シェアリングエコノミーの概念が日本でもようやく普及し始めた。

そして今新たに、時代の働き方や経済圏を表現するキーワードとして注目されているのが「ギグエコノミー」だ。

「ギグエコノミー」を語る上で、重要な背景が二つある。一つは、時間の売り買いができるようになったこと。たとえば、「Uber」であれば、アプリを使うことでタクシーの待ち時間が圧倒的に短縮される。ドライバー側も空き時間に配車仕事ができるので、サービス利用者と提供者の両方に時間的なメリットが発生する。

もう一つは、ミレニアルズが持つ働き方の考えが変わってきたこと。こちらの記事によると、72%のミレニアルズがフリーランスのように自由裁量で、上司を持たない仕事をしたいと語る。

「ギグエコノミー」とは、空き時間を利用して、自由に働ける経済圏なのだ。それでは「ギグエコノミー」の働き手である「ギグワーカー」の定義は、フリーランスやアルバイトとはどう異なってくるのかをみていきたい。

時間の価値観が変わった時代に登場した「ギグワーカー」は、アルバイトとフリーランスの中間にいる存在

クラウドソーシングが一般化する中で、企業はこれまで正社員に行わせていた仕事を、フリーランスにアウトソーシングするようになった。

フリーランスは雇用契約を企業とは結ばずに、単発プロジェクトを請け負う。一方でアルバイトは雇用契約を結び、一定期間の労働を約束させられる。

言い換えれば、フリーランスは成果報酬型であり、プロジェクトを完遂するまでは抜けられない。アルバイトは、一定期間の労働を約束させられるので、成果報酬型ではなく時間報酬型である。

「ギグワーカー」の定義は両者と少し異なる。

単発プロジェクトをこなす点はフリーランスと同じだが、クライアントの満足する成果を提供するのではなく、自らの裁量で決めた出来高成果によって最終賃金が決まる。与えられたプロジェクトを完遂する考え方は適用されない。

アルバイトと同様にサービス提供者を管理するプラットフォーム事業者と雇用契約を結んだり雇用通知書を介した契約合意を行うが、一定時間の労働は必要とされない。自分の好きなタイミングで仕事を開始して、好きなタイミングで辞めることができる。

たとえば、配達代行スタートアップ「Postmates(ポストメイツ)」では、あるレストランからテイクアウト料理を自宅へ届けて欲しいというオーダーが入る。すると、近場にいる同社と契約した配達者に連絡が届く。

頼まれた仕事の賃金が適切でかつ、余暇時間内に対応できる仕事だと配達者が判断したら、仕事の受注が決まる。配達が完了したら、そのまま次の仕事が入ってくるのを待っても、その日の仕事を切り上げて帰宅しても良い。Uberのドライバーも15-30分のスキマ時間や、帰宅途中ついでに配車仕事を行う人も多い。

「ギグ(gig)」の語意は、一切れ、切れ端(piece)にある。1時間にも満たない超単発の仕事を、柔軟性の高い雇用形態でいくつもこなしくていく働き手が「ギグワーカー」であり、フリーランスとアルバイトのちょうど中間にいる存在だといえる。

自動化の時代に生き残るギグワーカー像とは?

「ギグワーカー」は、今後10-20年にかけてロボットやAIに取って代わられ、失職するリスクを背負っている。

マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートによれば、2030年までに4-8億人分の仕事が自動化されるだろうと指摘している。よりクリエイティブ性が求められたり、高スキルな仕事をこなせる人材が重宝され、生き残る時代に差し掛かっているのだ。

配達・輸送事業の自動化の事例を挙げると、PostmasteはワシントンD.C.で、自動配達ロボット「Starship Technologies」と提携し、配達の自動化実験を行っている。Uberは2019年をめどに、自動運転車の実用化にこぎつけたい意向を示しており、筆者もサンフランシスコ市内で同社の自動運転車が公道で試験運転しているのを何度も見かけている。

そこで本記事では「ギグエコノミー」を代表するサービスを単に列挙して紹介するのではなく、長期的に生き残ってくるであろう、よりプロフェッショナルスキルを持つ人材が活躍できるサービスや仕組みを中心に説明していきたい。

プラットフォームの運営側が、どのような運用形態やリスク管理を行うべきかを、欧米スタートアップの事例を通じて紹介する。

クリエイターが安心して働ける場を — リスク回避の手法を確立「FanFlex」「Teespring」

ミュージシャンやデザイナーに代表されるアーティストは、ときとして金銭的なリスクにさらされることがある。十分な経験を持たない人がスキルを高めるため、自らコストを払ってでも、仕事の機会を得ようとするからだ。

