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駅ビルのちょっとした広場や、街中の公園などで、マルシェイベントをよく見かけるようになった。ものづくりを仕事にする職人から、趣味を発展させたプロのようなアマチュアも並ぶ。企業やブランドによるポップアップショップも増えてきている。
購入の場がリアルからオンラインに移りゆくなかで、簡易で身軽な出店のニーズが増えているのだろう。フェスやマルシェの運営を仕事にしている筆者は、ニーズの高まりを肌で感じている。
銀座に、1m2から利用可能なレンタルマイクロスペースが登場
ハイブランドや料亭が並び、海外からの旅行者もあふれる街、銀座。
銀座は、とにかく地価の高い街だ。2017年の国土交通省の調査では、銀座の「山野楽器銀座本店」は日本一地価の高い場所で、1m2あたりの地価は5,050万円にもなる。全国の地価の上位10地点のうち5地点が銀座にある。
街のブランドはある。だが、そのブランドゆえに価格が高騰してしまい、新たな出店や若い出店が起こりにくい。街に変化をもたらすには、新たなアプローチが求められていた。
そんな街に興味深い場所がオープンした。1m2という狭いエリアを1日から利用可能なレンタルマイクロスペース「STAND GINZA / 80」だ。地価の高い銀座でも、時間を短くし、スペースを狭くすれば手頃な値段で借りられる、というアイデアが形になった。
同スペースをプロデュースする編集者でTOKYObeta Ltd.代表の江口晋太朗氏に、STAND GINZA / 80をオープンした経緯から、この空間が都市に与える影響までお話を伺った。
アイデアのスタートは銀座で「100円単位の場所貸し」
アイデアのスタートは、オーナーから不動産会社に届いた「短期間だけ空いてしまったテナントで、何か面白いことできないか?」という依頼からだった。
江口:「銀座で誰もやろうとしない意外なことに挑戦してみたいと考えて、さまざまな試算を重ねました。その結果として、100円単位の場所貸しを不動産会社に企画提案させてもらったんです」
運営元は不動産会社の株式会社まちピチュで、企画のプロデュースや運営メンバーとして江口氏が関わるという座組で、この取り組みはスタートした。
不動産業は、建物の所有者がスペースを貸し出し、賃料によって収益をあげる。貸出の期間は年単位、請求は月単位、広さはワンフロアをまるごと、というのが一般的だ。だが、運営の一手間を加えて、期間、請求、広さを細分化したのが、STAND GINZA / 80だ。
江口:「ブースとして利用可能な面積が80m2。全てが埋まれば1時間8千円で、24時間稼働すれば一日で19万2千円になります。机や什器の貸出もしているので、その分、売上が加算されます。24時間100%稼働はありえないので、50%ぐらいが現実的な数字でしょうか。みなさんがなんとなくイメージするよりも、売上が立っているんじゃないでしょうか?分割化することで、一括よりも価値を高めることができる、という考え方です。」
100円で1m2を貸し出すということをアイデアの種にして、そこから営業時間の10:00〜22:00の1日貸しで、平日2千円、土日祝4千円という価格設定に落ち着いた。1時間/100円のアイデアは、2018年の1月まで初回のみ1日1,200円という形で残した。
江口:「スペースを小さくする代わりに出店料を安くすることで、出店へのハードルが下がり、さまざまな人の参加につながります。占いの隣に八百屋があって、その向かいでは洋服を売っていて、他業種が混ざり多様なマーケットができあがります。先日、地元の方が野菜を買っていきました。銀座にはものを見極める目を持っている方が多いですから、良いものはちゃんと売れていきます」
お客さんとして来た人が、次の日に出店することも可能。誰もがプレイヤーとしてチャレンジできる環境がSTAND GINZA / 80の魅力だ。
「色」をつけないことで、多様性が生まれる場になる
現状は、アパレルやクラフト、地方の名産品など、プロダクトを販売する形態の出店が多い。江口氏はもっと多様な出店者にきてほしいと話す。
江口:「ここで新しいビジネスをテストしてみるのもいいと思います。たとえば、最近の銀座はアジアからの旅行者が大変多いですから、旅行者向けにトランクルームビジネスをはじめたりするのはどうでしょうか?目隠しもできますから、ネイルサロンやちょっとしたフットケア、コンサルテーションような対面型のサービスもいいと思います。アート作品の展示など直接的に対価を取らない出店の仕方もいいですね」
行政手続きを自分で行い、火気厳禁のルールを守れば、飲食の提供も可能。自社で作成したアプリやゲームの体験のような企業のPRもウェルカムだ。
江口:「YouTuberの中継ブースをつくって視聴者とのリアルイベントを企画したり、学会や勉強会の発表イベントの開催にも利用可能です。もちろん、1フロアまるまる借りることもできます」
マルシェイベントの多くは、オーガニックに特化したり、地場のものにこだわったり、独自の「色」をつけることで差別化を図っている。しかしSTAND GINZA / 80では、あえて色を出さず、フラットな環境を用意した。
江口:「色をつけないことで、出店者と来場者、出店者同士、来場者同士の出会いの偶然度を高めることができます。限定しないことにより、多様な人たちが集まる独自の場所にすることができました」
サーカス団のように移動しながら、マーケットをつくる
STAND GINZA / 80を開く上で大切だったのは、約1年間の期間限定という制約だった。次のテナントが入居するまでのスキマを活用し、レンタルマイクロスペースは生まれた。
江口:「前のテナントが退室してから、次のテナントが入るまでの約1年間を使って何かできないか、という前提条件からスタートしています。簡素なものでいかに魅力的な場を作るかというのも課題でした。1年で終わるのだから、作り込みにも撤収にも手間や費用をかけるわけにはいきません」
