ガタガタ・カクカクした角柱が風なびいたような光景、ボコボコと湧き上がる泡の塊、分子模型を彷彿とさせる球の組み合わせ。
ウクライナ出身のパティシエ、Dinara Kasko氏が作り出すパティスリーは芸術的である上に、どこかテクニカルなものを感じさせる。それもそのはず、彼女は建築家としてのバックグランドを持ち、パティスリーのデザインに建築技術を採用。インスタグラムでは55万人のフォロワーを魅了している。
3Dモデリングが織りなす芸術的パティスリー
スイスが本拠地のチョコレートブランド、Barry Callebautは2017年9月、ナチュラルピンクのチョコレート「Ruby」を発表した。上海で開かれた新商品の発表会では、世界中からパティシエ4人が招待されたが、そのうちの一人がKasko氏だった。彼女はこのベリー味のRubyを主役に、新作パティスリーを作り出した。
81個の異なる形のケーキが1つの大きな構図を作り出している(写真:Dinara Kasko)
彼女のアイデアは、「たくさんの要素(ケーキ)が集まって、1つの大きな構図を作り出すというもの」(Kasko氏)で、アルゴリズムモデルを使って81個の異なる形のケーキを作り、それを並べて角柱が風になびくような、幾何学的なビジュアルの作品を作り出した。
ケーキ型はまず、3Dモデリング技術を使ってデザインし、3Dプリンターを使ってプラスチックのマスターモデルをプリント。それを鋳造し、シリコン型を作成するという。
パティスリー専門誌の『so good…』用に作られたパティスリーは、アメリカ人アーティスト、Jose Margulis氏とのコラボレーションで制作された。Margulis氏はカラフルなプラスチックの板を使って、幾何学的で動きのある3D彫刻やビジュアルコンポジションを制作しており、その作品は曲線や透明シート、色のコンビネーションが印象的。見る角度によって、様々な立体フォルムを作り出す。
普段はプラスチックやアルミニウム、アクリルなどが使用される彼の作品に、Kasko氏は食べられる素材を適用。「後でなくなる儚いアート」(Kasko氏)を創造した。
アメリカ人アーティストJose Margulis氏とのコラボレーションで制作されたパティスリー(写真:Dinara Kasko)
スペインのパティスリー専門誌『Dulcypas N.451』用には、「ヤギのチーズのチーズケーキ」を制作。薄いチョコレートのリングを作り、それを完璧に組み合わせ、日本の伝統工芸にも見えるような、宇宙的な球形のモチーフを作り出した。
チョコレートのほかにはドライクランベリー、スポンジケーキ、クランベリームース、クランベリーとラズベリーのコンフィなどが使われており、中央の球を割ると、これらの材料が美しいレイヤーを形作っている。
Kasko氏はこの作品について、
「秘訣はシンプル。装飾は薄くなければならず、リングは壊れず、完璧にフィットする。そして、もちろん忍耐(が必要)」
と述べている。
ヤギのチーズのチーズケーキ。リングは薄いチョコレート(写真:Dinara Kasko)
中を割っても美しい(写真:Dinara Kasko)
建築技法をパティスリーのデザインに応用
Kasko氏のバックグラウンドは建築と3Dデザインにある。
ウクライナの大学Kharkov University Architecture Schoolで建築技術を学んだ後、オランダの会社で3年、デザイナーやビジュアライザーとして勤務する傍ら、パートタイムでフォトグラファーとしても活躍していた。
しかし、出産を機に会社を辞めた後は、彼女の本来の夢だったパティシエへの情熱が再燃。建築学とパティスリーを融合する独自の道を歩み始めた。
建築家からパティシエに転身したDinara Kasko氏(写真:Dinara Kasko)
パティスリーを作るようになってからKasko氏は、味と同様に見た目の大切さを実感。自らのパティスリーにオリジナリティを加えたいと考えるようになり、そのために自分でシリコン型を作ることにした。
初めは友人の3Dプリンターを使ってシンプルな幾何学モデルを作っていたが、そのうち質・量ともに友人のプリンターでは間に合わなくなり、自分のプリンターを購入。型の鋳造からパティスリーの調理、写真・ビデオ撮影まで、全行程をコントロールできるようにした。彼女にとって「すべての行程はチャレンジ」だという。
泡の形を模倣した「Bubble」(写真:Dinara Kasko)
3Dモデリング技術でケーキ型をデザイン(写真:Dinara Kasko)
美術、音楽、写真、ファッション、衣服、家具――何でもインスピレーションになり得る。
「私の作品では、三角測量、ボロノイ図、生体模倣技術を使っています。生体模倣は自然の要素やモデル、システム、一般的なマクロ要素を使います。らせん状に伸びる貝殻の断片、ハーブ構造、泡の形など、何でも構いません」(Kasko氏)。
パティスリー専門誌『so good…』用に作られた「Chocolate Block」(写真:Dinara Kasko)
現在、取り組んでいるプロジェクトは5件。向こう2ヶ月間で新作を作り出し、ビデオ撮影をするという。
フードデザイン界に旋風
Kasko氏の作るオリジナルでフォトジェニックなパティスリーは、多くのメディアでシェアされることとなり、彼女のインスタグラムは55万人以上のフォロワーを集めている。
オリジナルケーキ型は、ケーキのレシピとともにホームページで販売されており、これらのケーキ型で作られたパティスリーは、専門家・一般人を問わず、ソーシャルメディアで「#dinarakasko」としてシェアされている。同じ型を使っても、アイデア次第でイノベーティブな作品が生まれる。
Kasko氏のケーキ型で作ったパティスリーは、アマチュアもパティシエもInstagramでシェア(写真:Instagramより)
3Dプリンターの進化やソーシャル・ネットワーク上のビジュアルコミュニケーションの広がりにより、フードはデザイナーの間で試される領域となってきた。
ジュエリーデザインなどを手掛けるKia Utzon-Frank氏は、チョコレートやマルチパン(マジパン)を使って大理石のようなパティスリーを制作したほか、建築家・インテリアデザイナーのSalvatore Spataro氏は伝統的なシシリアの農具をモデルとした「Tastami Chocolate」を作り、独自のビジュアルで注目を集めている。
ロンドン、ニューヨーク、アムステルダムなどでは、3Dプリンターを使ったオリジナルキャンディを販売する店も登場。オランダ・アイントホーフェン市を拠点とする「byflow」はレストランやパティスリー向けにカスタマイズされた3Dプリンターの販売も行っている。
Kasko氏によると、現在の3Dプリンターはまだ彼女のチョコレートを直接造形するには質が及ばないが、将来的には改良が見込まれる。テクノロジーの進化とともに、彼女のパティスリーもますます可能性を広げることだろう。
幾何学デザートシリーズより「3x3x3球体」(写真:Dinara Kasko)
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)