これからはストレスマネジメントが必須科目?欧米の学校で『メンタルヘルス教育』が進む

高熱が続けば医者へ出向くのに、気持ちがふさいで寝床を出られない日が続いても、気合い頼りになってしまう人は多いのではないだろうか。日本においては精神的な病に対して自覚がなかったり、医療機関を受診しなかったりするケースが少なくないようだ。

2016年に製薬会社の「日本イーライリリー」が実施した調査では、「うつ病と診断される前、自分がうつ病になる可能性があると思っていたか」に対し、59.8%が「思っていなかった」と回答した。

また、2012年に「ニールセン・カンパニー」が発表した調査では、日本人のうつ病患者の病院受診率は16.5%と、米国の38.6%を大きく下回っている。受診していない理由についてはおよそ半数が「自然に治ると思うから」と答えている。

「メンタルヘルス教育」で内面と向き合うための土台を育む

しかし、こうした結果になってしまうのも仕方ない。日本ではメンタルヘルスについて学ぶ機会は限られている。中学校や高校の保健体育で基礎的な内容は触れても、具体的な対処法を学んだという人は少数派ではないだろうか。

若年層のうつが増加傾向にある米国では、中高生を対象にメンタルヘルス教育を行う動きが進む。ミシガン州のウェスト・ブルームフィールド高校では、今年2月よりメンタルヘルスについてのカリキュラムを実施している。

カリキュラムは全15回の授業からなり、講義やグループワーク、セラピーセッションを通して、精神的な不調の原因を探り、対処する手法を学ぶ。さらにその状態について正しく友人や家族に伝えるためのコミュニケーションスキルの獲得も目指すという。

カリキュラムの制作を担うのは、カウンセラーと患者のコミュニケーションプラットフォームを運営する『Therapy.Live』だ。同サービスの設立者であるRyan Beale氏は「次世代を担う若者たちに、感情を人生の意義ある活動に傾けられる力を身につけてほしい」と語る。

受講した生徒は「嫌な気分に陥ったときにその理由を考えるための基礎的な知識を知ることができた」「自分以外の生徒も精神的な悩みを抱えているのだと気づく機会になる」とカリキュラムを高く評価しているようだ。

Therapy.Live」の提供するカリキュラム「PrepareU」はオンライン上で公開されている

イギリスでも同様の動きがみられる。イギリスのウェールズ地方の都市カーディフでは、五つの中学校でメンタルヘルスを扱うカリキュラムを試験導入した

カリキュラムでは精神的なストレスの仕組みから、それらと上手く付き合う方法、他者と分かち合うための対話スキルを扱う。教材の制作は、無料カウンセリングを提供する非営利団体『Samaritans』が担当する。


(『Samaritans』が制作するビデオ教材)

日本国内でも非営利団体と学校が共同でメンタルヘルス教育を実施する例はある。うつや自殺に悩む若者を支援する「特定非営利活動法人Light Ring.」は、友人関係や進路、家族についての悩みなど、思春期に抱えがちな悩みと向き合う方法を教える『中高生向けメンタルヘルス講座』を全国の中学校や高校で実施している。

大人にこそ求められるメンタルヘルスへの理解

中高生だけでなく大人も、自身の精神的な状態を把握し、対処するための知識を身につけておく必要があるだろう。

2016年に「日本イーライリリー」が実施した調査では、うつ病の症状を感じてから医療機関を受診するまでの期間は「1年以上」が27.3%で最も多く、「6か月~1年未満」も合わせると35%にのぼる。

その理由として「自分の頑張りや気持ちのもちようで不調を解決できると思ったから」、「性格の問題で病気ではないと思ったから」、「不調は疲労が原因で、少し休めば解決すると思ったから」などが挙がった。

厚生労働省はワーカーのメンタルヘルスを向上させるために、自分自身でストレスを認識し、的確に「セルフケア」を行うよう推進している。同省は『こころの耳』というウェブサイトを通して、セルフケアの方法を学べるeラーニング資料や、著名人のセルフケア方法を紹介する『#ポジシェア』といったコンテンツを提供してきた。

厚生労働省の運営する「#ポジシェア」では“疲れやストレスと前向きにつきあうコツ”を紹介する

個人だけでなく企業にもメンタルヘルス対策が求められている。厚生労働省の調査によると、仕事に強い不安や悩み、ストレスを感じているワーカーは59.5%と、過半数を超えた。

東京大学の川上憲人教授は著書『基礎からはじめる職場のメンタルヘルス―事例で学ぶ考え方と実践ポイント』で、不調をきたした社員のみ対応する「ネガティブ」なメンタルケアではなく、組織全体の幸福度を高め、生産性の向上を図る「ポジティブ」なメンタルケアが必要になると指摘した。

川上氏は後者に関わる施策として、個人の仕事量や負担の軽減、社内コミュニケーションの円滑化などを挙げている。こうした「攻め」のメンタルヘルス対策は、企業の成長に欠かせない戦略の一つとして位置づけられるという。

メンタルヘルス対策が企業や個人のパフォーマンスを上げる手段にもなるという認識が高まれば、「自分なら大丈夫だ」と頑張りすぎてしまうビジネスパーソンもメンタルケアに関心を持ちやすくなるかもしれない。

ストレスに対処するための知見の共有とともに、「ポジティブ」なメンタルケアへの意識転換が進むことにも期待したい。

img:Therapy.Live

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