目の前にニンジンがぶら下がっていると、それを食べようと馬は頑張って走る、という比喩がある。同じように、目の前に何かあるとちょっと頑張ってしまうのが人間だ。とある野外フェスのゴミ対策では、ドリンク購入時に価格が100円上乗せされていて、飲み終わった後にカップを返すと100円が戻ってくる仕組みが実装されている。
自分で買ったドリンクであれば、一旦預けた100円が戻ってくるだけだ。だが、会場にカップがたくさん捨てられていたとしたら、ゴミとなったカップを拾えば、ドリンク代が相殺されるぐらいになる。この仕組みのお陰で、会場は非常にきれいだった。
インセンティブを設定することでユーザーの行動を変えた、いい事例だろう。インセンティブをうまく設計すれば、人の行動をポジティブに変えられる。節電だって可能になるかもしれない。
節電すると現金がもらえる「OhmConnect」
アメリカとカナダでサービスを展開するスタートアップ「OhmConnect」は、ユーザーが節電すると、インセンティブとして報酬がもらえるサービスだ。電力需要が供給量を上回ると推測される時間があらかじめ通知され、その時間にユーザーが節電をすると、インセンティブとして報酬をもらえる。
OhmConnectでは、節電すべき時間を「OhmHours」と呼び、その時間の節電を呼びかける。ユーザーはOhmHoursになったら、ライトを消したり、冷暖房の温度を調節したり、コンセントを抜いたりして節電を実施する。スマート家電であれば、OhmHours中は自動でオフにすることもできる。
スマートメーターの履歴に基づき、ユーザーごとの消費電力を計算し、インセンティブから手数料20%を引いた額がユーザーに支払われる。ユーザーは年間で平均$100〜$300を受け取ることができ、PayPalを通じて現金を引き出す。
現金以外にもトークンでの受取や、寄付に変更もできる。節電というエコ活動をインセンティブと結びつけ、より多くの人が参加したいシステムをデザインができたのは同社の大きな強みだ。
価格の変動とインセンティブによって電力需要をコントロール
電力需要は一定ではなく、季節や時間帯によって波がある。ピークに達した場合、電力の需要と供給のバランスが崩れてしまい、コストパフォーマンスの悪い発電施設なども稼働させて電気をつくる。ピーク時の電気は製造コストが高いともいえる。
そこで生まれたのが「デマンドレスポンス」という考え方だ。電力需要が逼迫する時間帯は、電力料金を上げたり、インセンティブを払うことで電力の消費を抑えて、安定供給できるようにする。デマンドレスポンスで削減できた電気を「ネガワット」と言う。
上記の図の左に該当する電気料金を上げる方法は、電力会社自身が実施する。他方は、OhmConnectのようなサービスのことを表している。電力が逼迫するタイミングで、ネガワットを集める事業者であるアグリゲーターがユーザー(需要家)側に節電を依頼し、電気消費を削減する。アグリゲーターは、ネガワットに応じたインセンティブを電力会社からもらうか、受給調整市場でネガワットを売買する。
日本でも2017年4月よりネガワット取引が開始された。NTTファシリティーズ / 東京ガス / 大阪ガスの3社により設立されたエネットが展開しているEnneSmartや、アメリカのデマンドレスポンスソリューションの大手プロバイダーである EnerNOC, Inc. と丸紅による合弁会社エナノック・ジャパンなど法人向けサービスはすでに展開されている。
曖昧な状態を明確にする数値化は、マネジメントを最適化する
OhmConnectはスマートメーターによる細かな計測が必須なため、日本の各家庭でのサービス展開は今のところ難しいだろう。しかし、この先の可能性を示してくれている。
OhmConnectは、それまで数値化できていなかったものを計測可能にしたことで、節電することのインセンティブを設計した。同社のサービスには、「何にどのくらいの電力を使っているか」がわかる仕組みもあり、日々の節電意識を高めることを促してくれる。
たとえば、保険の領域でも同じ動きは登場している。健康データが可視化され、保険料に反映されるサービスを以前『AMP』で紹介した。
節電がされなければ電力会社がより大きなコストを払うことになる。だから、節電するとユーザーは電力会社からインセンティブがもらえる。誰もが得をする仕組みならば、喜んで節電するという人は多いだろう。
日本でもHEMSのようにエネルギーを「見える化」することで一元管理するシステムが登場している。OhmConnectのように優れたインセンティブ設計が行われるサービスの登場を楽しみに待ちたい。
img: OhmConnect, 経済産業省