たしかにアーティストを始めた当初は、あらゆる仕事をこなした方がいいかもしれないが、いつまでもお金の稼げない状態は続けられない。そこで登場したのが、クラウドファンディングの手法を取り入れた、ミュージシャンとベニュー(コンサート会場)をマッチングする「FanFlex(ファンフレックス)」だ。

FanFlexはコンサート会場版Uberと評される。まずミュージシャンは、演奏活動ができる空き時間と都市を設定しておく。ベニュー側は、イベントの開催日時・場所に見合うミュージシャンを探し、出演オファーをかける。

マッチングが成功すると、ミュージシャンは一定数以上のチケットを期限内までに売り切らなければならない。一定額数以上のチケット売上が立たないと、イベント企画が閉鎖されてしまうというクラウドファンディングに似た仕組みを導入している。

ミュージシャン側は、チケット売上がほとんど立たないが、高額な演奏イベント開催のコストを自ら負担する必要がなくなる。ベニュー側も、一定数以上のオーディエンスが来てくれる質の高いイベント開催が担保される。

収益モデルは、ミュージシャンに課された最低売上チケット枚数の売上がベニューに入り、余剰売上金が全てミュージシャンへと入る仕組み。

小規模の演奏ライブを想定しているため、ベニュー側がスタッフや機材を用意している。そのため、ミュージシャン側はベニューが負担する必要経費と最低限の収益分のチケットを売り切る必要があるわけだ。

FanFlexは、ライブイベント開催に関わる全てのステークホルダーが損をしないモデルを確立し、ミュージシャンが空き時間を使って最低限の収益を稼げる構図を作り出した。

こちらの記事によると、アメリカにおけるライブ音楽イベント市場は、2015年の90億ドルから2021年には120億ドルへと成長を遂げると試算されている。

同じビジネスモデルをデザイナーに向けて展開しているのが、Tシャツ製造企業「Teespring(ティースプリング)」である。2011年に北米のロードアイランド州で創業され、これまでに6,000万ドル以上の資金調達を行っている。

Teespringは、クリエイターが創作した作品を、Tシャツや枕、スマホケースとして販売できるEコマースサイトを運営している。

仕組みはFanFlexと同じだ。たとえば、クリエイターがデザインしたTシャツ作品をオンライン上で発表すると、期間内に一定以上の注文が発生しない限り、製造は行われない。

同社が解決する課題は、クリエイターが負担する先行投資のリスク軽減である。

クリエイター向けオンライン・フリーマーケットでは、デザイナーが自費で製作したグッズが販売されている。しかし、売上の予測がつかないため大抵の場合、売り切れない量を製造してしまう。結果、物販の製造コストを先行投資として負担するのはデザイナーであった。

そこでTeespringは、クラウドファンディングの考えをクリエイティブ製品の販売に持ち込んだのだ。

アーティストは「ギグワーカー」の中でも、雇用主を持たないので特殊な存在である。お金を稼ぐより、自己満足のために作品を販売していると見られがちで、いまだ、必要資金をクリエイター側が先払いさせられる不都合な働き方を要求されているのが現状だ。

こうした現状を打破すべく、FanFlexやTeespringに代表される、ステークホルダー全員が損をしないモデルが徐々に浸透されているのが昨今のトレンドである。

スタイリストの余暇時間と空きスペースをマッチング。新たな働き場所を創出する「ShearShare」

空きスペースを有効活用する需要が高まっている。北米では、サロンの空きスペースと「ギグワーカー」をマッチングするサービス「 ShearShare(シェア・シェアー)」が注目されている。

ShearShareは2016年にテキサス州で創業され、著名アクセレータ「500Startups(ファイブハンドレッド・スタートアップス)」の第19期を卒業している。同社は空きスペースを持つサロンと、スタイリストをマッチングするB2Bのサービスを展開。

これまでフリーランスとして働いてきた美容関係のスタイリストは、特定のサロンと雇用契約を結び、従業員になって働くか、自らサロンスペースを長期契約で借りない限り働く場所がなかった。しかし、特定サロンに所属しなくても働き場所を見つけられる柔軟な働き方を求める要請に応え、登場したのがShearShareだ。

ユーザーはアプリを使って近場のサロンを選択し、美容師やネイリスト、メイクアップスタイリストからサービスを受けることができる。予約が完了すると、ユーザーとスタイリストが空き場所を有効活用したいサロンで落ち合い、サービスを受ける。

