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電子国家エストニアの成り立ちや最新動向をお伝えしてきた本連載。今回は「オンラインでの法人登記」について、数少ない現地在住の日本人である大津陽子さんに体験談を交えてレポートしていただく。
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電子政府 e-Governmentの推進により、行政手続き、金融、医療、教育などの利便性が飛躍的に向上したエストニア。その取り組みの代表例として知られるのが、オンラインで最短3時間ですべての手続きが完結する、法人登記のスピード感だ。
その恩恵は、エストニアを拠点とする起業家たちだけでなく、エストニアの電子市民権 e-residencyを取得しているエストニア国外の起業家たちも得ることができる。世界中のどこからでも、インターネットがつながるかぎり、起業に必要な手続きの多くをスピーディに行えるようになったことで、エストニアはロケーション・インディペンデントな各国の起業家たちを惹きつけている。
2018年現在、エストニアでは公証人役場を訪れて会社を設立する方法もまだ可能ではあるものの、このオンライン法人登記がすでに普及しており、98%の会社がオンラインで設立されている。
このような急速な普及を支えているのは、何といってもその利便性だろう。
エストニアでは、インターネット環境とほぼ全住民が所持しているIDカード(あるいはe-residencyカード)、またはSIMベースのモバイルIDがあれば、数時間で会社の登記から、その確認を電子的に受け取るまでのプロセスが完了する。登記後の諸手続きも、法人口座開設以外はすべてオンラインで行うことが可能だ。
手順も非常にシンプルで、かつエストニア語が分からなくとも英語さえ読めれば、画面上のガイダンスに沿って簡単に手続きを進められる。
日本で法人登記を行う場合、通常、銀行・公証役場・法務局などへ足を運ぶ必要があり、登記後にも法務局・銀行・税務署・年金事務所・労働基準監督署・健康保険組合など、多くの場所に赴く必要がある。
日本でも現在はオンライン申請が可能となっているとのことだが、その場合でも一部の書類は直接提出、または郵送する必要がある。そして、公証人役場や法務局の混雑の具合によっては、定款・登記簿謄本の受け取りまで数日以上かかることが多いようだ。
また、コスト面でもエストニアは起業家への負担が小さく、2018年現在、設立時にかかる手数料は200€に満たない。一方、日本では対面での手続きを選んだ場合、株式会社で20万円以上、合同会社でも6万円以上のコストがかかる。
印紙代を節約できるオンライン申請も、電子定款を自分で作成する場合、必要なソフトウェアやカードリーダーの購入費用が追加コストとなる。これに加え、全体的に手続きがかなり複雑であるため、行政書士にサポートを依頼する場合は、さらに追加での出費が必要となるだろう。
私も一昨年エストニアで法人登記を行ったが、そのハードルのあまりの低さに驚いた。オンラインでの登記作業を始める前に行っておくことは、会社名・業種の決定、リーガルアドレスの設定の3つだけ。
会社の正式な登録住所であるリーガルアドレスは、エストニア国内で定める必要があり、e-residency取得者が国外から事業を行う場合は、通常ビジネスサポート会社に住所の提供を依頼することになる。
ここまで準備ができたら、いよいよ会社の登記をオンラインで行う。私のようにすでにエストニアに居住している場合はIDカードを日常的に使用しているが、e-residency取得者が国外で初めてカードを使う場合は、必要な無料ソフトウェアをあらかじめインストールしておく。
以下が、オンライン登記の一連の流れだ。
まず、エストニアの Company Registration Portal にアクセス。ウェブサイトはエストニア語と英語に対応している。
法人登録ウェブサイト
IDカードをカードリーダーに差し込みログインする。エストニアのIDカードには2つの暗証番号(本人認証用と電子署名用)が設定されているが、ログインには本人認証用のPIN1を入力。
ログイン画面
次に、Registration of a new enterprise から法人の形態を選ぶ。最も一般的なのはPrivate Limited Company (OÜ)と呼ばれる形態だ。
法人形態選択
すると、会社情報の入力画面になるので、会社名など必要情報を入力する。ここで定款も入力するが、英語のテンプレートが表示されるので、指定された箇所に最低限の情報を入力していくだけだ。資本金の額も入力するが、支払いは登録後でもよい。
なお、役員にはエストニア居住者(エストニア人である必要はない)が含まれる必要があるため、エストニア国外居住者のみで会社を設立する場合は、エストニア国内の代行業者、あるいはエストニア居住者に協力を依頼することになる。
法人情報登録画面
最後に、登録情報を電子署名で承認し、手数料を支払えば登録作業は完了。電子署名はIDカードに設定された2つの暗証番号のうち、PIN2を入力して行う。
ここまでの登録作業にかかった時間は私の場合約1時間だったが、記録上は最短18分とのこと。
このように個人で簡単に設立できるエストニアの法人ではあるが、定款を作り込みたい場合など適切な専門家のサポートが必要なケースもある。また、エストニア非居住者がエストニアの銀行で法人口座を開設する場合、銀行を直接訪れ、ビジネスプランや経営陣の経歴の審査を受ける必要があるため、事前にコンサルティングサービスを利用する人も多い。
例外として、2018年3月現在、フィンランド発の「Holvi」というサービスを使えばオンラインで口座開設することも可能。だがこのサービスは、月々の利用手数料がかかる、ユーロでの支払いしか受け付けられないなど、他のバンキングサービスと異なる点が多いため注意が必要だ。
もちろん設立が容易だからといって、ビジネスの成功が約束されたわけではない。しかし煩雑で官僚的な事務作業に時間を割かなくて済むというのは、特にスタートアップ、スモールビジネスのオーナーにとっては大きなメリットだ。
会社登記だけでなく、ビジネスに関わる諸手続きがオンラインで完結し、分かりやすく、コストがかからないことは、エストニアをビジネス環境ランキング世界12位(EU加盟国では5位)に位置づけ、税の国際競争力ランキング1位であることと相まって、起業家にとって魅力的な環境を作り上げている。
起業と聞くとハードルが高く感じられるかもしれないが、日本のように副業禁止規定が一般的でない上、簡単に会社を立ち上げられるエストニアでは、他の仕事をしながらビジネスを始める人も少なくない。現職のエストニア首相、ユリ・ラタス氏も、2005年にタリン市長になる前は、自ら自動車修理会社を起業し、CEOを務めた経歴を持っている。
人口比のスタートアップ数がヨーロッパ平均の6倍というエストニア。2017年のスタートアップビザ導入に続き、来年にはデジタルノマドビザ導入が予定され、国内外の多くの起業家精神を持つ人びとにとって、新しい挑戦をしやすい国づくりが現在も続けられている。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)