会社には伝統やマナーを盾にした“無駄”が多すぎる。「残業」への価値観が変わる時代にどう生きる?

会社員時代、残業が嫌いではなかった。

社会人になりたての頃は、慣れない仕事に苦戦し、退社はいつも23時台だった。19時にはコンビニに夜ご飯を買いにいき、1時間後には「まだ20時。今日はまだこれから」という会話をしていたこともある。

遅くまで働くことはネガティブではなく、部活のような感覚だったのかもしれない。

月60時間を超えると幸福度が向上するという調査結果

ある興味深いデータがある。月60時間までの残業は、労働時間が増えるほど幸福度が下がっていくのに対し、60時間を超えると逆に幸福度が上がるというのだ。これは、パーソル総合研究所が、会社員6,000人に対し調査を行った結果である。

これには納得してしまった。確かに、残業時間が60時間を超えると「私、頑張っているなあ」といった妙な恍惚感が生まれた。しかし、前述の調査結果には続きがある。60時間以上残業している人のうち、強いストレスを感じている人の割合は残業しない人の1.6倍、重篤な病気・疾患がある人は1.9倍だという。幸福を感じているゆえに健康被害を軽視してしまうのだ。

一方、会社が残業時間を取り締まるようになると、新たな悩みが生まれる。同じ仕事量を効率的に進める工夫をすると、手取りの給料が減るというジレンマだ。

日本では、「残業を減らすべき」という理想の実現が目的化してしまい、管理部門と現場にギャップが生まれていることも少なくない。「やりたくてやっているのに、なぜ無理に帰らせるんだ」という現場からの反発を目にすることもある。

この現状に対し、パーソルは「希望の残業学プロジェクト」と銘打ち、残業の研究を通して、日本の労働を前向きに変革するための研究を開始している。

「残業している=結果が出る」時代は終わった

戦後の経済成長期、長時間労働はさまざまなメリットを発揮した。しかし、現代ではすでに「負の遺産」となっている。なぜ、日本において長時間労働を美徳とする文化が根付いたのか。パーソルはその理由を三つ挙げている。

一つ目は、成長期の産業構造にある。当時は製造業中心の産業だったため、労働時間と生産量が比例しやすいビジネスモデルだった。現在と比較して、世の中に「ないもの」が多かったため、作れば作るだけ売れたのだ。

二つ目は、残業によって「安定した雇用」が守られていたことも大きい。事業フェーズによって、必要となる業務量は異なる。業務量に対して「労働者の数」で対応するのではなく、「一人あたりの労働時間」を変動させる、つまり残業を受け入れさせることによって、業務量の揺らぎを調整してきたのだ。長時間労働の習慣によって、企業は一人当たりの業務量にバッファを持つことができ、解雇することなく安定した雇用を共有できていた。

三つ目は、上記のような構造の中で、雇用される側も「安定」と引き換えに長時間労働を甘んじて受け入れてきたことだ。黙って働いていれば、終身雇用や定期昇給が見込まれていた時代。組織への貢献度が、いかに所定時間を超えて働いたかという指標になっていった。

社会の「残業」に対する認識が変化し始めた

かつては長時間労働によって「結果」が得られてきた。だが、時代の変化とともに、同じ方法では結果が得られなくなってきた。

サービス業中心となった経済においては、時間をかければかけるほど、売上を上げられるとは限らない。現代は「ないものがない」時代。いかにイノベーティブなものを生み出せるかがビジネスの成功を握るカギとなる。

時代は変わっているにも関わらず、雇用される側の「安定」への渇望はいまだ続いており、過酷な労働と引き換えに雇用の安定を得られるという考え方が一部にはまだある。

だが、変化もある。「ブラック企業」や「ワーク・ライフ・バランス」といった言葉が市民権を得てきたように、雇用される側も「安定はほしい、しかし無理はしない」というスタンスに変わってきつつある

ブラック企業や過重労働を感じさせる企業広告に批判が集まりやすくなったのも、現在ならではの感覚ではないか。

本当の「安定」とは何だろうか

日本は先進国の中でも屈指の生産性の低さであるという調査結果が出ている。生産性の向上のためには、人事労務データの見える化や、タスク管理のクラウド化、健康経営など、企業が取り組むべき課題は多い。

筆者としては、労働時間に関係なく成果に対し給与を支払う「ホワイトカラーエグゼンプション(頭脳労働者脱時間給制度)」のように、抜本的に給与制度を変えることが、個人が生産性向上を主体的に取り組むための、有効なトリガーになるのではと考えている。

誤解を恐れず言うと、会社には「伝統」や「マナー」を盾にした“無駄”が多すぎるのではないだろうか。人数合わせのアポイントへの出席や、業務進捗状況を伝えあうためだけの定例ミーティング。トップの二人しか発言しないような10対10のアポイントは、どう考えても時間と場所の無駄遣いだ。業務の進捗報告も、タスク管理ツールを活用した方が空いた時間を有効利用できる。

時間をかければ、お金を得られる時代は終わった。であれば、無駄を省いてつくった時間で会社を飛び出し、社会や現場に転がっているインサイトを見つけにいってはどうか。

正社員、派遣社員、フリーランス。働き方は自由だし、安定を求めるのも悪いことではない。ただ、本当の安定とはなんだろう。時間を売ることではなく、価値をつくり出すスキルや能力こそが、これからの時代の安定なのではないだろうか。

残業をすればするほど頑張っていると自己評価していたときの自分に、そう投げかけてあげたい。

IMG:PEXELS

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