同社のプレゼン動画によれば、全米サロンの空きスペース率は40%。サロン側も顧客獲得に苦戦しており、有名なスタイリストが所属していない限り、店舗スペースを最大限に有効活用できない課題点を抱えていた。ShearShareのユーザーの中には、収益率が3倍へ向上した例もあるという。

スタイリストはサービス予約が入った当日分だけ賃貸料金をサロンへ支払えばいい。1週間当たり175ドルのコスト削減につながっている。

来店客からの評判は上々で、リピート予約率は85%におよぶ。サロンが負担する1来店客当たりの平均獲得コストは33ドルであるが、LTV(来店客生涯価値)は209ドルに至るため、6倍の収益率を上げることができる。

このように、「ギグワーカー」が抱える“働く場所がない”という課題に加え、空きスペースを有効活用した収益最大化ニーズを上手く組み合わせたサービスモデルが台頭し始めている。

9万人の医師不足を「ギグワーカー」の活用で解決する「First Opinion」「Nomad Health」

筆者が北米に住んでいた際、直面していた課題は医療費の高さだった。

保険適用であっても、10-20分程度の診察で30ドル以上はかかる。そこで使っていたのが「First Opinion(ファーストオピニオン)」だ。2013年にサンフランシスコで創業され、1,000万ドル以上の資金調達を行っている。

First Opinionは、24時間同サービス専属の医者と無料でチャット相談できるサービスを提供している。サービスモデルの非常に巧みな点は、インドにいる医者をクラウドソーシングを使って集め、患者ユーザーとマッチングさせている点だ。

インドには、低コストで雇える町医者が多数活躍している。彼らの空き時間をオンラインを使って北米ユーザーとつなぎ、相談チャットを通じた新たな働き場所を与えているのだ。

処方箋が必要となった場合、チャット上で課金をすることで北米の医者と電話でつないでくれる。30秒から1分ほど電話で容態を伝えると、近くの薬局で処方箋をピックアップできるシームレスな医療サービスを構築している(編注:現在、このモデルが提供されているかは不明。またアメリカでは州ごとに遠隔医療に関しての法律が多少異なり、各州ごとに申請が必要なので、全米でFirst Opinionのサービス手法が適用できるとは限らない)。重篤な症状でない限り、患者の時間と金銭コストの両方を最低限に留めることができる優良なサービスであった。

医療相談の分野には、AIチャットボットサービスが参入している。筆者も多数の医療アプリを試したが、やはり信頼性の高い医者からのアドバイスを直接受けたいニーズが強く、First Opinionを使い続けた。

よりプロフェッショナルな知識が必要になるのと同時に、機械でも埋め合わせできない信頼性があるため、医療分野の「ギグワーカー」への需要は今後さらに増すであろう。

また、医療ギグワーカーのリクルーティング市場も熱を帯びている。

Nomad Health(ノマドヘルス)」は、医療ギグワーカーに特化した求人プラットフォームを運営している。

従来、医療従事者はエージェントを通じて働き場所を探していたが、高額な紹介料を支払う必要があったり、遠隔医療分野の仕事を紹介してくれなかったりした。そのため、最終的にはどこかの病院で勤める必要があり、柔軟な仕事スタイルとはかけ離れたワークスタイルを強いられていた。

Nomad Healthは、エージェントを省き、遠隔医療を含むさまざまな形態の仕事を斡旋することで、既存の働き方を変えようとしているのだ。

こちらの記事によると、すでに3万人のユーザーがおり、1.5万の医療機関が利用している。紹介料として15%のコミッションを取るが、従来のエージェントは30-40%の料金設定のため、半額の利用料で済む。

北米では医師不足の問題が指摘されており、2025年までに9万人の医師が不足するといわれている。こうした医療市場の課題を背景に、First OpinionやNomad Healthのような、医療ギグワーカーがしっかりと活躍できるインフラサービスが台頭する流れができているのだ。

日本でも今後、遠隔医療の波が訪れると予想される。そうしたとき、とりわけ高齢者を対応する医療従事者にとっては参考となるモデルになるだろう。

「ギグワーカー」のバックグラウンドチェックを自動で行う「Checkr」

ギグワーカーの活躍の場が広がるにつれ、世間から厳しい目にさらされることも増えてきた。Uberでは、ドライバーが乗客をレイプしたり、「Airbnb」ではホストの人種差別によってゲストが追い出されたりする事件が発生している。

プラットフォームを運営する側は事件が発生する度に多額の慰謝料を支払う必要が出てくるため、「ギグワーカー」の身元チェックを緩めることは、リスクに直結する。そこで、シェアリングエコノミーサービスが登場してきてから急激にニーズが増している分野が、バックグラウンドチェックサービスである。