スペース内には、上下左右等間隔に垂木を渡してある。垂木に囲われたスペースが約1m2。フォトジェニックでありながらも、実用的でもある内装だ。
江口:「簡単に設営・撤収できる内装を持ち運びながら、サーカス団のように自由に移動する。移動した先でさまざまなレンタルスペースをつくり、交流を生み出せる構造がSTANDという事業の考え方です。その第一歩を、銀座という場所で作れたんです」
銀座で1年間の限定営業のあとは、サーカス団のようにほかの地域でも展開できる。そんな同スペースの仕組みは、地方でも都心でも「街の空き家問題」を解決できる可能性を秘めている。
地価の高騰によって失った銀座の歴史を取り戻す
江口:「今回のケースのように、1年ほどの短期間だけテナントが空いてしまうことが都市部で発生しています。一般的には、初期費用や運営の回収コスト、場所の認知などを踏まえると3年〜5年ほどの中長期でテナント利用を考えないと、収支が合いません。短期間だけ借りることは企業にはリスクなのです。
さらに、銀座に限らず、都市部における不動産の地価が高騰したことにより、都市の中心部の不動産の多くは、大資本の企業でなければスペースを借りることができません。ビルは空いているけれど、借りられるプレイヤーが限られている。これではどこでも同じような店が並ぶようになってしまう。
これらは都市部における不動産の空地(空き家)問題といえるもので、STAND GINZA / 80はその隙間を埋めつつ、新しいことにチャレンジする人たちに役に立つ場所にしたいという考えがあります。」
地方の駅前ビルや商店街にテナントが入らないことは社会問題として広く認知されているが、銀座や渋谷など人気のある都心でも起きている事象だ。結果、街のアイデンティティが揺らいでしまう。
江口:「資本主義の構造と不動産は密接につながっています。地価は株みたいなもの。みんなが買うから値段が上がります。
かつて、戦後の復興とともに焼け野原からスタートした銀座は、各地で商売を営む人、一旗揚げたい商売人の方々が集うエリアとして盛り上がり、同時に、当時の経済状況から一転して、日本経済の成長期とともに地価が最も高くなった場所となりました。
そうした経済成長と平行する形で、同時に大きな課題も抱えるようになりました。たとえば、地元の人向けに営業していた地元の店舗や商店が、固定資産税の支払いなどが影響し、商売を畳まれる方や、ビルを改修してテナントに貸し出す方も出てきました。
そういった歴史ある街に寄り添った店がなくなっていくと、それは結果として街の歴史が地元に根づいていかなくなってしまいます。景気は良くても、街としての歴史や蓄積が次第に薄まっていき、淡々と衰退しているフェーズに入ってしまう可能性が大きくなってしまうんです」
銀座の歴史を紐解くと、焼け野原になるたびに新しい人や文化が入ってくる風通しのいい場所であり、ベンチャースピリットがあふれる街だった。
江口:「銀座では、災害や戦争が起きるたびに人口の3割ほどが入れ替わっていたと聞いています。闇市のようなマーケットに小さな露店を出店したところからスタートし、店舗を構え、お店が増える。ほかの街から東京進出のための出店も増えて、少しずつショッピングの街としての地位を確立してきた歴史があります。今は老舗になった店も、はじめは小さな店舗だったのです。
そんな商売の町としての歴史があって、今の銀座があるわけで、いきなり今のようなみなさんがイメージする銀座ができてわけではないんです。過去の蓄積があるから現在があり、それが未来につながっているんです」
街の記憶や歴史を後世に継承するという点においても、STAND GINZA / 80が寄与できることは大きい。期間限定の空きスペースを活用し、新しい価値を提供できる人が集まる場をつくって、銀座に新しい風を入れられる。
街のルールをハックし、緩やかな革命を促す
歴史を残していくならば、歴史をつくってきた人たちへのリスペクトを忘れてはならない。
銀座で長年商売を続けてきた方は、その歴史に自負を持ち、銀座に対するプライドもある。銀座に高層ビルが建たないのも、景観を乱すような看板がないのも、民間ベースで銀座らしさを担保するためのルールがあるからだ。だからこそ、新しい風を入れるための工夫が必要になる。
江口:「今の仕組みやルールを、良い意味でハックしながら、緩やかな変革を促す。伝統と革新のバランスを担保しながらやっていくことが大事です」
すでに変化は起きている。昨年は「GINZA Progressive」というイベントが行われた。「GINZAを取り戻す」をテーマに、銀座数寄屋橋公園にマルシェが広がり、ライブやトークも行われた。江口氏は、GINZA Progressive Sessionと題して銀座のこれからを語るトークプログラムを企画。同スペースはサテライト会場となった。
江口:「なぜここなのかという意味を語り、地域のプレイヤーとつながって、プロジェクトのコンテキストをつくっていく。これまでも、空間や場所をプロデュースをするときは、一つの箱として捉えるのではなく、場所や場所の歴史を踏まえることに気をつけてきました。場所の物語と箱が密接につながると、箱を通して、場所と人が強固につながります。STAND GINZA / 80も、次の銀座をつくり出していく運動体の一つになりたいと思っています」
箱が箱として独立してしまうと、場所と人の関係がなくなってしまう。場所と人をつなぐ装置としての箱をつくる。「街と商売をする人を、資本主義的だけではなく、信用経済的なつながりを生み出していきたい」と江口氏は話す。
STAND GINZA / 80が挑戦する取り組みは、都市の空き家問題を解決しながら、街に新しい文化を注ぐ。既存のルールをうまくハックしながら、伝統と新しさをスムーズにつなぐことで面白い街が生まれる。
新たに注ぎ込まれるベンチャースピリットが、銀座にどのような変化を生むか、非常に楽しみだ。
写真提供:STAND GINZA / 80(photo by Wataru Suzuki)