業のキャリアから広報、そしてマーケティングにスイッチすることもなかったと思います。お金のデザインでの2年間で面白さ、そして難しさを痛感して、さらに続けたい、もっとやっていきたい、と思えるようになったのも面白い変化だと捉えています」
「働き方」と「休み方」は不可分な関係にある
仕事は成果で測られ、どこにいても仕事ができる時代。リモートワークを実践していると、ついつい働きすぎてしまうことがある。新しい働き方に慣れないうちはきっと課題も出てくる。「ずっとオンの状態になり苦しむ人が現れるだろう」と、藤本氏は社会を憂う。
では、「働きすぎてしまう」課題にはどのように向き合えばいいのか。ずっと走り続けていたら、人間は疲れてしまう。生活の中に余白を作ることを、意識的に行う必要が出てくる。
藤本「生活の中にホワイトゾーンをつくる。これが今の私が意識して実践する働き方です。土日はメールも見ずにモードを切り替えるんです。これからの時代に豊かに生きるために、自分に最適な休み方を見つけることが求められるでしょう」
「働き方」を考えると同時に、「休み方」を意識する必要がある。その二つは表裏一体の関係にあるからだ。休むことは、「働く」ことにさまざまな影響を与える。生活に余白をつくることで、目の前の仕事から気持ちが切り離され、「自分は何を成し遂げたいのか」そんな大きなビジョンについて考える余裕も生まれるだろう。
「働き方」に正解はない。より良く、豊かに生きるためには、自分にとっての最適解を見つけていく必要がある。そのためにはさまざまな働き方を実験し、何が自分に合っているのかを確かめながら、一歩ずつ前に進む。いきなり最適解にたどり着くことは難しいけれど、その試行錯誤が自分の「働き方」を見つけるための道標になるだろう。
Photographer : Hajime Kato