Checkr(チェッカー)」はUberや「Instacart」など、合計3,000社を超える企業に対して自動でバックグラウンドチェックを行えるソフトウェアおよびAPIを提供している。2014年にサンフランシスコで創業され、累計約5,000万ドルの資金調達を行っている。

オンデマンドやシェアリングエコノミーサービスの運営側がサービス提供者を募る際、必ず住所変更履歴、過去の犯罪情報、財政状況やソーシャルセキュリティー番号の確認を必要とされてきた。しかし、全ての作業をマニュアルで行えば、バックグラウンド専用の部署を社内で持つか、高額なサービス料を請求されるエージェントに任せるしかなかった。このような旧来のやり方では、サービスのスケール速度も落ちてしまう。

Checkrは、一人当たり25-35ドルの料金でバックグラウンドチェックを行う。通常、エージェント企業が頼ってきた情報ソース(行政機関への問い合わせなど)を全てソフトウェアで自動化させることで、高速で質の高いチェックレポートを企業へ提出する仕組みを確立。大抵は24時間以内にレポートを完成させる。

企業側がギグワーカーを雇用するための受け皿をしっかりと整備する需要もかなり高まっている。日本でも外国人労働者の受け入れを巡って、さまざまな議論が交わされているが、バックグラウンドチェックの必要性がより喫緊の課題として話題にのぼるだろう。

「Homejoy」の失敗から考える、「ギグエコノミー」が抱える三つの課題

「ギグエコノミー」が示唆する、新しい働き方は欧米ではすでに浸透している。

たとえば、筆者が北米に在住した頃はよくUberを利用していた。同社のドライバーに話を聞くと、一日中配車仕事を行って月の生活費2,000-3,000ドルほどを稼いでいると言っていた。

自動車会社も積極的に「ギグエコノミー」事業へ参入している。大手自動車メーカー「GM」は、配車サービス「Maven(メイブン)」を展開。2018年からは同サービスを配達事業にまで拡大させた。「GM」の経済圏で働く「ギグワーカー」は、配車と配達の両方のサービス提供を通じて、効率的に生計を立てる機会を得られるようになったわけだ。

「ギグエコノミー」の台頭によって、製造業はサービス業へとビジネスモデルを大転換せざるを得ない。今後は、自動車製造に関わらず、さまざまな分野でサービス業化が進み、ギグワーカーの働き口が増えてくるであろう。

一方、「ギグエコノミー」には三つのハードルが存在する。すなわち、「保証されない雇用形態から生じるワーカーの不満」、「質の高いギグワーカーを確保する難しさ」、「収益化の困難性」である。

このハードルを乗り越えられずに倒産した事例として代表的なのが「Homejoy(ホームジョイ)」だ。同社は、オンデマンドホームクリーニングサービスを提供しており、6,400万ドルもの資金調達をしていたが、2015年にサービス閉鎖をしてしまった。

倒産要因の一つとなったのが、雇用形態。オンデマンドサービスのトレンドが著しい時期にはあまり問題にならなかったが、サービス提供者が増えてくると、雇用契約に対して不満が爆発した。非正規従業員としてみなされないため、福利厚生や労働対価に見合った賃金が支払われないからだ。最終的には訴訟問題にまで発展し、従業員の士気とHomejoyのサービスに対して評判が下がってしまった。

筆者が現地で耳にした噂によれば、ときおりホームレスのような人が清掃員として派遣され、顧客からのクレームが数多く発生してしまっていたらしい。成長を急ぎすぎて、誰彼構わず雇用してしまっていた点も倒産の原因となってしまった形だ。

投資家も、6,400万ドルの資金をすぐに使い切ってしまう成長戦略では、収益化はほぼ不可能であると限界を感じて、追加の資金提供を打ち切ってしまった。

このような大型倒産の事例が発生していることから、投資家のオンデマンドスタートアップに対しての視線は冷たく、厳しいものになっている。ギグワーカーの選定も厳しくなっており、サービスの質と収益モデルの確率のバランスを上手く保とうとしているのが現状である。

こうした問題を解決するために、本記事で紹介したスタートアップが提案したような新しいアイデアが待望されている。

日本でも自由な働き方が浸透しつつあるが、必ずやHomejoyが突き当たった市場課題に取り組まなければいけない時期がくるだろう。「ギグエコノミー」が今後より大きなトレンドなってくるからこそ、市場機会と三つのハードルの両方を見据えた視点を持つ必要がある。

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